十五話 精霊 元素 エーテル
「き、き、貴様は。グラナ・ヴィエンデ!? 何故、ここにいる!?」
「何故って。七日後の皇太女の義に招待されたからだっての」
金髪の髪から泥混じりの水滴をポタポタ垂らしながら、ペリドがこちらを鋭い目付きで睨んでいる。ご自慢の高そうな服もびっしょり濡れてるし、暑いからって水遊びでもしてたのかこいつは?
「は!? 貴様が皇太女の儀に招待されただと!? 嘘をつくな!? そんな功績をどこで立てた!?」
「え? えーと」
あー、確かマグノリアの一件は公には公表されていないんだっけか?
となると、俺がエーテル変質事件を解決したのも知らなさそうだな。
俺が腕を組んでどう説明したらいいのやら? と、うむむと頭を捻っているとペリドはフン!と鼻を鳴らした。
「この私の前で見栄なんぞ張ろうとするとは。見損なったぞグラナ・ヴィエンデ。貴様それでも私が認めた好敵手か?」
だから、いつ好敵手になったんだよ⋯⋯。
やっぱり、こいつと会話してると疲れる。めんどいし、好き勝手言わせておくか。
だが、俺とペリドのやりとりに何故かカチン! と来たらしいシエラが口を挟んだ。
「師匠が皇太女の儀に招待されたのは本当です。師匠の弟子である私が断言します!」
「師匠?? おいぃぃぃ!? どういうことだ!? グラナ・ヴィエンデ!? 貴様、いつの間に可愛らしい弟子を取れるほどの階級に!?」
「二ヶ月前だ。B級に昇格したんだよ、ある事件を解決してな」
説明し忘れてたが連換術師が弟子を取るには、一定以上の階級に昇格する必要がある。
B級以上からベテランと認められ弟子を指導する資格が得られるわけ、だ。
それ以外の階級でも本部に申請して認められれば、一応弟子を取ることは可能だ。
審査はかなり厳しいが。
「ぐぬう——。まて? 二ヶ月前だと? まさか、マグノリアのエーテル変質事件のことか?」
「その通りです!! 師匠と私、他にも沢山の方達と協力して解決しました!!」
「シエラ⋯⋯。それ、公には公表されていないからな——」
俺の指摘にシエラは、「あ⋯⋯」という感じに手で口元を押さえる。
何人かの職員の人から鋭く咎めるような視線が突き刺さっているのは気のせいだ、多分そうだ。
そうだと思いたい。
「ペリド、今はグラナ君達の用件を対応中だ。それにお前に頼んだのは水質検査の筈だろう? 水路の土壌の調査は頼んでいないけど?」
「ぐっ、しかしだな? 兄者、私はグラスバレー家の連換術師。やはり、土を調べてみないことには⋯⋯」
ミシェルさんにダメ出しを受けるも、ペリドは尚も食い下がる。何というか、少し見ない間に随分と仕事熱心になったな。一体、何がこいつをここまで駆り立てたんだ?? ミシェルさんはやれやれと肩を竦めた。 困った顔を隠そうともせずピシャリと告げる。
「とにかく、そんな格好で本部内を彷徨かれても迷惑だよ。まずはシャワーでも浴びて着替えてきなさい」
「⋯⋯承知した」
案外あっさりとお兄さんのいうことを聞くペリドを、俺は何か珍しいものでも見るように眺める。この二人が兄弟なのは知ってたが、ペリドはマグノリア支部にあまり顔を出さない。たまに見かけても大抵ミシェルさんに怒鳴られているところだったからなぁ。
「お見苦しいところを見せてしまったね。それじゃ講習会場で詳しい説明をしようか?」
ミシェルさんはまだ肩を怒らせてペリドが去って行った方を睨んでいるシエラと、俺についてくるように促す。
シエラの肩にぽんと手を乗せる。渋々といった雰囲気でシエラがこっちを振り向いた。
「なんなのですか? あの失礼な人は?」
「汽車の中でも話しただろ。あいつが俺の自称好敵手、ペリド・グラスバレーだよ。とにかく、ミシェルさんから説明を受けよう。その為に来たんだからな?」
シエラはコクリと頷くとようやく講習会場の方へと向かって行く。
俺も、そのすぐ後を追うのであった。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
ガランとした講習会場に案内された俺とシエラは、最前列に座りミシェルさんから連換術師として活動する際の注意事項を聞いていた。
一、連換術師とは元素の力を行使する技術者である。
二、連換術師とは連換術の発展と啓蒙を広める為に、不断の努力を重ねる者で
なければならない。
三、連換術を悪用してはならない。
これが連換術協会が定めている連換術師の基本三原則だ。
この他にも細かい規定はまだ沢山あるが、一遍に説明出来る内容でも無いので割愛する。
「ということなんだけど、何か質問はあるかい? シエラさん?」
「うー、聞きたいことが沢山あるような無いような」
一生懸命メモを取りながらミシェルさんの話を聞いていたシエラは、何から聞けばいいのか迷っているようだ。そんな弟子の姿を見て、俺もエリル師匠に連れられて初めてこの説明を受けたときのことを思い出す。
確か、基本原則について協会長直々に教えて貰った記憶がある。幼い俺には難しい言葉ばかりだったから、分かり易い言葉に置き換えた授業を受けたのだったな、懐かしい。
「えーと? 無理に捻り出さなくてもいいからね?」
「分かりました。それでは一つだけ。精霊教会と連換術協会がお互い反目し合っているのは、何が原因なのですか?」
シエラの質問に俺もミシェルさんも思わず言葉を失う。
これは⋯⋯随分と重い内容だな。
質問の域を超えているというか。ただ、一連換術師としてこれからシエラの成長を見守る師匠として、ミシェルさんがどう答えるかは俺も興味がある。シエラの真剣な眼差しに、これは真面目に返答しないと駄目そうだねと、ミシェルさんは姿勢を正した。
「そうだね。簡単に説明出来ることでも無いけど、あくまで僕の考え⋯⋯ということでいいのなら。それで構わないかい? シエラさん?」
「大丈夫です、お願いします」
「それでは、僭越ながら。実は精霊教会も連換術協会も根っこのところでは同じ、というのは解答になるかな?」
全く予想もしてもいなかったミシェルさんの考えに俺は目を丸くする。
根本的には同じ?? どういうことだ??
「元素とエーテルですね?」
「これは驚いた。いや、シエラさんは精霊教会のシスター見習いだったね。その通り。精霊教会も連換術協会も重視しているものは同じなんだ。皮肉なことにね」
二人の会話を続けて聞いて俺もようやく納得する。
精霊教会が信奉するのは精霊。
特に四大精霊と呼ばれ世界を形作ったとされる神話上の存在。
対して、連換術協会が重視するのは元素。
全ての生命の元であり、世界を構成するモノ。
一見、関係無さそうな精霊と元素。
だが、この二つは同じ存在。つまり見方が違うだけ。
超常的な存在と認識するか、エーテルを介して人が行使出来る力と見るかの違い。
しかし、この違いこそが教会と協会のあり方を定義付けてもいる。
更にもう一つ忘れてはならないのがエーテルの存在だ。
エーテルとはあらゆる生命に宿り、そして世界に循環する元素と魂を繋ぐ役目を果たしている。
これは連換術協会の前身ともなった、民間組織を立ち上げた創設者の研究書に記述されている有名な一説だ。
その仮説が正しいのであれば、精霊教会が信奉する四大精霊という超常的存在ですらも、四大属性元素がエーテルによって意思を持った生命体と言えなくもない。俺の場合、本物の精霊を見たことがあるし、何となくこの一説は正しいと思っている。
「つまり、精霊と元素そしてエーテルをどう捉えるか? この考え方の違いが精霊教会と連換術協会が相容れない最大の原因なのでは? というのが僕の考え。参考になったかな?」
「はいです。とても、参考になりました! ありがとうございます!」
シエラはメモにミシェルさんの考えを要点を自身の言葉で分かり易く纏め書き込んでいる。
本当、勉強熱心だ。
それとは別に彼女の必死に学ぶ姿を見て時折、危うさのようなものが見え隠れするのは何故なのだろう?
ともかく、これで連換術師としての心得の講習会は終了。お次はいよいよ、シエラのエーテル属性の測定だ。自分のことでは無いのに、何故か緊張して来た——。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
講習会場の隣。
部屋のドアにはエーテル解析室と書かれたその空間には、様々な計器が置かれている。
その中でも特に目を引くのが部屋の中央に置かれた巨大な連換玉だ。
通称エーテル属性判定機と呼ばれる機械に接続されたそれは、連換術の素養がある者のエーテル属性を明らかにする優れ物である。
使い方は連換玉を使役者として承認させる時と全く同じ。
この巨大玉に自らの生命エーテルを適量流し込む、それだけだ。
「室内エーテル濃度の測定完了。うん、判定は問題なく出来そうだね。それじゃ、準備は良いかい? シエラさん?」
ミシェルさんがエーテル濃度計測器を手に持ったまま、シエラに声をかける。
シエラはコクリと頷くと、目を瞑り意識を集中する。
生命エーテルとは文字通り、科学や医学の分野で小宇宙ともされている人の身体の中を巡っているものだ。呼吸と共に人の身体に取り込まれたエーテルは、肺から心臓に運ばれ血液によって酸素と一緒に身体の隅々にまで運ばれる。
そして、生体エネルギーとしての役目を果たしたエーテルと取り替えられ、古くなったエーテルは体外に排出されていく。それは呼吸だったり、汗であったり排泄といったりと様々な形で、だ。
更に、連換術師はエーテルを行使して自らの生命エーテルを己の意思で対外に出すことが出来る。イメージとしては大気に介在するエーテルを針に見立て、針穴に糸を通すように体内エーテルを引っ張り出す、と表現すれば伝わるだろうか?
「——————」
集中したシエラの身体からエーテルの糸が飛び出した。
見慣れた七色のそれは真っ直ぐ巨大連換玉に向かって行き接続する。
「そういえば、特殊なエーテルを宿していると聞いたよ? シエラさんは」
「流石にミシェルさんはご存知でしたか。シエラのことも」
俺の返答にミシェルさんは一応、あの事件の資料には一通り目を通したからね、と判定機のメーターを見つつシエラの様子を見守る。
「ロレンツ君から話は聞いた。聖女の子孫か——。俄には信じがたいけど、グラナ君はシエラさんの力を見たのだろう?」
「はい、間近で見ました。——確かに、奇跡としか形容出来ない不思議な力でした」
変質したエーテルを元の状態に戻す聖浄化。
あの事件の後、騎士団詰所の資料室で聖女の伝承を詳しく調べた。
当然のことながら、そのような記述がされた資料は見つかるはずもなく教会に関する謎がまた一つ増えただけだ。教会の不可解な点といえばもう一つあるが。
「——————」
シエラはよっぽど集中しているのか、微動だにしない。
巨大連換玉にゆっくりと着実に、シエラの体内エーテルが取り込まれていく。
そして、その瞬間は訪れた。
メーターの針が一点に止まるのと同時に、巨大玉が海のような深い青色を湛えた宝石のようにその色を変える。
「この色は?」
「判定完了だ。これは凄い、四大属性でも滅多に現れない水属性だね。それも水属性の中でも更に希少な
何のことか分からないシエラだけがキョトンしている。
無理も無い。俺だって信じられないくらいだ。
まさか、シエラの本来のエーテル属性が輝石と称され、精霊と深い繋がりがあるとされるエーテルだったとは——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます