二十二話 焦り
モスクの入り口から飄々と入ってきた声の主は、皇都に来る途中の汽車の中で偶然? 出会い、列車ジャックの阻止に協力してくれたラサスムの第二王子カマル・アブ・サイードだった。
初対面の時にアルハンブラという偽名を名乗っていたので、めんどくさいからアルと呼び捨てにしているが。
後ろには従者の強面で厳つい大男ジャイルが相変わらず困ったような顔をして、渋々と主に付き従っている。⋯⋯さて、そういえばアルには聞かなきゃいけないことがあったな。
ニコニコと笑っているアルに一足で間合いを詰め⋯⋯右手を思いきり振りかぶる。
「師匠!?」
シエラが目を見開き止めようと手を伸ばすが、俺の拳は奴の左頬を捉えた後。
殴られたアルの左の唇が切れて血がつー⋯⋯と垂れる。
「若!?」
「⋯⋯いや、手出し無用だジャイル君。シエラさんの師匠である彼なら、僕を殴りたくなるのも当然だ。⋯⋯アレンさんから聞いたんだね、ラスルカン教過激派がこの皇都の何処かに潜伏していること?」
「ああ。話は全部聞かせて貰った。⋯⋯洗いざらい聞かせてもらおうか?? ラサスム国内でのラスルカン教の現状、そして⋯⋯何故こんな状況でお前みたいな奴が皇都にいるかを、だ。ただのお忍び旅行じゃ無いんだろ」
俺とアルのただならぬ様相に礼拝中のラスルカン教徒達が我先にとモスクから外へと飛び出して行く。突然の出来事にアクエスと祈祷師のおばさんも驚き戸惑っているが、今はそれどころじゃない。皇都に来る途中の汽車で遭遇した列車ジャックは、シエラを狙ったラスルカン教過激派の連中の仕業だった。アレンさんから頼まれたシエラの護衛を完遂するには、この放蕩王子から詳しい話を聞かなきゃならない。
「それで⋯⋯僕をぶん殴って気は済んだかい?」
「半分⋯⋯てとこだな。もう半分は手前勝手に帝国内でやりたい放題やってるラスルカン教過激派の連中を、残らずぶっ潰してからようやく溜飲が下がりそうだ」
ジャイルから受け取ったハンカチで切れた口を拭ったアルは、さっきまでの飄々とした雰囲気では無くスッと目を細め俺に詰め寄った。
「⋯⋯それじゃあ帝国の国賓を殴った罪を、公爵閣下に知られたく無かったら協力して貰えるかな? 皇都に潜伏している過激派の一斉摘発に」
「一斉摘発⋯⋯ですか?」
アルの言ってる意味がよく分かっていないシエラが小首を傾げている。
後ろ暗い目的を持った集団を文字通り一斉にとっ捕まえることだが、まさか過激派が潜んでいるアジトの場所でも掴んでいるのか??
「⋯⋯教義を見失った信徒達が随分迷惑をかけたようだね。カマル王子」
「ご心配には及びませんよ、祈祷師様。困った同胞を正しき道に導くのも王家の端くれたる僕の役目。それに、ラサスムの発展の為には帝国との友好関係をここで損なうことは出来ません。此度の件は民達の不平や不満を見ない振りし続けた王家にも責任がある。兄上の愚行の後始末は弟である僕しか晴らすことは出来ませんから」
アルはさっきのように爽やかな笑顔を浮かべると、恭しく祈祷師に頭を下げる。
こんな辺鄙な場所にあるモスクの祈祷師とこいつは一体どういう関係なのだろう?
お国柄⋯⋯ということなのだろうけど、一部の貴族から疎まれている精霊教会という宗教を、物心ついた頃から見ている俺達からすれば見慣れない光景だった。
教会の見習いシスターであるシエラも、アルの行動を興味深げに眺めている。
「グラナ、事情は分からないけどいきなり殴るのは無いと思う」
「う⋯⋯」
「しかも相手はラサスムの王子様。下手したら外交問題。シエラが大切なのは分かる。でも、それとこれとでは話が別」
アクエスからいつもより強めの口調で注意⋯⋯というより叱責を受ける。
確かにいつも以上に色んなことに巻き込まれ、アレンさんから聞かされたシエラの過去のことでやるせない気持ちになり、振り上げた拳の振り下ろし先を見失っていたかも知れない。
「⋯⋯殴って悪かった、アル」
「本来なら王族に手を挙げるなんて死罪になってもおかしくないのだけどね? ⋯⋯こちらも国の者達が迷惑かけてるわけだし、不問とさせて貰うよ。その代わり、連換術協会の連換術師としてしっかり働いてもらうからそのつもりでね?」
「アルさん⋯⋯師匠を許していただき、ありがとうございます」
「礼には及ばないよシエラさん。汽車の中では随分と怖い思いをさせてしまったからね。⋯⋯国の者達の不始末の代償は必ず償わせてもらいますよ」
シエラの頭にぽんと手を優しく載せたアルは、後ろに控えているジャイルに目配せをする。主の意向を汲み取った従者は失礼⋯⋯と、一言断りモスクの入り口を見張り始めた。
「そういえば知らない女の子が増えてるけど、また何処かでタラシ込んだのかい?」
「た、たらし込む!? そんなことするわけ⋯⋯」
「おおー?? 正解、王子様。出会って早々情熱的な⋯⋯」
「アクエスさん?? 余り師匠を困 ら せ な い で く だ さ い ね」
「シエラ⋯⋯笑顔だけど、顔が怖い⋯⋯」
俺たちの何だか気の抜けるやり取りを「はっはっは!!」と上機嫌に笑って流すアルがやたらと大物に見える。
ところでこのモスクには何しに来たのだっけか——。
「賑やかなのは良いことだけれど、そろそろ、そこのお兄さんに憑いてるジンを見たいのだけどねぇ?」
「あ、そういえば⋯⋯そうでした。祈祷師様、お願いします⋯⋯」
ぞろぞろと祈祷師について行く俺たちをアルは不思議そうに眺めている。
そういえば、こいつには説明してなかったな。ここに来た目的。
「ははーん? さては女難の災いを祓いに来たとか? グラナ?」
「違う。この厄介事巻き込まれ体質をどうにかしてもらおうと、お祓いに来たんだよ。お前こそ、ここに何か用でもあるのか?」
「まぁ、野暮用が少し⋯⋯ね? ま、ここで会ったのも何かの縁だ。僕も一緒に付き合おうじゃないか? 君のお祓いにね」
アルとそんな軽口を叩きながら、先に向かうシエラ達の後を追う。
ここが、四柱の間。皆入っておいでと、祈祷師のおばさんはモスクの奥に俺達を案内するのであった。
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