七話 精霊教会の思惑

 中央街区の聖堂、司祭の部屋。グレゴリオ司祭は窓から広場の様子を見張るような目付きで眺めていた。


「⋯⋯何が、生誕祭だ。実にくだらん」


 広場で進められている祭りの準備を見ながら彼はフンと鼻を鳴らす。言動から察せられる通り彼は全うな聖職者では無い。没落貴族の末子であった彼は幼い頃、精霊教会に引き取られ教会の孤児院で育てられた。食べる物にも困窮していた実家の暮らしから比べれば幾分ましな環境だったとはいえ、新入りの彼は元々いた孤児達から様々な嫌がらせを受け続けた。


 幼い彼の心は鬱屈しやがて自分をこんな境遇に放り込んだ家族を、自分のことを延々と見下してくる孤児達を、都合の悪いことには見て見ぬ振りをする孤児院の運営に関わる大人達のことを次第に憎むようになっていった。


 しかし、他の孤児達よりも読み書きが出来て、聖典一冊を僅か十歳にも満たない年で完璧に暗記出来るほどの才能を見出された彼は、若くして修道士となりその才を砥ぎ続け、本人立っての希望で特例として助祭じょさいに任ぜられた。


 五年前、マグノリアの聖堂に着任する際に司祭の位に昇格する。その後は今までの鬱憤を晴らすかのように私腹を肥やし続けた。

 そんな、自らの壮絶な半生を苦々しい思いで振り返っていたグレゴリオだったが、部屋の外からかけられた声でふと我に帰る。


「失礼いたします、グレゴリオ様。シスタ—・マ—サがお戻りになられました」


 従者の報告に「通せ」と命じる。すると失礼いたしますとしゃがれた声と共に、部屋のドアが開いた。


「戻ったか、シスタ—。あの娘は連れて帰ってきたのだろうな?」


「⋯⋯ええ、仰せの通りに。しかし、思った以上に衰弱しておりましたので、寄宿舎で休ませております」


 マーサからの返答に気を良くしたグレゴリオは、特に言及することも無く「ご苦労だった、下がれ」とマーサを退出させる。全くはた迷惑な娘だ。上からの指示通り、見習いとはいえ丁重に扱ってやってるというのに、と。


 従者にも退出を命じ、再び窓の方に向き直ったグレゴリオの背中を⋯⋯、紅い色の瞳が不躾な視線を送っていた。


「——様子を見に来てみれば、面倒なことになっているようだな司祭?」


 その声にグレゴリオはハッ!? と後ろを振り返る。壁に背を預けるように⋯⋯灰をまぶしたような色合いのコートを纏い、燃えるような紅蓮の髪と紅曜石を思わせる瞳の色をした男がいつの間にか立っていた。


「灼炎殿、いつからそこに!?」


「そんなこと、どうでもいいだろう? それより聖遺物を持つ娘は見つかったのか?」


 灼炎と呼ばれた男は表情を変えずまるで値踏みするかのように、グレゴリオの反応を注視している。その出で立ち、振る舞いに得体のしれない何かを感じながらもグレゴリオは不快感を隠そうともせずまくし立てた。


「見つかったから良かったものの、元はといえばあの聖葬人せいそうにんが余計なことをするからだ!! あまつさえ市街騎士団にすら目撃されおって」


「⋯⋯あの娘に逃げられたのはそちらの責もあるだろう? ろくに見張りすらも付けなかった⋯⋯と聞いているが?」


「ぐ⋯⋯仕方なかろう?? 昨夜は前夜祭だぞ。くだらないしきたりのせいで⋯⋯準備に追われていたのだ。割ける人手などあるわけ無いではないか」


 グレゴリオの言い訳じみた言動にも特に関心を示さず、灼炎と呼ばれた男はドアノブに手をかける。そして、前を向いたまま抑揚のない口調で忠告した。


「いずれにせよ、空想元素を回収するにはあの娘の力が必要だ。あの力がもし使えないのであれば最悪の手段を取ることになること、肝に命じておくがいい。くれぐれも我らのしゅの期待を裏切らぬようにな?」


 男はそのままドアを開け部屋から出て行った。今度こそ誰もいなくなった室内で、グレゴリオは疲れたように豪奢なソファ—に座り込む。薄気味悪い連中め……と一人ぼやきグラスに入れた葡萄酒をひと息で飲み干した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る