二十三話 ジンと眠り

 奥の間に案内された俺達を迎えたのは天井一面に描かれた精霊の姿絵だった。

 精霊教会が信仰している四大精霊と思しき四柱の精霊の伝説上の姿に、御伽噺で見るような自然に宿り様々な伝承に残る古の精霊達の姿だ。

 桜と思しき木の幹にちょこんと座っているのは、以前クラネスと一緒に行動を共にしたあの精霊⋯⋯だろうか?


「凄い⋯⋯。教会の聖典には記述されていない精霊達がこんなにたくさん⋯⋯」


「まぁ、精霊教会も元を辿れば東方の宗教観の影響を色濃く受けた宗教組織だからね。かの聖女の東方巡礼の成果により、教会の聖職者達もエーテルとジンの存在を公に認めたなんて逸話が残ってるくらいだし」


「グラナ、知ってた?」


「いや、初耳だよ⋯⋯」


 アルが訳知り顔で語る知識を聞いてアクエスが俺に確かめてくるが、俺が知ってるはずも無い。

 教会関係の資料⋯⋯とりわけ聖女に関しての資料は少なく、それこそマグノリアの地下聖堂にあったような歴史的遺物は本当に数えるほどしか残っていないからだ。

 どう考えても意図的に教会が隠蔽してるとしか思えないが、それが現状である。


「それじゃ、お兄さん? そこの中央に座って貰えるかな? 足が痛くならないようにクッションが敷いてあるから」


「あ、ああ」


 祈祷師のおばさんに言われた通り、中央の床に座る。祈祷師は俺が座ったことを確認すると、何やら不思議な匂いがする香を焚き始めた。


「何だか眠くなるお香ですね⋯⋯」


「ジンと語らう為に祈祷師様がトランス状態に入る為さ。ジンに取り憑かれた者が眠っている間だけ祈祷師様はジンに語りかけることが出来るんだ。というわけで、諸々寝不足なので僕も少し寝るー⋯⋯」


 眠気を堪えて目を閉じまいと頑張ってるシエラとは対照的にアルは横になると、気持ちよさそうに眠り始めた。寝付き良すぎだろ⋯⋯。


「お腹一杯だから私も眠くなってきた。お休みー⋯⋯」


「アクエスさん!? 寝るのは構いませんが私の膝を枕代わりにしないでください!!」


「ふへへー、可愛い女の子の膝枕ー⋯⋯zzz」


 アクエスから膝枕を求められたシエラが嫌そうに抵抗はしているが、結局無下にも出来ずそのまま眠るアクエスを両膝に乗せたまま「はぁ」と吐息を吐いた。

 一応アクエスの連換術師の異名は水の精霊の巫女だっけか⋯⋯。巫女要素皆無なんだが、どういう経緯でそう呼ばれるようになったんだ??


「う⋯⋯ごめんなさい師匠、私も眠気が堪えきれなく⋯⋯」

「寝てていいぞ、シエラ⋯⋯。俺も⋯⋯瞼が重い」


 話している間もシエラの目がとろん⋯⋯なっている。俺も⋯⋯そろそろ限界だ。

 誘惑に抗えず目を閉じると、それまでの疲れもあったのか俺は深い眠りに落ちて行った。


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 ちちちっ⋯⋯と小鳥が囀るような音が木霊している。

 重い瞼をやっとの思いで開けると抜けるような青空と、風を受けてカラカラと回る大きな風車が目に映る。


「あれ⋯⋯?? ここは??」


 ガバッと起き上がり周囲の景色を見渡す。思い出の中に残る今や帝国の地図からも消えた俺の故郷の景色にそっくり⋯⋯、いやその場所としか思えない。

 寝転んでいた草むらを飛び出すと勢いよく駆け出した。何故か身体の感覚がおかしい⋯⋯。

 何というか自分の身体ではない誰かの身体を間借りしているような、そんな不思議な感覚だ。

 そういえば⋯⋯視線の位置がだいぶ低い、動かす手足は成長途中の少年のそれだ。

 いつもの帰り道の途中にある池に寄って、恐る恐る覗き込む。


「なんだよ⋯⋯? これ? この顔は子供の頃の俺?」


(懐かしいだろ? この景色)


 背後から突如かけられた見知らぬ声に驚き、危うく池に落ちそうになった。

 なんとか落ちずに池から離れると、俺は後ろを振り返る。そこには⋯⋯。


(よう。久しぶりだな、相棒?)


 見慣れない悪ガキのような子供が何故か宙に浮いており、にかっと笑っていた。

 久しぶり?? 生憎だが俺はこの子供に見覚えは無い。風呼びの忌み児として村の子供達からも爪弾きにされていた俺の友といえばそれは⋯⋯。


(なんだよ? 忘れたとか薄情な奴だな? 散々お前の悪戯に付き合ってやったていうのに?)


「お前が俺に取り憑いてる⋯⋯精霊?」


(取り憑いてるとは失礼だな? 友達がいないお前の唯一の友達になってやったじゃないか?)


 子供の尊大な態度に怒りとその他様々な感情がない混ぜになり、目の前にフワフワ浮かぶ精霊が憎くて堪らない。

 静かに拳を握り締めると、精神を集中する。連換術を使うような感覚で拳に風を纏わせた。


(おーいつのまにそんなこと出来るようになったんだ。凄いじゃないかグ⋯⋯、ブゴゥ!?)


「ようやく分かったぜ⋯⋯。俺が風を呼べるのも、厄介事を引き寄せる体質なのも、全部お前の仕業かー!!」


(ま、待てっ!? 話せばわかっ⋯⋯ブベェ!?)


 積年の恨みを込めて俺は風を纏った拳で精霊を滅多撃ちにした。

 身体は確かに鍛える前の姿だが、頭で覚えてる体術の動きを真似て未熟な身体を懸命に駆使し、とにかく拳を打ち付ける。アルを殴ったばっかりなのに、八つ当たりしてばっかりだな⋯⋯思いつつ。


(てんメェ⋯⋯、大人しくしてたら、ボコボコに殴りやがって⋯⋯。お返しだ!!)


「なっ⋯⋯。うわっ!?」


 やられてるだけだった精霊の纏う雰囲気がガラリと変わり、髪を逆立て手を突き出すと、身体ごと持っていかれかねない強風が放たれる。

 周囲の木々から葉っぱがちぎれ飛び、後方にある池の水面が風でうねりを上げる。


(てめぇ如きが俺様に手をあげようなんざ⋯⋯千年早いんだよ!!)


「はっ⋯⋯何処の悪ガキか知らないが、俺に喧嘩売るとはいい度胸だ。いいぜ、買ってやろうじゃねぇか!!」


 元素⋯⋯収束。


 ここが夢の中? であることも忘れて俺は連換玉代わりに拳に風の元素とエーテルを取り込む。

 取り込まれるのが左手なのは、連換術を行使する際に左手を用いているからだろうか?


 元素⋯⋯解放!!


 精霊の強風を貫くようにエーテルを槍のような形に展開して風を放出。

 風で作った槍を高速で回転させる。


(へぇ⋯⋯口だけじゃねぇな? いいだろう、このまま力比べと行こうじゃねぇか)


「こっちのセリフだ、悪ガキ。そっちこそ負けて泣きべそかくんじゃねぇぞ!?」


 荒れ狂う強風に揺さぶられながら低俗な言葉を交わし合う中で、この精霊から何処か懐かしさのようなものを思い出しかけていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る