十九話 First day night 公爵邸への来客
「で? その女性は誰なのかしら? グラナ?」
「いや、彼女は——」
公爵邸に帰って来た俺を迎えたのは辛辣過ぎるソシエの一言だった。
その視線はシエラの横に立っているアクエスに注がれている。
「ども。今日からここでお世話になる、アクエス・エストリカ。メイドさん?」
「ち、違います。その前に今日からお世話になるですって!? ……グ・ラ・ナ?? どういうことか説明していただけるのでしょうね??」
「だから少しは話を聞いてくれ。この人は連換術協会本部所属のA級連換術師だ。アレンさんからの依頼の協力と、シエラの水の連換術の教師役で来てくれたんだよ」
今にも平手を放ちそうなソシエを必死に押し留めながら、なんとかアクエスについて説明する。なんで毎回、こんな目に合うんだか。それと⋯⋯俺はソシエの全身をまじまじと眺める。
「何かしら? 失礼ですわよ、淑女を眺め回すなんて」
「悪い。ただ、なんでメイド服を着ているのか気になってな」
そう、何故か知らないけどソシエが着ているのはまごう事なきメイド服だ。フリルのついた可愛らしいスカートに、黒を基調としたその服は貴族に仕えるメイドが纏うものであり、貴族が着ることなど多分無い。俺の横にいるシエラもやはり気になったようで、普段とは違うソシエの装いに興味深々の様子だ。
「ソシエさん。ところで何故、メイド服を?」
「公爵閣下に急な来客がありまして、なんでも人手が足りていないのだとか。紅茶やお菓子を用意するぐらいなら、わたくしにも出来ますから手伝っております」
急な来客? 滞在中のお客に給仕をお願いしなきゃいけない程の人物? もしくは集団ということか? 誰だ? 一体?
「で、誰なんだ? その来客というのは?」
「陛下直属の第七親衛隊の皆様ですわ。なんでも皇太女の儀、当日の警備体制についての打ち合わせだとか。先日の列車テロの件もありますから、皇都全域の警備も強化するそうですの」
陛下直属の親衛隊か。確かマテリア皇家を守護するために帝国中から集められた武人達によって構成された、帝国最強の部隊だったか? また随分と仰々しい人が来たもんだな。
「グラナ、やっと帰って来たか。全く、あまり心配させるな。ただでさえ、まだ本調子では無いのだし」
「クラネス? そっか、あのテロ騒ぎで到着が遅れたんだったな」
玄関ホールに現れたのは何故か男装のような格好をしているクラネスだった。
普段の騎士団長姿を見慣れているせいか、襟を立てた長袖の白いパリッとしたシャツの上に黒いベストを着て、ぴっちりとした脚線がよく分かるスボンを履き、男性ものの革靴で足元を飾った格好は不思議とよく似合っている。薄く化粧はしてるみたいだが、それさえも中性的な雰囲気をより際立たせていた。
「公爵邸にはいつ着いたんだ?」
「ついさっきだ。それより、あばらの骨折も治ったばかりなのだから無理するな。シエラさんの連換術師登録は済んだのか?」
「ああ、それなんだけど」
俺は皇都に来てから見聞きしたことを掻い摘んでクラネスに説明する。連換術協会を取り巻く現状、地下水路に充満する異様なエーテル、アレンさんから依頼されたラスルカン教過激派の拠点探索、そしてシエラの護衛を請け負ったことなどだ。
一頻り説明を聞き終えたクラネスは俺の顔をじとっと見やると、額に手を当てはーと溜息をついた。
「大体の事情は把握した。よくもまぁ、たった一日でそこまで巻き込まれるものだ。お前、何かに憑かれてるんじゃないか?」
「正直な話、どこかでお祓いしてもらいたいよ⋯⋯」
ここまでくるといつも巡り合わせが悪いだけ——という現実逃避も虚しくなる。
しかし、お祓いといっても精霊教会のお世話になるのは御免だしどうしたもんか。
「それなら、ラスルカン教のモスクでお祓いしてもらうといい。タダだし」
俺とクラネスが話しているとアクエスが相変わらずの無表情でぽつりと言った。今のいままで気配を消していたかのような彼女の存在に、ようやく気づいたクラネスが俺にちょいちょいと手招きする。明らかに不機嫌そうな顔をしているのはなんで何だか?
(グラナ、あの女性は誰だ?)
(連換術協会本部所属のA級連換術師アクエス・エストリカ。シエラの水の連換術の教師役と、アレンさんの依頼にも協力してくれることになったんだけど、ここで寝泊まりすると本人が言い出してな。シエラも彼女を慕ってるようだから、仕方なく連れて来たんだよ)
耳元でこしょこしょとクラネスから話かけられて、なんともむず痒い。というかアクエスのじーと興味深々にこっちを見てくる視線が痛い。
(では、そのアクエスさんとやらは、シエラさんの為に協力してくれるということだな?)
(それで合ってる。なぁもういいか? さっきから耳がこそばゆくて、なんか甘ったるい匂いもするから鼻がおかしくなりそうなんだが?)
(あ⋯⋯す、済まない。香水を少しつけ過ぎたかも。わ、悪かったな)
(? 別にいいけど?)
ようやく内緒話が終わった俺たちに三方向からじとっとした視線が突き刺さる。シエラなんて頬を膨らませて何故かお冠だし、一体なんでだ?
「シエラ。貴女の師匠はかなりの鈍感?」
「見ての通りです。それでいて無自覚なので、尚更立ちが悪いといいますか」
「お二人共。そういう内緒話は誰も見ていないところでやってくださいな」
三人の呆れたような言葉が耳に痛い。この場をどう切り抜けるか疲れた頭で考えていると、玄関ホールの奥の両開きの扉が静かに開いた。
「おや? 賑やかな声が聞こえるなと思ったら、クラネス殿ではないか。お会いするのは五年ぶりくらいか?」
「じ、ジークバルト親衛隊長殿!? その節は誠にお世話になりました」
クラネスが何故か緊張した面持ちで頭を下げている。向こうからにこやかな笑顔を浮かべて向かってくるのは、見上げるような長身にマテリア皇家の紋章でもある水の精霊の印が刺繍された、青を基調とした親衛隊の制服を纏った壮年の男性だ。短く刈りそろえた茶褐色の髪は整髪剤でも塗り込んでいるのか、綺麗な直毛になっている。
「そうか、マグノリアで起きたエーテル変質事件解決の功労者の一人、市街騎士団の団長とは貴殿のことだったか。ミデスもさぞ喜んでいそうだな」
「ええ。養父に掛けられていた冤罪の罪も、ようやく事実無根であると認められました。例の司祭の罪を立証する証人として、皇都に向かっている最中だそうです」
そっか、ミデス団長、やっと釈放されたんだな。俺は市街騎士団に入りたての頃にミデス団長から剣の稽古を受けたことを思い出す。俺が連換術を使う時に左腕に嵌める籠手は、団長が知り合いの鍛冶師に頼んで特注で作ってくれたもの。
両親を幼い頃に亡くした俺にとっては、まるで父親代わりのような人だった。
「おっと⋯⋯もう、こんな時間か。それでは、クラネス殿。明日、帝城の第七親衛隊の隊舎で」
「——承知いたしました。ジークバルト騎士隊長殿」
クラネスとジークバルド騎士隊長は意味深なやりとりを交わす。何名かの隊員を連れた騎士隊長は公爵邸を後にした。
「なぁクラネス? さっきのやりとりは?」
「ああ。実は以前から、お誘いを受けていたんだ。皇都の親衛騎士隊に異動する気はないか?とね。色々あって返事が先延ばしになっていたが、ミデス団長も直に戻ってくることだし思い切って異動を願い出た。皇太女の儀の終了まではマグノリア市街騎士団の団長という扱いは変わらないが、既に所属は第七親衛隊の隊員の一人だ。済まなかったな、今まで黙っていて」
クラネスの突然の異動の話に驚く。いつか、こういう日が来るんじゃないかと心の奥底でとある予感を感じていた。
一年前にソシエから聞いたクラネスの辛い過去。自身の過去と向き合い、闇に葬られたローゼス子爵の皇帝陛下暗殺事件の真相を解き明かす為、彼女自身が目標としていた場所への異動がやっと叶ったんだと。
それは喜ばしいことであり⋯⋯同時にクラネスとの別れの時が近づいて来たのだと一抹の寂しさのようなものが、心の片隅に静かに残るのだった。
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