十八話 調査報告

「なるほど。その報告を聞く限り、確かに何かありそうだね」


 夕刻。地下水路の入り口に漂う異様なエーテルにより、これ以上の調査は危険が伴うと判断した俺たちは協会本部に戻り、ミシェルさんに調査結果を報告している最中だった。

 あの場で我を失ったペリドは現在エーテル解析室で、体内エーテルに異常をきたしていないか検査中だ。


「ん。水路の水が濁っていることといい、何か起きてるのは確か」


「グラナ君とシエラさんが回収して来てくれた水路の水の解析結果待ちかな。まさか、そんな危険なことになってたとは。済まなかったね、二人共」


 アクエスさんから補足を受けたミシェルさんは俺とシエラに向かって頭を下げる。

 連換術師の仕事柄、こういう危険な目に会うことは常に覚悟はしているけど何か違和感のようなものも感じる。

 

 普段そつなく仕事をこなしているミシェルさんが、危険を伴う調査をあのペリドに任せっきりだったことも含めて、だ。


「ミシェルさん。俺たちに何か隠してませんか?」


「どうして、そう思うんだい?」


 俺の問いかけに彼は弟と同じブロンドの前髪の隙間から、いつもより鋭い眼光を眼鏡越しに向ける。マグノリアにいても噂は流れて来ていた。皇都の本部が教会の新興勢力から、妨害を受けていること。

 

 仕事が完璧なミシェルさんが地下水路で起きていた異常を知らなかった……。これだけで異常なことだと十分な根拠になる。


「マグノリアでも聞きました。皇都の協会本部も教会の新興勢力から、仕事を邪魔されて思うようにいってない、と」


「⋯⋯」


 俺の指摘にもミシェルさんは黙ったままだ。以前、エリル師匠とこの本部に来た時はもっと沢山の人で賑わっていた記憶がある。所属している連換術師の人数も相当数いたはずだ。

 隣ではシエラが教会関係者として気まずそうに顔を俯かせている。別にシエラを責めている訳では無いのだが、なんとなく申し訳無い⋯⋯気持ちになる。


「今までの教会は連換術を認めない派閥が台頭していたけど、今は何故か連換術を認める勢力が教会内で勢いを増してる。過激派に変わる新たな勢力『イデア派』。それが皇都でも信者を触発してる」


「イデア派?」


 アクエスさんが氷のように透き通る瞳を俺に真っ直ぐ向けた。聞いたことも無い派閥の名に俺は顔を顰める。連換術を認める?? あれだけ自分達の教義と相反すると、デモ活動に信者まで動員していた教会が??


「イデアとは古代の哲学者の学説で用いられる言葉さ。我々が肉体的に感覚を通して見ている世界とはイデアの”似象”に過ぎないという意味らしい。意味はものごとの真の姿、本質を指す言葉だ。教会の教義に照らし合わせるなら、四大精霊によって世界が作られたのであれば、我々人間もまた精霊によって造られたということ。今こそ、その御心に応え我らの本質を見定めようではないか⋯⋯とね。説明が長くなったけど、これが『イデア派』。精霊教会が掲げる新たな教義の形なのだろうね」


 ミシェルさんのかなり噛み砕いた説明を聞いても、胸の中に残る不信感の払拭は出来ない。

 俺の故郷の村は教会によって異端と断罪され焼かれた。

 教義に背いた。意味も分からない、ただそれだけの理由で。

 そんな連中がいくら綺麗事並べたところで、失った命は二度と帰って来ない。

 そして、今更になって連換術を認めるだと?? ふざけてるのか??

 俺が抑えきれない怒りで拳を握りしめていると、シエラが何かに気づいたようにハッと口元を抑えた。


「精霊によって造られた存在、それが人間。であるならば私達、連換術師は——」


「教会は頑なに認めないが精霊と元素は同じ存在さ。精霊の力を擬似的にも行使できる連換術を扱う者こそ、真のイデア本質を見定める為に全ての人が目指すべき存在。つまりは教会の大規模な方針転換だね。——本気で連換術協会を潰す為の」


 表向きは認めた振りをして、裏では自分達こそが連換術を扱うに相応しい存在であると主張する。今までのように真っ向から排除するのでは無く、認めた上で排斥する。

 反吐が出る。どこまでいっても自分達が正しい、そんな奢りが招いて来た数々の悲劇がどれほどあるのか? どこまで業が深いものかも奴らは分かってない。分かろうとすらもしない。


「皇都でもこのイデア派が台頭するにつれて、本部所属の連換術師の引き抜きも大々的に行われるようになってね。他の支部からも応援を募ってはいるけど、見ての通り動ける連換術師はもう数えるくらいしか残っていない。最近では連換術協会が今まで追随を許さなかった、連換術の研究分野までにもイデア派が介入しようとしているという噂があるぐらいだ。協会創設以来何度か存続の危機に見舞われてきたけれども、今回ばかりはどう手を打つべきか? 協会長も判断を決めあぐねている有様でね」


 ミシェルさんが力無く視線を落とした。よく見ればその表情は疲労が見え隠れしている。

 そりゃ、あのペリドが駆り出されるわけだ。状況はマグノリアから支部が撤退した時より遥かに最悪。俺一人が奔走したところで、状況が改善する筈も無い。

 

 何がB級連換術師だ。何がマグノリアを救った英雄だ。

 何で俺は⋯⋯肝心な時にいつも無力で何も出来ないのか。


「それは違います。師匠」


「え⋯⋯」


 硬く握りしめられた拳がいつの間にか暖かい両手で包まれていた。

 その両手から上に、久しぶりに見る七色の光が淡く十字の形に輝いている。


「ごめんなさい、どうしても師匠の表情が気になって。七色石のロザリオを通して師匠の気持ちが痛いほど伝わってきました」


「そうか、あの時繋がったから」


 脳裏をよぎるのはマグノリアを覆う変質したエーテルと街全体に刻まれた火の精霊イフレムの印。

 あの夜、俺とシエラは七色石のロザリオを通して心と心が繋がった。

 人と人の心を繋ぐ、聖女が所持していた聖遺物にはそんな力も宿っていたらしい。


「諦めないで、どうすればいいか皆で考えましょうよ!? 師匠は決して一人ではありません。ソシエさん、ルーゼさん、クラネスさん、アレン叔父様だって。それに師匠の弟子である私だって⋯⋯もっと周りを頼ってください師匠!! 一人で抱え込むのは貴方の悪い癖です、グラナ——」


 師匠では無く、久々に名前を呼ばれたことで俺はあの時のことを思い返す。聖葬人ジュデールと対峙し、危うく死にかけたことを。あの時も二人だから乗り越えられた、それだけは忘れちゃ行けない事実だ。


「どっちが師匠か分からないね。この二人?」


「ははっ、同感だね、アクエス。でも、シエラさんの言う通りだ。諦めるにはまだ時期尚早だった⋯⋯かもだ」


「ミシェルさん——」


 ミシェルさんは中指で眼鏡の位置を直すと、俯いていた顔を上にあげる。

 そして、俺とシエラに向かい意思が伝わるような真剣な表情で向き直った。


「君達は公爵閣下からの要請、ラスルカン教過激派の拠点の探索に集中して欲しい。これは連換術協会からの正式な要請でもある。アクエス、君もこの二人に協力するように。ロレンツ君の話が本当なら、シエラさんの連換術の潜在的資質は相当高いはずだ。彼女に水の連換術を教える役目、改めて任せたよ」

「ん。了解。後輩が増えるのは私も大歓迎」


 アクエスさんも相変わらずの無表情でコクリと頷く。

 とにかく、当面の指針は決まったな。


「今日はお疲れ様、三人共。無理せずしっかり身体を休めて明日から探索に取り掛かるように。それじゃ解散」


「了解です、ミシェルさん。それじゃ、アクエスさんも明日からよろしく」


「アクエスでいい。それより、私も君達と同じところに寝泊まりした方が都合がいいと思うのだけど?」


 俺のよろしくお願いしますを遮って、アクエスさんが申し出たのは予想外過ぎる発言だった。

 いや、そりゃ願ったり叶ったりだが。朝のルーゼとのこともあるし、流石にこれ以上女性陣が増えるのは勘弁願いたいが。


「本当ですか!? ありがとうございます、アクエスさん。水の連換術についてもっと知りたいです!!」


「OK。みっちり教える。それじゃ、荷物と着替え取ってくるから少し待ってて」


「え。いや、ちょっと待っ——」


 シエラと早速意気投合したらしいアクエスは、颯爽と本部から出て行ってしまった。

 確か今日はクラネスとも公爵邸で合流する予定だったよな。

 嫌な予感しかしないんだが。


「済まないね、グラナ君。彼女はああ見えて、一度言い出したら曲げない女性ひとでね。申し訳ないけど任せたよ」


「いや、任せるって⋯⋯」


「どうしたのです?? 師匠??」


 何でもないと、シエラに誤魔化しつつ、帰ったらソシエにどやされるんだろうなぁと、俺は自分の厄介事体質を心の底から恨めしく思うのであった。

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