十話 商人としての目利き

 観光客でごった返すマグノリア北街区。ロザリオを奪って逃げたスリとそれを追いかけるシエラの後を追っていると、とある露天の前で店主と言い争いをしていたシエラを見つけた。


「だから、何度も言ってるじゃないですか? それは私の物です!」


「話にならんよ、お嬢ちゃん。これはワシが客から買い取った物だ。欲しけりゃユルトを出すんだな」


 大声で訴えているシエラの姿が周囲から注目を浴びている。これじゃ何のための身代わり作戦なのか分かったもんじゃない。俺は額に手を当て嘆息しながら、露天の店主に声を掛けた。


「爺さん、相変わらず盗品扱ってんのか?」


「あん? お、お前さんはキーリの堅物ジジイの⋯⋯。な、何の話だ? ワシが何を扱ってるって!?」


 相変わらずだな、この爺さんも。かって市街騎士団時代に何回も寄るハメになったこの露店は盗品の売買も行っている。何度か厳重注意受けてるはずなんだが、性懲りも無く商売を続けているらしい。

 

 ここ北街区は聖女の生家があったとも伝わっており、現在は観光エリアにもなっている。なのでスリにとっては格好のカモだらけ。日中は市街騎士団員が常に五人くらい見張りについてるのだが、被害が防げた試しが無い。


「あ、グラナ⋯⋯。どうしましょう、このお爺さんロザリオを返してくれません⋯⋯」


「そりゃ、売られて商品になってるからな⋯⋯。爺さん——、これ桁が一つ違うだろ?」


「はん!! 売りに来た奴の話じゃ七色に光る不思議なロザリオという話じゃったんでな。大層な値打ちもんだと踏んだわけよ。何と言われようとユルトをもらわん限り手放すつもりは無い!!」


 ふんぞりかえる偏屈ジジイの言い分に頭が痛くなるが時間も無い。面倒臭いが市街騎士団員に通報して盗品全部没収させるか⋯⋯と、考えていると聞いたことのある女性の声が俺たちの会話に割って入ってきた。


「値打ち物⋯⋯ですか。見たところ、ただの古ぼけたロザリオで歴史的価値があるとは言えませんわ」


 屈み込んでロザリオを手に取りしげしげと眺めているのは、ブロンドの長い髪を後ろで結えて赤い小さな宝石が付いた髪飾りで留め、シワひとつない白いブラウスと、薄茶色のロングスカ—ト、花のような装飾があるヒ—ルを履いている女性だった。俺がいることに気付いた彼女が、若干呆れたような表情をしているのはたぶん気のせい⋯⋯だと思いたい。


「ご機嫌よう、グラナ。今日は一体何の騒ぎですの?」


「人聞き悪いことを言うなよ、ソシエ。そのロザリオ、この子の持ち物なんだ。さっき貴族街の門の前でスリにあってさ。追いかけてきたら、既に売られてた」


「あの⋯⋯この女性の方はお知り合いですか?」


 シエラが俺の袖を不安げに引っ張っている。薄々気付いていたが、彼女の取る行動や仕草、何処となく子供っぽい。庇護欲をそそられるというか。俺とシエラのやり取りを微笑ましく眺めていたソシエは露店の爺さんに向き直る。その目つきは商品を見定める商人のそれに変わっていた。


「十万ユルトですか。ただのお土産にしては随分と割高ですわね?」


「何じゃい? あんた、ワシの店の商品にケチ付けるつもりか?」


「先ほども言った通り、このロザリオにそんな価値は見受けられません。何より材質も不明、作られた年代も不明、つまり未鑑定品ですわ。お爺さん? 何を根拠にこの値段をつけたのかしら?」


「だ、だからこれを売りに来た客が言っとったんじゃ。七色に光っていたと」


 爺さんがソシエからロザリオを引ったくって、両手で握って必死に振るがロザリオに変化は無い。そりゃそうだろう。このロザリオは聖女が生前に所持していた、本物の聖遺物。あの超常現象はロザリオに所持者として認められたシエラにしか起こせないだろうし。


「何でじゃあ!? 何故、光らん!?」


「どうやら、お爺さんもその客とやらに騙されたようですわね。そもそも盗品を売買することは、この街の商工組合の規約でも禁止されておりますわ。それとこの場所での営業許可、ちゃんと申請してますの?」


 畳み掛けるようにソシエが爺さんにずいっと迫る。明らかに不法営業してるとしか思えない店主は不快感を露わにしてソシエに罵声を浴びせた。


「さっきからケチばかりつけおって、何様のつもりじゃい!?」


「あら、これは失礼。わたくしの名はソシエ・レンブラント。マグノリア商工組合に所属するレンブラント伯爵家の一員ですわ」


「レンブラント? な⋯⋯まさか? あんた商工組合のお偉いさん?」


「ええ。で、営業許可証は持ってますの?」


 その一言が決め手となり、顔を真っ青にした爺さんは商品そっちのけで逃げ出そうとするが、そうはさせるかってんだ。慌ててユルトが詰まっているだろうと思われる、木の箱を持って走り去ろうとしたジジイの首根っこを俺はしっかり掴んだ。


「離さんかい!? 雑貨屋の丁稚でっち!?」


「誰が丁稚だ、誰が。悪いけど今のキーリ雑貨店の店主オーナーは俺だ。爺さんは大人しくお縄につくんだな」


 騒ぎに駆けつけた市街騎士団員になおもみっともなく、ジタバタもがいているジジイを引き渡す。俺はジジイから取り返したロザリオをシエラに渡した。やっと戻ってきたロザリオを両手で握りしめたシエラは瞳を潤ませていた。


「⋯⋯ありがとうございます、グラナ。それにソシエさんも」


「これに懲りたら貴重品は肌身離さずしっかり持っておくように。——あら?」


 シエラからお礼を言われたソシエが何かに驚いたように目を丸くしている。何事かと思い覗き込んでみれば、シエラの両手から溢れんばかりの七色の輝きが溢れていた。おいおい、さっき言われたばかりだろ⋯⋯。


「驚いた⋯⋯。確かに光っておりますわね、七色に⋯⋯」


「あ⋯⋯、えーと、どうしましょうグラナ?」


 どうもこうも、見られた以上は説明するしか無いだろう。それにソシエの家、もとい邸宅は貴族街の中にある。もしかしたら、聖葬人を見つけだす有力な情報が得られるかもしれない。


「その様子だと、また厄介事に巻き込まれたのかしら?」


「当たらずとも、遠からずってところだ。悪い、ソシエ。実はかなり面倒なことになっててさ。出来れば力を借りたいんだけど」


 呆れた眼差しを向けるソシエに俺は助力を願い出る。しばらく俺とシエラを交互に眺めていたソシエは、頬に手を当て困ったような顔をしながら仕方なさそうに頷いた。


「貴方の無茶なお願いは、今に始まったことでは無いですからいいですわよ。それに、シエラさん⋯⋯だったかしら? 見慣れない子と一緒にいる理由も気になりますし」


「そう言って貰えると助かるよ。どちらにせよ貴族街に入るにはお前と連絡とる必要もあったしな」


 シエラは公爵閣下の姪だけど、流石に身分を証明するようなものは持ってなかったし、どうしようかと頭を悩ませていたからな。特殊な設備が必要なので電信機は個人が所有出来るものでは無いし。


 とりあえず積もる話は後にして、ソシエと共に俺達は貴族街へと歩いて向かう。


「⋯⋯見かけによらないというか、女性のお知り合い多いのですね——」


「何か言ったか? シエラ?」


「何でもありません!!」


 道すがら俺の後ろを歩いていたシエラの呟きは聞き取れず、彼女は何故か不機嫌そうだった。

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