二章 皇太女と砂月の君 後編
プロローグ 非業の死を遂げた乙女
女はただ祈りを込めて歌っただけだった。
それがこんな結果になるとは知らず。
いつものように、大河の大岩の上で祈りを込めて歌声を響かせた。
それだけのはずだった。
清流が青く光り始めると共に、力強く、されど優しく流れていた大河の勢いがみるみる内に勢いを増す。
長きに渡る隣国との戦が終わり、帝国の半島から大河を遡るようにして帰ってきた英雄達の船団が激しい水の流れによって、次々と舵の制御が効かなくなっている。積荷を捨て船を捨て、大河に身だけを投げる者すらいた。
大岩の上で女は目を見張る。恋人であり、今や帝国の英雄となった男が女の歌声で我を失った仲間、船員達から刃を向けられていた。男の足元には彼のものと思われる血溜まりも出来ている。
女には不思議な力があった。その歌声は荒ぶる大河の流れを鎮める力を持ち、いつしか人々は女のことを『水の精霊の巫女』と呼ぶようになった。
彼女の歌声は人々の心に安らぎをもたらし、大河の恵みを人々にもたらした。
北方に聳える帝国の霊峰。帝国の初代皇帝がこの霊山にて原初の精霊より、啓示を受けたとされる山から流れる雪解け水が作り出した大河の流れは、荒れ狂う海のようであり、とてもでは無いが船を出すなど不可能な川であった。
その川を歌声で鎮めたのが一人の女だった。どこにでもいる普通で歌が大好きな恋する乙女。
彼女の歌声が響くと、不思議なことに荒れ狂う大河は嘘のように穏やかになった。大河の水を引き込んだ皇帝が居を定める都は、その恵を享受し更なる発展を見せた。
女には将来を誓い合った騎士の男がいた。隣国の侵略行為を止める為に、大河から船に乗り激戦地となっている南方の半島に赴いた男の無事を祈る為、女は大河の大岩の上で男が帰ってくるまで毎日、歌い続けた。
戦いが終わり、凱旋の日となった今日。女は大岩の上で高らかに歌っていた。
騎士達の勝利を祝福し、愛しい男の姿をその眼に焼き付けたいと逸る気持ちを抑えながら。
しかし、これはどうしたことだろう?
あれだけ穏やかだった大河の流れは濁流のように変わり、船が次々と沈んでいく。
やがて、女が愛した男は船から大河に身を投げた。
どれだけ祈りを込めて歌ったとしても、荒ぶる水の流れは勢いを増すばかり。
女は無我夢中で男の後を追い、大岩から大河に飛び込んだ。
その後、女の行方を知るものはいないとされている。
「悲恋の歌乙女、ローレライの伝承」より
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