五話 聖女の伝説

 教会と聖女にまつわるお伽話。

 ここマグノリアからトリスメギテス大陸の遥か東方の地へ巡礼に向かった聖女は、七人の聖人と共に様々な文化と触れ合った記録、各地の名産品、貴重な書物を持ってマグノリアの街に帰ってきた。


 旅の途中、聖女はとある霊山の神域にて七色に光る不思議な石を発見する。

 その石には世界を形作ったとされる七つの空想元素くうそうげんそが内包されていた。

 様々な苦難を乗り越え聖女が街に戻ったその晩、災厄がマグノリアの街を襲った。

 災厄に関して詳しい記録は残されていないが、聖女は己の命と引き換えに七色に光る石の空想元素を解放し災厄を鎮めたという。


 その時、石から解放された空想元素は自然界に散らばり、その後どうなったのかを知る者はいなかったとされてきた。しかし、後世の歴史研究家が偶然発見した聖人達の記録から、七つの空想元素を七人それぞれが自らの身体に宿し、彼らの死後悪用されぬよう秘密裏に封じるという記載を発見した。


 七色に光る石は七色石なないろせきと呼ばれるようになり、各地の教会には聖女の偉業を讃え、聖女の像と七色石のレプリカが飾られるようになったと伝えられている。

 なお、聖女が所持していた七色石から作られた聖遺物が、その後どうなったかについては詳細な記録は残されていない。


「——この話には続きがあります。七色石なないろせきに収められていた空想元素を全て揃えた時、災厄が再び蘇ると。だから私は空想元素を悪用されないよう回収するために——」


 語り終えたシエラの表情は変わらず暗い。まさか子供向けの絵本にもなっている聖女の伝説に続きがあり、災厄が復活するなど誰が信じるのだろうか?

 

 いや⋯⋯そもそも相手にすらされない。

 

 気づけば俯いたままの彼女の表情は伺いしれないが、おそらく今までも信じた相手に同じ内容を話したが誰にも理解されず、一人だけで抱え込んでいたであろうことがその様子から見て取れる。

 

 長い語りを口を挟まず聞いていた三人も、その内容にどう反応すればよいのか分からず時間だけが過ぎていく。沈黙を破ったのはグラナだった。


「なんでお前が聖女についてそんなに詳しいのかは置いといて、この世界を創生した空想元素——か。確か衝熱姫しょうねつき万金剛ばんこんごう雷霆らいてい氷星ひょうせいだったか? ⋯⋯残り三つの空想元素はあるかどうかすらも真偽不明のようだが」


 すらすらと空想元素の名称を答えるグラナにシエラは思わず俯いていた顔を上げる。

 そしてグラナの顔を食い入るように見つめ、ベッドから落ちそうなほど身を乗り出した。


「空想元素の名称を知っているなんて、グラナ? あなたはいったい——」


 グラナは革製の籠手入れから可動式籠手を取り出すと、関節部の金具に嵌められた連換玉をシエラの方に向けた。透き通る緑色の連換玉に彼女の驚いた顔が写り込んでいる。


「連換術協会、マグノリア支部所属の連換術師れんかんじゅつしだ。空想元素についてなら師匠から聞いたことがある。ところで、さっきの御伽話しとシエラが追われていたこと、それに空想元素、何か関係があるのか?」


 ゴクリと唾を飲み込み、シエラはふらつく身体にも構わず立ち上がる。

 聖葬人せいそうにんと直接戦い、その異常性を身をもって感じてくれた彼なら、連換術というおよそ常人には扱うことすら出来ない術を行使出来る特別な資質を持ち、日常と非日常の境目で生きている彼なら、もしかしたら⋯⋯と。


「教会の時代の流れに任せた保守的な気風を良しとしない過激派の一派。彼らが使役する暗部の者が、主の命に従い空想元素の回収に動き出しています。私は——その過激派によってこの街へ連れて来られたのです」


 淡々と告げるシエラの口調にもはや迷いや怯えは含まれていない。その内容に今まで二人のやり取りを興味深く見守っていたクラネスが今度は驚く番だった。


「ちょっと待ってくれ!? 教会が一枚岩ではないのは分かっているが、そんな本当に存在するかどうかも分からない物のために、暗部が動いているだと!?」


 理解の限界を超えたクラネスが思わず声を荒げる。

 恐らくその反応もシエラには織り込み済みだったのだろう。そしてここまで話したからにはもう後には引けない。


「⋯⋯マグノリアは聖女が遥か東方へ巡礼の旅に出た地にして天に召された地。そして、教会においても重要な街です。これまで大規模な発掘調査は許可された前例がありません。⋯⋯何故だと思います?」


 シエラの問いかけにクラネスはまさか⋯⋯と、気づき信じられない面持ちで答える。


「教会⋯⋯いやこの場合は上層部か? この街に空想元素が実在することを分かっていて隠していた?」


 シエラはクラネスの回答に満足そうに頷くと、これまでの話は全て真実であることを裏付ける最後の証拠を、ボロボロのシスター服から取り出した。


「これが四つの空想元素と真偽不明の三つの空想元素の存在を証明するもの。⋯⋯私が聖葬人に狙われる理由です」


 シエラの手には年季の入った材質不明のロザリオが握られている。伝説上の代物が出て来たことに驚いたグラナが、手持ち無沙汰にぶら下げていた金属製の籠手が宙に浮かぶ。嵌められた連換玉から爽やかな風が医務室に吹き渡った。


「俺の籠手が宙に浮いた? その首飾りに連換玉が反応してる??」


「どうなってるのよこれ? ロザリオが七色に光ってる?」


 その異様な光景に三人は驚きを隠せない。

 目の前の光景は誰もが幼い頃に読み聞かされた聖女の伝承を書き記した絵本の一幕が、まるで現実に映し出されたかのようだった。


「連換玉に反応だと? グラナ、これはまさか」


「⋯⋯ああ、流石に目を疑うよ。師匠から聞いてはいたが、まさか実在したとは」


 見ればシエラが手に持つ首飾りは連換玉が発する風に反応し七色に光輝いている。その輝きは虹が結晶化したかのようにも見えた。


「これがその七つの空想元素が存在する証。聖女が身につけていたとされる——『七色石のロザリオ』です」

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