八話 連換術師と見習いシスター

「身代わり!? 無理でしょ!? すぐバレて終わるわよー!?」


「ああ、悪いがルーゼにシエラの身代わりが務まるなんて、とてもじゃないけど——」


「あんたにだけは言われたくないわ⋯⋯」


 シスター・マーサから提案された考えとは詰まるところ、シエラの代わりに誰かを身代わりにすれば良いという内容だった。で、抜擢されたのがルーゼ⋯⋯ということだ。


 いや、どう考えても無理あるだろ!?


「グレゴリオ司祭様はシエラと直接顔を合わせてはおりません。見習いの仕事は殆どが雑用でございますから」


「だ、だがシスター?? シエラさん本人が聖堂に戻るのは危険だと⋯⋯」


「ええ、その通りです。逆に言えば聖堂に立ち入ることが無ければ、特に問題は無いということでございます、騎士団長様。あたくし共は普段は聖堂から離れた寄宿舎とは名ばかりの、廃棄された教会に住み込んでおりますゆえ」


 なるほど、つまりこういうことか?


 一、聖堂の司祭はシエラと直接顔を合わせてはいない。

 二、シエラ達は聖堂で寝泊りしているわけでは無いから、司祭と鉢合わせになる危険もあまり無い。


 たぶん、この状況。司祭が真面目に仕事してないことの証明にもなるな。

 俺だって司祭の顔を始めて見たのは半年前、マグノリア支部に司祭が怒鳴り込んで来た時くらいだ。その後は、教会お得意の威光とやらで支部は閉鎖されることになった。今、この街にいる連換術師は俺だけである。


「お願いします、ルーゼさん!! 身代わり引き受けてください!!」


「いや? あのね? シエラちゃん? 私に何を頼んでるか分かってる?」


 必死に懇願するシエラに怒り半分、呆れ半分のルーゼが手を焼いている。確かに、無理と無茶と無謀以外の何でもないこの作戦はそもそも作戦ですら無い。そもそも、どうして危険をおかしてまで聖葬人を捕まえようとするんだシエラは??


「シエラ、聞かせてもらってもいいか? そこまでして聖葬人に拘る理由」


「それは⋯⋯」


 ガウン姿のシエラが俺から目を逸らす。これは相当言いづらいか、とんでもない厄介事のどちらか、か? 俺が訝しんでいるとシスター・マーサが鞄から何かを取り出し手紙をクラネスに渡した。


「この手紙は⋯⋯?」


「この子の叔父、アレン・ビスガンド公爵様から送られて来たものです」


 ビスガンド公爵だと!? と驚いたクラネスが一言断り手紙を黙読する。読み終えたクラネスはシエラに向き直ると目線を合わせる為にベッドの傍に跪いた。⋯⋯どうなってるんだ?


「——これまでの非礼をお詫び致します。まさか、公爵閣下の姪御様だったとは」


「えーと——。黙ってて申し訳ありませんでした⋯⋯」


 一転して主従関係のような口調のクラネスの姿の似合いぷりっに一瞬見惚れるが、気を取り直して尋ねた。


「俺達にも分かるように説明してもらえるか? クラネス?」


「ああ。グラナとルーゼも良く聞いて欲しい」


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 クラネスが説明した内容は纏めるとこういうことになる。


 まず、シエラについて。彼女の正体はビスガンド公爵閣下の姪であり、マグノリアに連れて来られたのは精霊教会内部の過激派を指示している枢機卿の命によるもの——らしい。

 更にこの枢機卿はまだ成人前の皇女殿下の政務執行代理を務めている公爵閣下に、代理から降りるように脅迫をしているということだ。


「つまりだ。シエラ様を危険な目に合わせた聖葬人、及びこの悪事の片棒を担いでいる司祭を追い詰める為には、シエラ様の身柄を聖堂に返す訳にも行かない。そして、聖葬人さえ捕らえてしまえば、公爵閣下を助けることにも繋がる。⋯⋯ということですね? シエラ様?」


「は、はい⋯⋯。そうですけど、あのーそういう風に呼ばれるのはあまり慣れていないので⋯⋯。できれば普通に名前を呼んでもらえると⋯⋯」


 シエラがあわあわしながら、クラネスに願い出ている。なるほどな、そういう理由か。

 ただ問題はそこまで簡単なことでも無い気がするけど。身代わり作戦を決行するにせよ、一日時間が稼げるかどうか? だろう。


 いくら、生誕祭の準備で聖堂も忙しいとはいえ上手くいくだろうか? それに、下手したらルーゼの身にだって危険が及ぶ話だ。とにかく、今必要なのは時間。せめて、一日でも猶予があってその間に聖葬人をとっ捕まえてしまえば——。


「あーもう分かったわよ!! やればいいんでしょ!? シエラちゃんの身代わり」


「ルーゼさん——?」


「本当はこんなことやりたく無いけど、教会の横柄さに頭きているのは私も同じ。——あの『異端狩り』さえ無ければ、お爺ちゃんは⋯⋯」


 ルーゼがぐっ⋯⋯と拳を握りしめている。五年前、ルーゼの祖父、ケビン牧師はあの村で起きた火事で命を落とした。ここにいる皆は多かれ少なかれ、教会によって運命を捻じ曲げられている。俺も、ルーゼも、クラネスも。そして——シエラも。


「マーサさん。本当にルーゼに危害は及ばないと断言できますか?」


「あなた達にシエラをお任せする以上、あたくしの命に代えましても——」


 シスター・マーサは精霊に捧げる祈りの姿で俺に答える。ここまで言われちゃ⋯⋯断るのは逆に失礼だ。俺も覚悟を決める時かも知れない。


「市街騎士団員を護衛に付けたいところだが、そこまですると逆に怪しまれるか⋯⋯。ふむ、そういえば、こういう時に動かせるうってつけのあいつがいたな」


「おいクラネス? オリヴィアを同行させるつもりか?」


「彼女は元々、聖十字騎士団から社会勉⋯⋯コホン。『春雷卿」立っての頼みでうちに異動してきた『騎士見習い』だ。理由ならいくらでも後で付けれるだろう?」


 言われてみれば護衛役にこれほどうってつけの人材もいないかも知れない。ルーゼとも仲良いし適任かもな。後は——。


「グラナ⋯⋯?」


「——事情は把握した。お前に譲れない理由があることも理解した。それでも、聖葬人を追う以上、危険な目に遭わないなんて確約できない。シエラ、それでも俺と一緒に行くつもりか?」


 先ほどと同じような問いかけ。でも、少しだけだがシエラの覚悟も伝わった。

 それにこんな理不尽な状況、見過ごせる訳が無い。


「——お願いです。それでも連れて行ってください」


「分かった。決して俺の側を離れるなよ」

 

 俺はシエラに手を差し出す。おっかなびっくりしながらだったが、シエラも俺の手を握り返した。さっきとは違って優しく、力強く。


「そうと決まれば、着替え必要でしょ。あたし、下宿まで戻ってシエラちゃんが着れそうなもの取ってくるわね。お昼どきだし、昼食も作ってくる」


「ああ、了解した。マーサさん、準備に時間がかかるはずです。聖堂に電信で連絡を入れた方がいいかも知れません」


「おっしゃる通りですね、クラネス様。電信室をお借りしても?」


 クラネスとシスター・マーサが医務室から退出する。さて、もう後戻りは出来ないな。

 二人残された医務室の中で、俺とシエラは顔を見合わせ、決意を新たにするのだった。

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