二十四話 風の精霊

 吹き荒れる風に風の槍を前方で回転させて必死に抵抗する。周囲の景色は不思議なことに霞がかったように薄くなっており、決してここが現実では無いことの証明のようだ。


(意外としぶといじゃないか? だけど、いつまで持つかな?)


「⋯⋯こんなそよ風如きで俺がやられるわけ無いだろ。くっ⋯⋯」


 ズキっ⋯⋯と痛む頭に思わず顔をしかめる。前方から絶えず吹き付ける強風に抗う為に、連続で風を連換しているからだろう。この空間のエーテル残量がどれくらい残っているかは分からないが、このままではジリ貧なのは確かだった。


(どうした? 槍の回転速度が落ちてきてるぜ? 大口叩いといて、もう限界か?)


「⋯⋯いちいちうるせぇ、奴だ」


 悪ガキのような精霊が放出する風の勢いを更に強める。幼い少年のような姿であることもあって、両足の踏ん張りもだいぶ効かなくなってきた。かくなる上は⋯⋯。


 左手の関節の部位、普段は腕にはめた可動式籠手の連換玉が埋め込まれている部分と、体内の生命エーテルの同調を切り離す。風の槍が瞬く間に勢いを失い、俺は強風に煽られ身体を空に持っていかれた。


 地上の景色がぐんぐんと遠ざかり、雲一つ無く限りなく青い空を上昇していきながら、意識を大気と接続する。


「ぐっ⋯⋯」


 まただ⋯⋯。連換術を使っている最中にも感じた、強烈な頭痛。後頭部から感じる違和感が薄れることは無く、それどころか感じる痛みもさっきとは桁違い⋯⋯。一体、俺の身体に何が起こっている? 痛みに懸命に耐えていると、体内の生命エーテルと大気の接続が完了したことを感覚で感じ取る。同時に頭痛もすっ⋯⋯と引いていった。


 とにかくまずは地表に戻らないと⋯⋯。風呼びの力を連換術のように操作し、体勢を安定させると空の下に視線を向ける。

 さっきよりかは幾分放出する風を弱めた精霊が誘うように「⋯⋯フッ」と鼻で笑うのを、風が教えてくれた。


「いい度胸だよ、本当に。だけど、この高度に落下の速度を加えれば⋯⋯」


 身体の周囲を渦巻くように吹かせていた風の向きを全て地表に向ける。狙いはもちろん⋯⋯あのクソ生意気な精霊だ。


「元素⋯⋯収束」


 左腕に可動式籠手をはめていることを強くイメージして、連換術を扱うように大気中のエーテルと風の元素を集中させる。

 イメージした翡翠色の連換玉が溢れんばかりにその輝きを増していくのが、手に取るように分かる。地表に向けた風の勢いを更に強くして、落下速度を加速させた。


「元素⋯⋯解放!!」


 再び風の槍を左腕から生やすように顕現させる。上空の地上より濃いエーテルを用いているからか、槍というより騎士が馬に跨って使うような大型のランスがはっきりと形を保っていた。


(エーテルで武器イメージの生成をここまではっきり見せつけるか⋯⋯。あのお節介ですら難儀した連換術の高等技術を無意識でやっちまうとは⋯⋯。こりゃ、俺も久しぶりに本気出さざるを得ないようだ)


「ああ!? 今まで手を抜いてたとか、舐めてんのか!?」


(その口の悪さ、何だか懐かしいぜ⋯⋯。よっと⋯⋯)


 精霊は何処か懐かしむような視線を俺に向けると、右腕を空に向かって突き出す。

 腕から生えるようにくしくも同じランスの形をイメージしたエーテルが、周囲の大気を狂わせるような速度で回転していた。


(お前に力を預けられるかどうか、これで確かめてやるよ。さあ!! かかって来な!!)


「上等だよ、凌げるものならやってみやがれ!!」


 売り言葉に買い言葉を交わし、俺は左腕のランスを乱気流を用いて左向きに回転させる。

 対する精霊も同じようにランスの回転速度を更に加速、その方向は右向き。

 勢いよく突き出された二つのランスの先端が衝突し⋯⋯、周囲の大地が消し飛ぶ程の衝撃が円形に広がった。


「ぐっ⋯⋯まだまだぁぁぁぁ!!」


(チッ、風の勢いが強すぎる⋯⋯。このままじゃ、こいつの精神が持たないな⋯⋯)


 暴風のような風で煽られてるのに、精霊の声がやけにはっきり聞こえる。

 それに何だ?? 精神が持たない??


 尚も俺が左腕のランスの回転を加速させようとした時だった。


『匠⋯⋯目⋯⋯を⋯⋯⋯て』


 何だ?? この声⋯⋯は??


「痛っ⋯⋯。こんな時に、また頭痛⋯⋯」


(馬鹿が⋯⋯人間の身で無茶しやがって。そら!! 遊びは終わりだ!! とっとと現実に帰りやがれ!!)


「は?? なっ⋯⋯!?」


 ぶつかり合うランスの先端がいきなり噛み合う歯車が外れたように弾かれ、そのまま形が崩れる。ランスの消滅と共に、形を形成していたエーテルと風の元素が勢いよく解き放たれて、天まで昇る一本の柱のように上空に勢いよく押し上げられていく⋯⋯。


 俺の身体はその流れに飲まれた。


『目を⋯⋯覚ましてください!! 師匠!!』


 この声、シエラ⋯⋯か!? 何でシエラの声が??


(ふん⋯⋯。やたらと懐かしい気配がすると思ったらそういうことか。お前、命拾いしたな)


「⋯⋯どういうことだよ」


(悪いが、これ以上話すことは無い。戻ったら俺を起こした祈祷師にでも聞くんだな)


「意味深なことばかり言いやがって⋯⋯。お前、結局なんなんだよ!?」


(見りゃわかんだろ!? 精霊だよ!! 風の精霊ウイレム!! いいからさっさと帰れー!!)


「へ?? うわぁぁぁぁぁ!?」


 荒れ狂う渦と化した風に吸い込まれるように、俺は身体も意識もどこまでも広くて青い空に吸い込まれていった。

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