六話 意外な協力者

 中央街区の大通りに建つ大時計等が正午を告げる鐘を鳴らしている。聖堂から騎士団詰所のある東街区に向かって一台の馬車が走っていた。

 

 馬車の扉には精霊教会が信奉する四柱の精霊の紋章が描かれており、その中には今朝クラネスが聖堂に呼び出された際、シエラの特徴を彼女に伝えた面倒見役のシスタ—が一人乗っている。


「やれやれ、まったくあの子が無事で良かったよ。お淑やかそうに見えて意思が強いところはお母様譲りなのかしらね」


 シスタ—は誰に聞かせる訳でもなく一人呟く。

 騎士団詰所からの連絡では、保護されたシエラのシスタ—服は着れる状態ではないので、替えの着替えを持って迎えに来るように⋯⋯ということだった。

 シスタ—は傍らに置いた鞄から一通の手紙を取り出す。それはシエラが聖堂に移送される少し前、彼女宛に皇都から秘密裏に届けられたものだ。

 カサッと音を立ててシスタ—は丁寧な折り目がついた手紙を広げ、そこに書いてある文章を読み返す。


『親愛なるシスタ—・マ—サへ。ご無沙汰している、お変わりないだろうか? 実は少々まずいことになった。聖地グリグエルから姪のシエラがマグノリアの聖堂に移送されたと密偵から情報が入った。時同じくして皇都入りしたレイ・サージェス枢機卿すうききょうの動向を掴むためにも私は皇都を離れられない。脅迫如きで皇女殿下の政務執行代理を降りるつもりは毛頭無いが、シエラを人質に取られた以上、それも時間の問題だろう。前皇帝陛下が崩御されて以来、国の内情は乱れ始めている。あの子がいつこの政争に巻き込まれるのか不安でならない。今の私にはあなたしか頼れない、シエラをよろしく頼む。 アレン・ビスガンドより』


 読み返した手紙を再び鞄に戻し、マ—サはふうとため息をつく。年を経るごとに刻まれた皺が彼女の印象をより一層老けさせているようにも見える。


「公爵様からこんなお手紙いただくなんてね。⋯⋯そうだね、こんな時だからこそ私があの子の力になってあげないと」


 マ—サは馬車の窓から空を見上げる。晴れ渡っていた空はいつのまにか雲が出てきており日差しも陰りを帯びつつあった。


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


「しかし、解せないな」


 一方その頃、騎士団詰所医務室。今まで溜め込んでいたものを全て伝え切ったシエラは、気力が尽きたのか再び医務室のベッドに横になり、すうすうと小さく寝息を立てて眠ってしまった。

 そんな彼女の寝顔を眺めながら、少しばつの悪そうなクラネスは何かひっかかるように呟いた。


「何がだ?」


「さっきの超常現象といい、シエラさんの話が嘘偽りでないことは理解出来た。その上で疑問に思ったのが教会の過激派、及び聖葬人せいそうにんの動きだ。奴らはこの街に空想元素があることを最初から知っている。⋯⋯何故、さっさと回収しない?」


 グラナはその当然の疑問に「確かに⋯⋯」と言葉を濁す。七人の聖人が封じた空想元素。元素である以上おそらく連換玉の中に、それもかなり特殊なものの中に封印⋯⋯されているのか? と思い至りながらも。


「——奴らはもしかして、空想元素を回収したくても容易には出来ないということか?」


 どうやら同じことを考えていたらしいクラネスが、左に流した髪を手で摘むように梳きながら続ける。


「おそらくだが、通常の元素と違って何か特殊な方法でないと取り出すことすら不可能なのだろうな。そして、空想元素を持ち運ぶにも同じく特殊な連換玉が必要なのだろう。奴らが七色石のロザリオを狙っているのはまず間違いない。なにせ空想元素が収められていた七色石から作られた正真正銘の聖遺物だ。空想元素を収める連換玉みたいなものだからな」


「でも⋯⋯それなら何故、シエラちゃんにロザリオを持たせているのかしら?」


 ルーゼが小首を傾げて考え込んでいる。空想元素を回収したいだけなら七色石のロザリオだけが必要なはずであり、シエラから奪えばいいだけの話だ。わざわざ聖地グリグエルからシエラを移送するまでもない。だが、連換術師であるグラナにはその答えが分かっていた。


「そうか⋯⋯連換玉はその術者の身体に宿っているエーテルの属性と一致していないとそもそも使えない。七色石が連換玉であるなら、シエラは七色石と同じエーテル属性を持って——え?」


 グラナの間の抜けた様子に、ようやく気づいたかと言わんばかりにクラネスが補足する。


七色石なないろせきの力を行使出来たのが聖女だけであった。これが変えられようのない事実であるとするならば、七色石の力を行使出来るシエラさんは、聖女の直系に当たる子孫なのではないか?」


 その余りにも簡潔で簡単で至極当然の帰結に、だがしかしグラナとルーゼは開いた口が塞がらないほどの衝撃を受けた。


「シエラが?」


「シエラちゃんが??」


『『聖女の子孫!?』』


 二人の驚き声が綺麗に重なりけして広くはない医務室に木霊する。二人の様子に盛大にため息をついたクラネスは、コホンと居住まいを正すと表情を元に戻しある提案をする。


「この事実を最大限に生かす手段は一つだけだ。この街に潜んでいる聖葬人せいそうにんを見つけ引っ捕らえる。なにせ、聖女の子孫を痛めつけたんだ。ことが公になれば過激派どころか、教会内部の不穏分子が粛清されるいい口実になるだろうさ」


「クラネス⋯⋯。お前随分エグいこと企んでやがるな⋯⋯」


「でも、クラネスさん? 捕まえるたって⋯⋯どうやって探すつもりです?」


 ルーゼの一言にクラネスは「あ⋯⋯」と声を詰まらせる。確かにその手段を考えることだけは頭から抜けていたようだ。らしくもない珍しいミスだった。三人があーでもないと話し合っていると、シエラが可愛い欠伸とともに目を覚ました。寝起きの彼女は三人の方を見ながら、やや不機嫌そうな表情で口を開く。


「——うるさくて目が覚めてしまいました。もう少し静かに話してもらえないものでしょうか?」


「ご、ごめんなさい。シエラちゃん。寝ているところ起こしちゃって」


 ルーゼが慌てて謝るがシエラは一つため息をつくと、表情をキリッとしたものに切り替える。短時間の睡眠だったが少しは身体の調子が戻ってきたらしい。


「途中からですが、会話の内容は聞こえていました。クラネスさんの推測は肯定も否定も致しかねますが。それとは別に聖葬人を捕まえることは私も賛成です。⋯⋯聖葬人がこの街のどこにいるのか、今の私ならわかる気がします」


 シエラは首からかけていた七色石のロザリオを取り出す。先ほど超常現象を見せた、このロザリオも普段は大理石のような色をしているらしい。

 

 シエラは首からロザリオを外すと、数珠のような輪を手に持ち目を閉じて集中する。すると先ほどと同じようにロザリオに虹色の光が生まれた。その直後、十字架の下の部分を淡く光らせたロザリオは、まるで意思を持つかのように北の方角を指す。再び見せられた奇跡のような現象に目を丸くしながらも、グラナは鋭い視線でその光を追った。


「ロザリオが示した方角に聖葬人がいるんだな?」


「しかし⋯⋯何故、この方角に聖葬人がいると?」


 クラネスの疑問にシエラは確証は無いですが⋯⋯と前置きし、聖葬人に襲われた時のことを思い返しながら述べた。


「あの得体のしれないエーテルに飲み込まれた時、このロザリオがその力の一部を取り込んだからだと思います。そのせいかは分かりませんが、聖葬人が発する禍々しいエーテルの流れを感じることが出来るようになったみたいです」


 そして、シエラはグラナの顔を瞳を真剣な眼差しで見つめる。その鬼気迫る様子は今までの弱々しい姿から想像も出来ないほど決意に溢れていた。


「お願いがあります、グラナ。私と一緒に聖葬人を追ってくれないでしょうか?」


 その以外な申し出に、グラナは呆気にとられた。まさか彼女からそんな言葉が聞けるとは思ってもいなかったのだろう。⋯⋯そして彼もあの聖葬人には聞きたいことがあった。

 だが、それとシエラを一緒に連れて行くのは別問題だろう。——何より危険が伴う。


「悪いが却下だ。危険な目に遭ったばかりのお前を、一緒に連れて行くなんて出来るわけないだろ?」


「——私がいないと聖葬人の居場所は分かりませんよ」


「ロザリオが示した方角はここから北、貴族街だ。ちょっとした伝手もある。どっちにしろ、ここから先は俺達の仕事だよ。お前の仕事はしっかり身体を休めること⋯⋯だ」


 駄々をこねるシエラを嗜めるように頭にポンと手を乗せようとした彼の手は、しかし乱暴に振り払われた。驚いたグラナは涙で滲んだ翡翠の双眸を見つめる。やっと⋯⋯やっと分かって貰えたのに、という期待を裏切られた失意が伝わってくるかのようだった。


「⋯⋯シエラちゃん? 申し訳ないけどグラナの言う通りよ。お医者様からだって安静にするようにって言われてるんだから」


「——そうだな。悪いが私も君の同行を認める訳にはいかない。そろそろ聖堂からの迎えも来る頃合いだ。聖堂に戻るのが危険だと言うのであれば、ここに留まれるよう交渉しよう。——もっとも、あの司祭がこちらの要求を飲むとは思えない⋯⋯がな」


いたたまれない雰囲気の中、トントンと医務室の扉がノックされた。


「聖堂から参りました、シスター・マーサと申します。騎士団長様はこちらに?」


 時間切れ——か、と諦めたようにクラネスはどうぞと声をかける。ドアを開け入って来たマーサは、ベッドで横になっているシエラを見て心底安堵したようだった。


「心配したのですよ——シエラ。あなたに万が一のことがあれば⋯⋯と。ああ、精霊よ。この子を守っていただき⋯⋯感謝いたします」


 シスターは教会の作法である印を結び、精霊に感謝の祈りを捧げた。その様子を見ながらグラナはクラネスに小声で話しかける。


(⋯⋯どうするんだクラネス? 聖堂にシエラを帰したら——)


(言われなくてもわかってる⋯⋯。だが、一介のシスターに聖葬人だの空想元素だのどう説明する?)


 三人がシエラの話を信じたのはグラナが直接聖葬人とやり合い、そして目の前で聖女の聖遺物の奇跡のような現象をその目ではっきり見たからだ。何も知らない者にそれを話せば、信じてもらうことはおろか笑い話にされるのが落ちだろう。そんな二人に振り向いたマーサは、クラネスに深々と頭を下げた。


「お忙しい中、朝早くから聖堂にお呼び立てして申し訳ございませんでした。⋯⋯シエラを無事に保護してくれたこと感謝いたします」


「⋯⋯いえ、職務ですから当然のことをしただけです」


「シスタ—・マ—サ!! 私は——」


 そんな二人の会話にシエラが割って入る。

 だがそんな慌てたシエラの様子はお見通しだったのか、マ—サはそれまでの柔和な印象を切り替える。目の前にいる少女を何がなんでも守り抜く⋯⋯。まるで己に課した責務であるかのような⋯⋯決意を示すかのように


「⋯⋯凡その事情はあなたの叔父、ビスガンド公爵より伺っておりますよ。今、聖堂に戻るにはいかないのでしょう?」


 その内容に四人はこれ以上の無い衝撃を受ける。孤立無援だと思っていた状況に以外過ぎる理解者が、まさかシエラを迎えに来た者がそうであったとは、思いもしなかったのだろう。


「シスタ—? あなたは——どこまでご存知なのか?」


 クラネスの真意を確かめるような質問に、マ—サは再び柔和な笑みを浮かべて答えた。


「シエラの様子を見れば分かります。この子が全て話したのでしょう? ⋯⋯あたくしに考えがございます。皆さまのお耳を拝借しても?」

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