三十話 元将軍

 傷つき倒れているアルの元に駆け寄ろうとした俺に、過激派教徒が一斉に銃機を突きつけてくる。何だこいつら? 汽車の中で銃は連換術の前では無力——と証明してやったのに、まだやる気か? スッと⋯⋯と身構えいつでも臨戦態勢に移行できるよう備えるが、どうも様子がおかしい。口元を布で覆った奴らの目、生気が宿ってない。この無気力状態、一年前にも何処かで見たような?


「師匠!! アルさん!! この⋯⋯離してください!?」


「ククッ。そう言われて手離す者はおりませんよ? 聖女の子孫様? 一年ぶりですかねぇ? C級連換術師グラナ・ヴィエンデ? おっと、例のエ—テル変質事件を解決してB級に昇格されたんでしたっけ? おめでとうございます、と言っておきましょう。ククッ」


「貴様⋯⋯。あの時の『黄金の連換術師』か!?」


 クラネスが何か思い出したくも無いことを思い出すような表情で、シエラを拘束している奴に驚いている。汽車のテロではヴィルムも関わっていたし、やっぱりこいつら根元原理主義派アルケ—と関わりがあるとみて間違いなさそうだ。


 それに⋯⋯。


「グラナ、気付いてる?」


「⋯⋯ああ。汽車の中でも感じた妙なエ—テルの気配。今度は風属性のエ—テルと、土属性のエ—テルが反発しあってるみたいだ」


 そういえば水路の水質調査の時にペリドの野郎は、我を忘れて俺に殴りかかってきたな。あの時は異様に地下水路入り口付近の温度が高かった。たぶんだけど、空気の循環を補助する風属性のエ—テルが機能せず、反属性である土属性と反発してたから熱も篭っていたと考えれば、一応納得は出来る。俺の横で棍を油断無く構えているアクエスも同じ結論に至ったらしい。


「ん、よろしい。土の連換術師の彼が狂ったのも、この妙なエ—テルのせいかもね」


「だろうな。それで、今回はどんな悪巧みしてやがる? 人形劇屋?」


 俺は黄金で出来た足枷と、両手を金の拘束具で動けないようにされているシエラを見やりつつ、黄金の連換術師に問いかける。今すぐにでも助けたいが、風属性のエーテルがおかしくなっている以上、風の連換術はあまり役に立たない。つまり、俺たちはこの不気味な子男に誘導されたと、今更ながら気づかされる。


「フフッ。悪巧みとは人聞きの悪い。これもれっきとしたビジネスでございますよ、ハイ」


「師匠!! アクエスさん!! 気をつけてください!! この空間、全てのエ—テル属性がおかしいです!!」


「——エ—テル属性がおかしい? どういうことだ? シエ⋯⋯つっ——!?」


「悠長に会話している局面では無いことぐらい分かるであろう? あの娘を解放したくば覚悟を示すことだ、小僧」


 アルからバーヒル将軍と呼ばれた褐色の大男が、両腕に嵌めたガントレットから鋭利な切っ先が伸びた見たことも無い武器を、俺の首すれすれに突き付けてきた。これは確かパタだったか? 東方諸国でも珍しいガントレットと一体化した刀剣と聞いたことはあるが。


「グラナ!? くっ、貴様ら何が目的だ!?」


「知れたこと。今こそ十一年前の真実を明らかに——!? お主の藍の目⋯⋯随分と懐かしい記憶を呼び起こされるかと思えば、あの帝国武人の子——か?」


 俺にパタを突きつけたまま、バ—ヒルはクラネスから目を離さない。どういうことだろうか。それに心なしかクラネスも動揺を隠せていないような? 


「元将軍閣下? 張り切るのは結構ですが、時間が無いこともお忘れ無く」


「⋯⋯分かっておるわ。恩人の子とはいえ容赦はせぬ。貴様はさっさと聖女の娘を連れて行くがいい」


「ククッ、ではお言葉に甘えまして。元素還元!!」


 黄金の連換術師がステッキを一振りして、黄金の連換術を発動。直後、シエラの周囲を覆うように黄金が隆起しそれは馬車の形を為した。続いて、作り出された二頭の黄金の馬がまるで生き物のように鼻息荒く動いている。なんだよ⋯⋯これ? いななきといい鼻を震わせる動作といい、本物の馬にしか見えないぞ?


「師匠!! きゃっ!?」


「ククッ、今の貴女をお連れすれば、しゅもさぞやお喜びになられるでしょう!! フフッ」


 あの野郎⋯⋯。シエラを連れ去る気か!? くそっ、首に刃物さえ突きつけられていなければ⋯⋯。その時、ようやく坂道を下って第七親衛隊と、それを率いる副隊長とジャイルが広間に姿を現した。


「若!?」


「済まない、クラネス。遅くなった⋯⋯、どういう状況だ!? これは!?」


「説明してる時間も惜しい!! ビスガンド公爵閣下の姪が敵に連れ去られた。至急、手が空いている隊員を追跡に回してくれ!! エルト!!」


「了解した。二班と三班!! あの通路から逃げ去る黄金の馬車を追え!! 人質の解放を最優先に!!」


「ぬ⋯⋯皇帝直属の親衛隊か。面倒な⋯⋯ぬっ!?」


 親衛隊の一糸乱れぬ連携に気を取られてる隙に、俺は籠手でパタを上に弾いてバ—ヒル将軍から距離を取る。くそっ⋯⋯さっさとシエラを追いかけたいのに、元将軍とその部下達が馬車が走り去った通路の入り口に陣取ってやがる⋯⋯。


「ぼーっとしない、グラナ。とにかく、シエラを助けに行くには目の前のこいつらを何とかしないと」


「分かってるよ!! 悪いなオッサン、⋯⋯俺は今とても気分が悪い。意地でも通らせてもらう」


「なれば己が力⋯⋯示すがいい、小僧。その生意気な口に見合う実力を持っているか、拙僧自ら試してやろう」


 言われるまでも無い、元より超えれぬ壁ならぶち壊すまで。俺はスッと腰を落とし、両足の力を抜いた。全身隅々に生命エ-テルが行き渡ったのを確認し、バ—ヒルの懐に潜り込む。


「ぬぅ!? 速いな、小僧」


 その引き締まった肉体はまともにかち合えば、充分過ぎるほどの驚異。骨が折れるのも一本や二本では済まされないだろう。だけど、そんなのが怖くて徒手空拳で戦えるかってんだ!!


「元素解放!!」


 普段とは違う砂混じりのザラザラとした風が俺の左手から連換される。この広間にあるエ—テル属性は風、土、水。風は妙な力の干渉を受けてるようで除外。辛うじて使えるのが土と水だ。俺は土属性のエ—テルを連換玉に取り込むと、砂塵の風を連換しバ—ヒルの顔面目掛けてぶち撒ける。


「ぬうっ⋯⋯目眩しとは、卑怯な⋯⋯」


「戦いに卑怯もへったくれもあるか!! その顎、カチ砕いてやる!!」


 連換した風の勢いのまま、俺は渾身の左アッパ—をバ—ヒルの顎に叩き込む。狙いはもちろん脳震盪による気絶⋯⋯! 俺の拳は狙い誤らず真っ直ぐ奴の顎に吸い込まれていき⋯⋯突如、金属と金属がかち合って激しい音を響かせた。

 嘘だろ? 目を瞑ったまま俺の一撃を防いだ——だと?


「砂漠の砂嵐に比べれば緩い風よ——」


「くっ⋯⋯」


 大きく振り上げられた剛腕が勢いよく振り下ろされる。嫌な予感がして後方に退避すれば、石の床がひび割れるどころか砕かれていた。あのガントレット、刃を収納して殴ることも可能なのかよ——。


「⋯⋯思い出した。剛将軍バ—ヒル、十一年前の宗教紛争においてラサスム王国軍の総司令官だった男——」


「帝国に捕らえられ、捕虜交換及び和平の象徴ともなったお方ではないか?? 貴殿程の男が何故このような地下に身を潜める!?」


 クラネスとエルトが正気では無い、過激派教徒と交戦しながら背中合わせで声を掛け合う。

 十一年前の宗教紛争——。帝国とラサスムの間で起きたあの紛争時の捕虜だと? このオッサンがか?


「⋯⋯人には言えない事情ありか? オッサン」


「戦いの最中に相手を気遣う余裕など見せるものでは無いぞ、小僧?」


「忠告どうも。その通りだ、あんたを倒してシエラを追わせてもらうぜ」


 時間が惜しい、こうしてる間にもシエラとの距離は離れる一方だ。

 それに流石にこれほどの強者と対峙するのは、あまり経験が無い。ジュデ—ルの奴と戦った時とはまた違った威圧すらも感じる。


 両腕に嵌められたパタも厄介だ。あの特殊な形状の武器は腕を振るう感覚で剣を振るうようなもの。剛腕との相性も良い。左手の籠手一つで捌けるとは、とても——。


 そこまで考えて唐突に閃く。あのサイズの武器なら長期戦でも耐えれるかも知れない。


「無理しないで、グラナ。私も一緒に戦う」


「いや、一人で結構だ。それよりアクエスもシエラを追ってくれないか?」


「何言ってるの? 見栄を張るような場面じゃ⋯⋯? 何? この風——」


 アクエスが俺の左手に収束する風を見て驚いている。そりゃそうだろう、俺だってここまで風を圧縮したことなんて無いからな。


「小僧——。もしやオンスル元素使い⋯⋯か?」


「その呼び名は言われ慣れて無いが、連換術師だ」


 籠手に纏わせたエ—テルイメ—ジを拡散し、籠手の先から伸びる鋭利な刃物を強くイメ—ジする。


「元素錬成!!」


 吹き荒れる風と共に高密度に圧縮された風がパタの形を為して、旋風を纏う風の刃が姿を現した。軽く振ってその出来栄えを確かめる。——悪くない。これならあの剛腕から繰り出される斬撃とも斬り結べる⋯⋯はず。


「猿真似——というわけでも無さそうだ。よもや風で武器すら作りだすとは」


「仕切り直しだ。オッサン、あんたは俺が超えるべき壁だ」


 心なしか身体も軽くなった俺は再び、バーヒルと対峙する。

 風など吹かないはずの地下広間に張り巡らされた水路が、波打打つような錯覚さえ覚える緊張感の中。——真っ向から刃を交差させた。

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