四十話 西地区、小聖堂

 急にやる気を出した元司祭グレゴリオのその後の行動、及び指示は的確だった。

 窮地に立たされた連換術協会はアルを介したラサスム王家の助力により、一時的にラサスム王家預かりとなり、この時点で治外法権が確立。


 つまり、教会が介入する大義名分を潰した形となった。その後もこれまでの協会の調査内容が明かされる度に、皇都の各地に次々とエーテル濃度の数値がおかしい地点が絞り込まれていく。


 そんな中、俺たちが協会長代理から命じられたのは皇都西地区ウェストエリアにある小聖堂の調査だ。


 皇都は水の都と呼ばれるだけあって、地下にも大きな水脈が存在する。昔から霊験あらかたな湧き水が湧く地点が何箇所かあり、小聖堂の敷地内にある湧き水に含まれるエーテルも地下遺構の影響でおかしくなっているようだ。


 俺たちは西地区の小聖堂へとゴンドラで向かっている最中だった。ゴンドラから眺める皇都の街並みは一見普段通りのように見える。一体、根元原理主義派アルケーは皇都で何を起こそうとしているのか——————。


「ほー、これが噂の皇都のゴンドラかー。いやぁ街中を小舟で行き来するのは新鮮だねー」


 さも当然のように同じゴンドラに乗船しているアルの無邪気な声が響き渡る。てっきりアクエスと二人で調査だと思っていたけど——。


「協会長代理の指示。連換術協会をラサスム王家預かりにすると提案したのが誰かは、知られない方がいいだろうという判断。——教会に知られでもしたら、面倒くさいことになりかねないから、だって」


 俺の疑問に答えるかのように、アクエスがこっそり教えてくれた。

 流石、元教会の司祭。古巣のやり口は重々承知しているらしい。というかアルも国賓扱いなのだから、少しは大人しくしてて欲しいが。昨日、あんなことがあったばかりなのに、何考えているのかよく分からないな。


「アル。——身体は大丈夫なのか?」


「ん? 珍しいね、グラナが僕の心配をしてくれるなんて」


 頬の傷を隠すガーゼを貼り付けたままの顔でうろついてたら、誰だって心配するだろう。あの後は気絶していたから、状況もよく分かっていないし。


「あの場で取り押さえられたバーヒル元将軍の容態はどうなんだ?」


「——治療はなんとか受けさせてもらった。でも、やっぱり起こしたことの罪は償って貰わないといけないからね⋯⋯」

 

 普段の陽気な姿からは想像も出来ない暗い影を落としたアルの顔が水面に映る。今でこそ友好国とは言え元将軍がしたことはテロ行為。おそらく裁判にはかけられるだろうが、極刑を免れることは難しいだろう。アルと元将軍がどんな関係なのかは押して測ることしか出来ないが、意気消沈しているところを見る限り懇意にしていたのは間違いなさそうだ。


 東地区イーストエリアから人口湖を経由したゴンドラは、中央地区セントラルエリアの船着場に到着した。目指す精霊教会の小聖堂へはここから徒歩で向かうことになっている。


 昨日よりかは賑わいも控えめなゴンドラ乗り場を通り過ぎ、皇都の西地区ウェストエリアへ続く通りに足を向ける。二日前にシエラと一緒にゴンドラの順番待ちをしていた時は、想像もつかなかったな⋯⋯。流石にこんなことになるなんて。


「元気無いね、グラナ?」


「あのな⋯⋯。元々俺は陽気でもなんでも無いんだよ」


 アルの気遣いにしては違う感じがする言い方に、俺は苛立ちを隠せなかった。らしく無いのは分かっている。正直、本音は今すぐにでもシエラを探しに行きたい。ただ、窮地に立たされた連換術協会を見捨てるなんてそれも出来ない。


 マグノリアで過ごした日々ほどでは無いけど、あそこにだってエリル師匠と——。


 『⋯⋯また、会おうね。お兄ちゃん』


 唐突に脳裏に蘇る幼き日の記憶。霞がかっててよく思い出せないが、忘れちゃいけない約束があったような——。

 

 なんだろう、何か大切なことを忘れている。汽車の中でシエラが言ったあの一言がずっと気になっていた。そんなはずは無いとは思うが、八年前に皇都で出会ったあの子はもしかして⋯⋯。


「気に病むな、と言ったところで無理なことはよく分かるよ。君とシエラさん仲良かったからね」


 いつの間にかアルが俺の隣を歩きながら肩にぽんと手を置いた。どうやら心配してくれてるらしい。アルだって色々大変だろうに、何だか申し訳ないな⋯⋯。


「だからこそだけど、僕もシエラさんの奪還に協力したい。根元原理主義派アルケーの横暴をこれ以上は許したく無いからね」


 大人の余裕のような爽やかな笑顔を覗かせるアルは、不思議と頼りがいがあるように思える。なんというか兄がいたらこんな感じなのだろうか? 出会ってまだ数日だというのに、これだけ信頼されるなんてな。でも、悪い気はしない。


「男同士の友情⋯⋯。耽美な関係?」


 俺たちの異様に親密な関係にアクエスがボソリと呟いた一言は、俺とアルには届かず夏の生温い風が絡めとるように吹き流していった。


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 西地区の小聖堂は閑静な住宅街の中にあることもあって、人影はまばらだった。調査対象の湧き水は小聖堂の敷地内にあるらしい。俺達は観光客を装い敷地内へと入っていく。


 マグノリアにある聖堂ほど大きくは無く内部は簡素な造りではあるが、その分建物内の意匠が凝らされていた。マテリア皇家のシンボルでもある『水の精霊アクレム』の像が中央に飾られ円形の泉が設置されている。これが問題の湧き水のようだ。


 泉の前ではちょっとした行列が出来ていて専用のカップで湧き水を掬い、そのまま飲み干している観光客の姿も見られる。本音を言えば今すぐにでも止めたいが、こちらも確固たる危険性の証拠を持っているわけでも無いので、大人しく自分たちの順番が来るのを待った。


「で、水がエーテル汚染されてるなんてどうやって調べるんだい?」


「専用の容器に連換術を使って水を掬う。だけど、人が少なくなってからの方がいいかも」


「それなら、もうすぐお昼時だし直に観光客も少なくなるだろ。どこかで時間潰すか?」


 俺の提案にアクエスは考える素振りを見せた後、何か閃いたように腰に付けたポーチから何かを取り出した。確か、アクエスが戦った奴らの一人が着けていた銀製のアイマスクの破片だったはずだ。


「この近くにオペラや演劇、舞踏会で使われる仮面などを扱ってる専門店がある。店主とはちょっとした顔馴染みだから、この破片について何か分かるかも」


「なら先にその専門店へ向かおう。湧き水はいつでも採取は出来るしな」


「ほほう、皇都のオペラ劇場でも使われてる小道具のお店か。それは興味あるね」


 かくして、俺たちは先に奴らの手がかりとなる破片の調査の為、西地区にある専門店へと急ぐのだった。

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