三十七話 協力要請

 皇都東地区に位置する連換術協会本部。訪れた俺たちを迎えたのは慌ただしく職員の人達がバタバタと駆け回る光景であり、普段は静かな協会本部ではみられない異様な雰囲気だった。


「なんか⋯⋯忙しそうだな?」


「ん⋯⋯。とにかくミシェルを探さないと——」


 いつもの受付窓口は何故か閉鎖されており、ミシェルさんの姿は見当たらない。どこにいるのかと周囲を見渡していると、奥の方から何やら話し声が聞こえてきた。


「というわけで、連換術協会本部は一時的にラサスム王家預かりとなった。帝国での治外法権についても皇女殿下から例外適用のお墨付きを頂いてる。——協力してくれるね? ミシェル君?」


「えーと、カマル王子? 突然のお話過ぎて協会としても、もっと具体的な説明をしていただかないと⋯⋯」


 何やら困ってそうなミシェルさんの声と、アルの声が聞こえてくる。あいつ、昨日ボコボコにのされてたよな? 元将軍に。なんで1日であんなに元気になってるんだ? とにかく、話を聞かなきゃ何が何だか分からないのは確かだ。声のする方へ二人で向かうと、見るからに困ってそうなミシェルさんと目が合った。


「グラナ君、アクエス、一体何がどうなっているのかな?」


「え? いや、俺たちの方がそれは聞きたいけど⋯⋯」


 普段は冷静なミシェルさんが取り乱しているのは新鮮な光景のような気もするが、とにかくアルが何か迷惑をかけてるのは確かだろう。俺はミシェルさんの前でニコニコとしているアルを強引に引き剥がした。


「ととっ? いきなり何するのさ?」


「お前の方こそこんなところで何やってるんだよ。仕事中のミシェルさんを困らせるんじゃねぇ」


 不服そうに振り返るアルは俺の手を振り払うと、一人納得していない様子で両手を上に上げた。


「グラナ、君の為でもあるんだよ。これは」


「だから、それが何なのかよく分からないんだが?」


 俺の為? 一体、それがミシェルさんを困らせているのと何が関係がある? だが、俺の横で事態を静観していたアクエスだけが何か思い至ったかのようだった。


「教会から協会を守る為?」


「流石にA級連換術師の貴女は察しがいいね。ミシェル・グラスバレー君。君も昨日の一件、聞いて無いわけでは無いだろう?」


「シエラさんが黄金の連換術師に連れ去られたという話かな。——まさか、教会から?」


「その通り。昨日の深夜に帝城に派遣された教会からの使者の話によると、教皇猊下のお子を連れ去られた責は、居合わせた連換術師及び、監督が行き届いていない理由から連換術協会にもあるものとする。よって、明朝より『イデア派』により連換術という異端の術を管理することを、ここに宣言すると、ね」


 無茶苦茶すぎる。シエラを連れ去られた責任を俺ばかりでなく、連換術協会そのものになすり付ける腹づもりか——。脳裏によぎるのは昨日、セシルとの歓談の席で乱入してきたレイ枢機卿の底知れぬ威圧。俺に禊を命じるだけでなく、この機会に連換術協会本部を乗っ取る算段なのだろう。


「まさか、そんな大それたことを水面下で教会がやろうとしていたとは⋯⋯。ですが、カマル王子。これほどの事態、一職員である私にどうこう出来る権限はありません。協会長も現在は所用で隣国に出向いており、会長代理に話を通して貰わないと⋯⋯」


 あれ、協会長は今はいないのか? それに会長代理? 初めて聞いたな、そんな人。だが、ミシェルさんの必死な弁明にアルはやれやれと息を吐いた。


「その代理とやらが話にならないから、少しでも現場を取り仕切っている君に承認して頂きたくて急いでやってきたんだけどね。⋯⋯それに彼を会長代理とするのは無理があるだろう。トカゲの尻尾切りだってもうちょっと上手くやるだろうさ」


 なんだ? いつもは飄々としているアルがここまで苛立ちを見せるのも珍しい。それだけ、その会長代理とやらが堅物なのは想像ついたが、誰なんだ?


「グラナも一度会った方がいいと思う、会長代理に。聡明な協会長が何故あんな奴を代理に任命したのか分からないけど、あの事件の当事者である君にとっても無関係では無い人だから」


「どういうことだよ? アクエス?」


 アクエスはいつもの無表情のまま、それ以上は語ろうとしない。あの事件と言ったら一つしか無い。エーテル変質事件、だ。その会長代理とやらも二ヶ月前の事件に関わっている人物らしい。だけど誰だ? 見当もつかないが。


「そうだねぇ。あの事件の当事者たる君の顔を見れば、代理も少しは協力してくれるかもね。最も立場的に拒否なんて許されないはずなんだけど」


 アルがアクエスの意見に賛同するように頷いた。⋯⋯ここまでもったいぶられると、余計気になってくるじゃないか、会長代理のこと。


「ミシェル。代理の今日の一日のスケジュールは?」


「午後の職員会議には嫌でも出席してもらうようにと会長から言われてるから、今だったら三階の自室にいらっしゃるはずだ。⋯⋯保釈されてるとはいえ、裁きを待つ身だからね」


 さっきから物騒な内容しか聞こえてこないぞ。保釈だの裁きだの、まるで犯罪者が匿われているようだが?


「なあ、そろそろ教えてくれないか? その会長代理とは誰のことなんだ?」


「こればっかりは直接会った方が良いと思うよ。ただし、いきなり殴るのは無しでね」


 神妙そうな表情でアルが俺に忠告する。もしかしたら、俺に殴られたのを根に持っているのかも知れない。軽率な行動を取った己を恥じる。そういう意味でも、俺はあの子の師匠には似つかわしくないのかもしれない。


「仕方が無い。いつまでもろくに仕事もしないで、部屋に引き篭もられても困るしね。——申し訳ないですが、王子。会長代理の説得の手伝い、頼んでもよろしいでしょうか?」


「ああ、問題無いよミシェル君。彼に取っても他人事じゃない事態を分かってもらわないとね。——グラナとアクエスさんも同席をお願いしよう。ことは連換術協会の存続に関わる話。協会に所属する連換術師達も無関係では無いことだ」


 こうして俺たちは、謎に包まれた会長代理の部屋へと向かうのだった。

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