Side episode part2

幼馴染みゆえの葛藤

「ほん——とうに信じられない⋯⋯」


 グラナに手酷いことを言いたいだけ言い切って、公爵邸をそのまま飛び出して来たルーゼは一人、中央区と帝城を結ぶ人工湖の上に架けられた大橋の上で一人黄昏ていた。


 どう考えても、どう見たって幼馴染みのあいつが年下の銀髪で可愛らしい弟子に、骨抜きにされているのは間違い無い。だから、反対したのだ。あんなにか弱そうな子をグラナの連換術の弟子にすることを。


「大体、あんな鈍感男のどこが良いのよ⋯⋯」


 聞けばあのマグノリアを覆った変質したエーテルを祓い清めたのは、あの二人だとか。

 確かにあの事件の時も彼女はグラナを頼ってはいたようだが、あそこまでベタ惚れするようなきっかけについては、二人共がんとして口を割ろうとしない。特にカチンと来たのは、シエラがグラナの看病に関して頑固なほどに譲りたがらなかったことだ。


 師匠、師匠、師匠、って馬鹿みたい⋯⋯。


 表向きは笑顔で接していようと、天真爛漫なシエラの本当の姿にはルーゼなりに思うことがあった。


 幼すぎるのだ。精神年齢がとても。


 聞けばかなり複雑な家庭事情でもあるし、親元から離れて親戚の叔父であるビスガンド公爵の世話になってる時点でまともな親の愛情を知らないのでは無いか? というのがシエラの事情を知らないルーゼの予想だ。


 なんで自分の心がこんなにささくれだっているのか? 薄々だが気付いて、でも気付かぬふりをしていた。


 五年前の故郷の村を襲った教会の異端狩り。二人の育ての親だったケビン牧師は、紫色のコートを着た女の凶刃に倒れた。顔に蛇の刺青を入れ、家代わりだった村の教会のみならず、村に火を振りまいた張本人。でも⋯⋯あの時は逃げるのに精一杯で、大切な彼のことはまるで頭から抜けていた。


 村の火事が収まった後、通報を受けて駆けつけたマグノリア市街騎士団に助けて貰えなければ、ルーゼとグラナは露頭に迷いやがては息絶えていただろう。


 マグノリアで生活するようになってからは、生きる為に今まで必死だった。でも彼が気遣ってくれたから、仕事でどんなに辛いことがあっても乗り越えることが出来た。彼だって市街騎士団に見習いとして入団し、大変だったはずなのに。


 いつの頃からだろう? 顔を突き合わせれば本音とは違うことを言い争う中になったのは?

 だからこそ、心に裏表の無いシエラに嫉妬せざるを得なかった。

 貴女にグラナの何が分かるって言うの——と。ずっと一緒に居たのは私のはずなのにと。


「——探しましたわよ、ルーゼさん。三人共、とても貴女を心配してましたわ」


「ソシエさん——。⋯⋯うううっ」


 突然、目の前で涙をこぼし抱きついてきたルーゼに、ソシエは驚くがあの場で一部始終を見ていた者としてもほっとけるわけが無い。


「⋯⋯張ってた心が折れてしまった——のね。自分の心に素直になるのは難しい?」


「——わかんない。でも、このままじゃグラナがどこかに行っちゃいそうで」


 これは、幼馴染みゆえの葛藤でしょうね——と、大方の事情を把握したソシエはルーゼの頭をよしよしと撫でる。小さい子を落ち着かせる様な仕草ではあったものの、身長差ゆえ姉妹に見られてもおかしくない二人は、しばらくそのまま一緒に抱き合っていた。





「⋯⋯少しは落ち着きました?」


「——うん。みっともないところを見せちゃって、ごめんなさいソシエさん」


 大橋の入り口近くにあるオープンテラスのカフェテリアで、二人は冷たいジュースを飲みながら休憩していた。泣きはらしたルーゼの目元は少し赤くなっている。


「それで、本当のところはどうなの? ルーゼ?」


「え? いきなり何ですか? ソシエさん?」


 突然、さん付けではなく呼び捨てにされたことに、ルーゼは目を丸くする。対するソシエは澄ました表情で安心させるかの様に柔らかく微笑んだ。


「同じ相手を想う同志。わたくしは貴女をそう思ってるいるのだけど?」


「え、ええ!? そんなソシエ⋯⋯も? あ」


「呼び捨てで構いませんわ。それにわたくしグラナのことは、恋愛対象としては見ておりませんもの」


「そ、そうなんだ。じゃあ、どうして同志なんて言ったの?」

 ルーゼからの当然の疑問にソシエは「そうですわね⋯⋯」と、視線を泳がせるとおもむろに口を開いた。


「何となくほっとけないから——かしらね⋯⋯」


「ほっとけない?」


「いつも無茶ばかりして傷だらけになって、それでも大切なものを守り通す。握っているのは剣ではなく拳なのに、まるでその振る舞いは誰よりも騎士であるかのよう。⋯⋯そんな彼の有り様が眩しくて愛おしくて。それに⋯⋯グラナはわたくしのお姉様を助けてくれましたから」


「お、お姉様⋯⋯?」


「あ⋯⋯」


 ソシエはしまったと、口を抑えるが既に言の葉はルーゼに届いている。

 どうやって誤魔化したらいいものやらと、彼女があたふたとしている姿を眺めながら、ルーゼは一年前のあることを思い出していた。


「ねぇ、ソシエ? 一年前、貴族街で起きた子供達の誘拐事件。あれを解決したのもグラナ——なのよね?」


「え? ええ、そうですけど?」


「あの日、グラナが傷だらけになって帰って来た日。雑貨屋で店番してた時に見知らぬ女性——ううん、普段と様子が違うクラネスさんが訪ねて来たの」


 ルーゼの一言にソシエは言葉を失う。確かその日の前日の夜からソシエには記憶が無い。

 正確に言うと貴族街で起きていた「神隠し」の犯人の居場所を掴む為、連換術で成分を書き換えられた特殊な飴を口に入れたからではあるが。それにしても、まさかあの不安定な状態のクラネスの姿をルーゼに見られていたとは⋯⋯。ソシエは額に手を当て天を仰いだ。


「どうしたの? ソシエ?」


「い、いえ⋯⋯。何でも無いですわ。それで、その普段と様子が違うクラネス様とどうされましたの?」


「う、うん。どうしてもグラナに会いたいようだったから、南街区のマグノリア支部まで連れてったの。で、行く途中に心配そうに『ソシエ⋯⋯』て小声で呟いていたから、二人はもしかして何か特別な関係なのかしら? と思っちゃって」


「あ、あははは⋯⋯。はあ⋯⋯」


 こうなってはもう隠す意味も無い。ソシエは仕方なくルーゼにクラネスとの関係についてのみ触れる。ただし、彼女が精神に異常をきたしていたのと、「神隠し」の顛末には触れずに。


「⋯⋯そうだったのね。素敵な関係じゃない」


「そうかしら? 血も繋がってないのに、一方的にわたくしがクラネス様を姉だと思っているだけかもしれませんわよ?」


「そんなこと無い! 血の繋がりがあったって仲の良くない兄弟、姉妹なんて沢山いるわ。ソシエはもっと誇るべきよ。それだけ信頼してるんでしょ? クラネスさんのこと」


 ルーゼの断言にソシエが驚く番だった。それと同時に、ああ⋯⋯この子の強さはこういうところなのだろうな、とも。


「いいなぁ、そうやって、何かあったら相談出来る相手がいて。——私なんか溜め込んでばかりで」


「ふふっ、ではこれから、わたくしがルーゼの相談相手⋯⋯いいえ友人にならせていただきますわ。お互い同じ相手に苦労させられているわけですし」


「⋯⋯いいの? あたしなんかの為に?」


「こーら。自分を卑下するものでは無いものですわよ? ルーゼ? もっと自信を持ちなさいな。——戻ったら出来ますわね? 仲直り?」


「うっ⋯⋯。努力はするけど」


 しゅん⋯⋯となるルーゼはまるで姉から助言を受ける妹のようだ。何だか、手のかかる妹が出来たみたいね、とソシエは微笑むとある提案をした。


「⋯⋯もうすぐ、彼の誕生日でしょう? これからプレゼントを買いに行かない?」


「え? あ、そういえばそうだった。でも、お財布置いてきちゃったし⋯⋯」


「わたくしが出しますわよ。せっかくのチャンス、無駄にはしたく無いでしょう?」


 渋るルーゼは、うむむと悩みに悩んだ末に、ソシエの申し出をありがたく受け入れた。

 いい加減、自分の気持ちに嘘はつけない——と、心の中で決意を新たにしながら。 

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