三十一話 根元原理主義派の思惑

「おおおおおお!!」


「ぬぅぅぅ!?」


 激しくぶつかり合う風の刃と剛腕から繰り出される斬撃が、剣戟じみた金属音を響かせる。

 錬成した刃を構成するのは土属性のエ—テル。理屈は分からないが、剣を錬成するには丁度良かったようだ。鉄で作られた刃と切り結んでも刃こぼれしない。風の元素が俺の動きを更に速めているのか、普段以上に機敏に動ける。原理はよく分からないが、このチャンスを逃す訳にはいかない——。


「そこだっ——」


 気合一閃、横薙ぎに振り抜いた風の刃が旋風を巻き起こしながら、バ—ヒルの右腕に嵌められたパタの刃を弾く。市街騎士団時代にオリヴィアとよく剣の稽古をしてたからな。普段は徒手空拳の格闘スタイルだけど、いざとなれば剣も使える。追撃しようとバーヒルに肉薄した瞬間——、奴は右足で地面を踏み潰し石礫を俺に向けて飛ばす。

 咄嗟に後ろに下がった俺の頬に冷や汗がつーと垂れる、危ない——。危うく目を潰されるところだった⋯⋯。


「グラナ!? 大丈夫か!?」


「平気だ!! クラネス。それより、ここじゃいつもみたいに派手に風の連換術は使えない。銃撃には十分注意しろよ!!」


「水属性のエ—テルもいつもと違う感じ。ここから離れないと、私も役に立てない——かも!!」


 アクエスが過激派信徒を棍を使った棒術で応戦しながら捌いている。過激派信徒達の生気の無い瞳。一年前に子供達の誘拐で使われた、連換術で成分を作り替えた飴でも食わされてるかもしれない。そうでなければ、なんども親衛隊やクラネス達が叩き伏せた奴らが、手足が折れても起き上がってくる理由が説明出来ない。


「流石にキリがない——、ぐっ!?」


「エルト!? 無茶するな、一旦下がれ!!」


「⋯⋯次期隊長の君の命でも従うわけにはいかないな。はっ!!」


 後ろから襲いかかってきた過激派信徒を、手傷を負いながら気配だけで察知したエルトが振り向き様に剣を振るう。円月刀で斬撃を受け止めた信徒が無表情のまま水路に落ちて行った。


「いくら起き上がって来ようが、水路に落としてしまえば時間は稼げる!! 皆、とにかく奴らを水路に落とせ!!」

 

 エルトの号令を合図として親衛隊員達が次々と過激派信徒を水路に叩き落し始める。これで少しは包囲網が崩れた。今なら——!


「行ってくれ!! アクエス!! シエラを連れ去ったのは『黄金の連換術師』だ。奴の相手は連換術師じゃないと務まらない!!」


「——分かった。これだけ約束して。決して無茶しないこと、弟子を泣かせるようなことは許さないからね」


 棍をぐるんと一回転させると、彼女は黄金の馬車が走り去った通路へと飛び込んでいった。何人かの過激派信徒がアクエスを追いかけていくが、彼女なら心配ないだろう。俺は改めてバーヒルに向き合うが、後ろでゲホッ⋯⋯と血液混じりの痰を吐き出す音が聞こえた。


「若!? その身体では無理です!! この場は戦場、退避せねば!?」


「悪いけどそれは出来ない相談だ、ジャイル君。まだバ—ヒル将軍から全て聞き出したわけじゃ無いからね——」


「アル!? 怪我人は引っ込んでろ!?」


「⋯⋯申し訳無いけど、ここで寝てるわけにはいかないのさ。バ—ヒル将軍、一つだけ教えて欲しい」


 ふらふらと揺れる身体をジャイルに支えて貰いながら、アルは鋭くバーヒルを睨んだ。傍らに立っているだけでぞくり⋯⋯と伝わってくる。これが王族に連なる者の覚悟——なのだろうか。


「——捕虜として帝国に捕まった時、何を知ってしまったのかな?」


「——王子、話すことなど何も無い」


 アルの問いかけには応えることも無く、バ—ヒルはパタを構え直す。事情はさっぱり飲み込めないが、少なくともこのオッサンは、私怨でこんな大それたことを起こしたわけでは無さそうだ。

 十一年前、帝国とラサスムの間で起きた宗教紛争。一年前に知ったクラネスの過去もそうだが、和平が結ばれたとは言え、未だに帝国とラサスムに暗い影を落とすこの件に、俺が首を突っ込んでいいものかは分からない。だけど——。


「条件提示だ、オッサン。俺が勝ったらアルに真実を話してやって欲しい」


「グラナ⋯⋯」


「小僧、貴様には関係無い話だ。引っ込んでおれ」


「そうも、いかねぇんだよ。俺の弟子も紛争の恨みの矛先をぶつけられて母親を亡くしている。シエラの師匠として、俺は——引き下がるつもりは一切無い!!」


「弟子の為に身体を張るか⋯⋯。良き師を持って、あの娘は幸せだな」


 俺の必死な気持ちが通じたのかは分からないが、バ—ヒルの表情が少しだけ柔らかくなった。強張ってた余分な力が抜けて、奴の体内の生命エーテルが活性化していくのが良く分かる。これは⋯⋯さっきまでのようには行かないかもしれない。


 となれば、奴の膂力に対抗するには速さしか無い——。


 風の刃を構えて一足で距離を詰めた。左腕で横薙ぎに振るった刃をガントレットで防がれる。

 弾かれた左腕を引き戻す暇もなく、右から拳を撃ち込まれるが体捌きだけで躱す。一瞬の内に攻守が入れ替わる、まるで達人同士の息詰まる攻防。なんだか分からないけど、師匠と組み手してるみたいだ。


「チッ⋯⋯」


「ぬっ⋯⋯」


 交差する剣戟がお互いの頬を浅く裂いた。激しい動きに頬から流れる血液が空中で舞う。あの巨軀に見合わない無駄の無い動作。このオッサンの戦い方、見習うべきところが沢山ある。

 正面からの突きをすれすれで躱し、懐に潜り込んだ俺は丹田で練った力を乗せて、巌のような肉体に回し蹴りを放つ。なけなしの風で威力を嵩上げした一撃。しかし、腹部の筋肉であっさり弾かれた。


「硬い⋯⋯。よく鍛えてるな、オッサン」


「お前もだ、小僧。よもや帝国にこれほどの東方体術の使い手がいようとはな」


 少し乱れた呼吸を整えながら、俺は奴が初めて口元を緩めるのを見た。どうやら、本気で潰すべき敵と認識されたようだ。あれだけ激しく動いて、なお平然としてやがる。流石は砂漠の国ラサスムの武人。文字通り、鍛え方が違う——。


「なぁ、オッサン? あんたほどの男が何故、根元原理主義派アルケーと手を組んだ?」


「小僧⋯⋯その名をどこで?」


 俺が根元原理主義派アルケーの名を出すと、バ—ヒルは少し驚いたようだ。戦っている最中は鋼のような闘気を醸していたが、動揺したのか雰囲気が和らいでいる。今なら、色々と聞き出すチャンスかも知れない——。


「二ヶ月前のマグノリアで起きたエ—テル変質事件。奴らの組織の名はその時に知った」


「——マグノリアの英雄。噂で聞いてはいたが、小僧がそうか。だが、拙僧から聞き出したければ、完膚なきまでに叩きのめすがいい。お前に出来ればな?」


「そうかい、なら決着つけようぜ!! バ—ヒル!!」


 俺たちが再び対峙したその瞬間——、目の前で激しい火花が散り後方に吹っ飛ばされる。

 勢いで水路に叩き落とされそうになった俺を、クラネスが受け止めてくれた。何だ⋯⋯?? 一体何が——。


「グラナ!? しっかりしろ!? くっ、何だ?? この高熱の炎は!?」


「⋯⋯クラネス、彼を連れて退避してくれ。面倒な奴らが来た」


 上層に繋がる通路から足音がいくつも響いてくる。昔ながらの甲冑を纏った聖騎士達の最前列に、教会の法衣にも似た灰色の衣装を纏う、見事な赤髪の男が立っていた。それに、さっきの爆発は——。


「フレイメル従司教⋯⋯。何故、聖十字騎士団を引き連れてここに?」


「誰かと思えばエルト殿であったか。皇太女の儀を控えているこの時期に、いつまでも異教徒達を放置することは出来ぬと、レイ枢機卿猊下からお達しだ。腑抜けた親衛隊に代わり、皇都の守護は聖十字騎士団が努めよ——とな」


「レイ枢機卿だと⋯⋯」


 クラネスが何かを思い出すように低い声で反応する。一体何がどうなってるのか、さっぱり分からない——。


「ぬぅぅぅ⋯⋯。小癪な教会の犬共が———」


「ほう? 我が焔を受けてまだ口が動くとは。流石は剛将軍、なれば精霊に仇なす異端者として、我が煉獄の劫火で焼き尽くされるがいい」


 フレイメルと呼ばれた男は腰の剣帯から鉄が溶けたような赤銅色の長剣を抜いた。柄の玉溝に嵌っている紅曜石——。あれは、連換玉——?


「元素⋯⋯点火」


 フレイメルの連換玉に火の元素と火属性のエーテルが取り込まれていく。それは今にも燃え上がるような危うい煌めきと共に、長剣の切っ先に連換した焔が集中する。


「元素焼却」


「ぬあああああっ!?」


 短く呟くようなフレイメルの掛け声と、バ—ヒルが焼け焦げた巨軀で疾駆する音が交差する。

 意識が途切れる前に、目に映った煉獄の劫火は五年前のあの日を想起させ⋯⋯俺は意識を手放した。

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