三十九話 ケビン大司教

 脅すような言い方に自身でももう少し言い方を考えろと思うが、元司祭には何故か効果的面だったようだ。よくよく見れば傲慢そうな人相もだいぶやつれ、聖堂に詰めていた頃は小太りしていた体型もごっそり肉がそげ落ちている。


 確かあの事件の後、ビスガンド公爵の手配で早々に皇都へと護送されたはずだが。その後、どうなったかまでは流石に知らないからな。


「何だ、貴様ら。物乞いを見るような目をこの私に向ける気か!?」


「だって、あんた今は無職でしょ。協会長代理なんて大層な役職もらったようだけど、仕事放棄してるし」


 アクエスの容赦ないダメ出しに元司祭はグッと言葉を詰まらせる。ミシェルさんも手を焼いていたようだし、まぁ門外漢の聖職者が連換術協会の仕事なんて出来るわけ——。


 チラッと部屋にある机の上を覗くと、細かい字が書かれた書類が山のように積んである。

 この協会の業務に関する書類は? もしかして、採決権などもこのおっさんが握っているということなのだろうか。


「ミシェルさん、あの机の上に溜まってる書類の山は?」


「普段なら協会長が目を通すはずの書類が、現在はグレゴリオ殿に渡すことになっていてね。——仕事が停滞しててどうにもならないんだよ」


 この元司祭、本当は教会から送り込まれた連換術協会を潰す為の刺客じゃないだろうな⋯⋯。

 でも、あの事件の全責任を押し付けられて、教会からも破門されたと聞いてるし。

 何だって協会長のばあさんは、こんな穀潰しを引き取ったんだ?


「とにかくここにいる以上は協力してもらいますよ、グレゴリオ元司祭。貴方だって知りたいでしょう? 都合のいいように自分を切り捨てた者の正体を」


「な、何を言うか!? 蛮族の王子風情が!? あのお方は、決してそんなこと⋯⋯」


「そのお方というのは『しゅ』と呼ばれてる奴のことか?」


 俺の指摘に元司祭はゴクリ⋯⋯と唾を飲み込んだ。どうやら当たりのようだな——。

 ジュデールが己の正体を明かす時に告げた謎めいた奴らの首魁の名称。その正体にこいつは心当たりがあるようだ。


 聖葬人をはじめ規格外の使い手で構成された根源原理主義派アルケー。精霊教会とはまた別の組織のようだが、尻尾を掴ませないように立ち回っているのは確かだ。


 逆に言えば、この元司祭もある意味では奴らの被害者だ。教会から切り捨てられたということは、少なからず根源原理主義派アルケーと精霊教会は繋がりがあることも示唆している。


「貴様⋯⋯。何故、あのお方を知っている?」


「あの事件の裏で暗躍していた聖葬人から直接聞いたんだよ。知らない振りしようたって無駄だ。てめぇらの親玉『しゅ』とは誰のことだ!?」


 奴の情けない鳶色の瞳を真っ向から視線で射抜く。セシルとの歓談中に乱入してきた枢機卿とお供の従司教といい、きな臭い点が多すぎる。今、思い返すとシエラが連れ去られるのも、想定の範囲内のような口ぶりだった。五年前の『異端狩り』、一年前の貴族街の神隠し、エーテル変質事件ともしかしたら俺が認識していないだけで、他にも根源原理主義派アルケーが関わった事件はあるのかも知れない。


「ハッ! 例え破門されようが我が身は精霊に捧げると誓った。辱めを受けようとも、口を引き裂かれようともあのお方のことだけは語ら⋯⋯」


「枢機卿のうちの誰か⋯⋯だろうね。おそらく『失楽園』に所属する誰か」


 グレゴリオの口上を遮って、アルがぽそりと呟いた。そう言えば、この王子様はセシルの婚約者だったな。まさか、あのラサスム王家と帝国が婚姻関係を結ぼうとしていたと知った時は、流石に驚いたが。


「セシルじゃなかった⋯⋯皇女殿下から聞いたぞ、アル。お前、殿下の婚約者だったんだな?」


「あらら、それトップシークレットだからこの場だけの話にしといてくれよ? 本来は皇太女の儀の場で発表されることなんだからさ?」


「——それは、貴方がこの帝国の次期皇帝になるということ?」


「そう簡単な話でも無いんだ。⋯⋯僕のことは今はいいだろ? それより問題は根源原理主義派アルケーだ。実はうちの国でもこの謎の犯罪組織が暗躍していてね。殿下のお姉さんも奴らを追って行方不明と聞いている。共に迷惑を被ったもの同士、ここは一つ共同戦線を張ろうと思ってね。婚約はカモフラージュみたいなものかな?」


「——これは流石に聞かなかったことにしといたほうが、良さそうだね⋯⋯」


 ミシェルさんが困ったように苦笑している。笑い事じゃない気もするが、事態は結構差し迫っていそうだ。というか本当に精霊教会も一枚噛んでいるのなら、普通に国際問題のような気が⋯⋯。


「さて、こちら手の内は全て明かしました。これでも、協力を拒むのかな? グレゴリオ殿?」


「な、何度説得しようが無駄だ。——あのお方に逆らったが最後、絶対に殺され⋯⋯」


「——ふざけんな」


 何処までも手前勝手な元司祭の言動もそろそろ我慢の限界だ。ここははっきり伝えるべきだろう。あの地獄を生き抜いた生き証人として。俺は再び奴の胸ぐらを掴んだ。


「貴様!?」

 

「我が身可愛いさでいつまで現実から目を逸らすつもりだよ。教会、いや根源原理主義派アルケーなんて最初からいなければ、五年前、俺の故郷の村が焼かれることも、紛争でルーゼの両親が亡くなることも、ケビン爺さんが死ぬことも無かった!! 俺の師匠が行方不明になることだって無かった!! この焦げ付くような怒りを俺は何処にぶつけたらいいんだよ!? 答えろ!! グレゴリオ・ジェルマン!!」


「——くっ、そんなこと私の知ったことでは⋯⋯。まて? 貴様、今何と言った? ケビン爺さん?」


「あ? なんだよ? 知ってるのか爺さんのこと?」


「大司教の座を後進に譲りマグノリアの近郊の村の教会の牧師になったと聞いていたが、まさかあの焼き討ちで亡くなっていただと⋯⋯。ケビン大司教が——」


 何だ? 急に鼻水垂らしてオイオイ泣き始めたぞ? というかルーゼの爺さんと知り合いなのか? こいつ?


「何故です⋯⋯。ケビン大司教、いや師父。何故あなたが命を落とす必要があった!? あなたが私を見出してくれたから、私は——」


 よく分からないが、グレゴリオ元司祭がケビン爺さんに恩義を感じているのは確かなようだ。

 そう言えば公爵邸でルーゼも言ってたな、ケビン爺さんは精霊教会の大司教様だったと。

 いつの間にか素面に戻っていた元司祭は、逆に俺の胸ぐらを掴み返してきた。

 

「答えろ。貴様はあの『異端狩り』の唯一の生き残り——。そうだな!?」


「ああ、そうだ。——で、協力するのか!? しないのか!?」


「——本意では無いが協力してやろう。例えあのお方といえど、もしあの『異端狩り』を命じていたのであれば、そして『異端狩り』によって師父が命を落とされていたのであれば、断じて許すことなど出来ぬ。ああ、断じて!!」


「利害が一致した——と受け取っていいのですね? 協会長代理?」


 ミシェルさんの確認に元司祭はかっての威厳を取り戻したように頷く。

 そして、高らかに宣言した。


「今、この時を持って『グレゴリオ・ジェルマン』が連換術協会、協会長代理の任を正式に拝命する。この私が直々に指揮を取るのだ!! 教会に遅れを取ることは許さんぞ!? 連換術師共!!」


 ⋯⋯何というか喝入ったみたいだな、これは。


 急にやる気を見せる協会長代理の先ほどまでとは全く違う雰囲気に、いつの間にか部屋の中の酒気も綺麗さっぱり消え失せていた。

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