十四話 First day 皇都連換術協会本部

 ビスガンド邸を出発した俺とシエラは皇都、東地区にある連換術協会本部へと向かっていた。

 正直言えば、ルーゼの突然の変わりぶりも気になっているし詳しい話も聞きたいところだが。

 出がけに玄関ホールで鉢合わせたソシエからはっきり言われたのだ。


『流石に今回は目に余りますから、はっきり言わせていただきます。ルーゼさんの気持ちを真剣に考えたこと無いのでしょう? 彼女のことはわたくしに任せて、あなた達は公爵閣下からの依頼に集中すべきですわ』と。


「師匠? 大丈夫ですか、元気が無いようですけど?」


 隣を歩くシエラが心配してか俺の顔を心配そうに覗き込んでくる。

 無理もないか、あの場にはシエラはいなかったからな。


「実は昨日の晩は神経が異様に昂ってて眠れなくてな。朝の稽古で眠気は取れたけど、まだ身体が怠いというかなんというか」


「昨夜は叔父様に呼ばれてましたね、師匠。何か気になることでも言われたのですか?」


 昨日のアレンさんとの密談か。

 とてもじゃないが、シエラに全部話す訳にはいかない内容過ぎてな。

 どんな巡り合わせになったら、ここまで悲惨な目に会うのだろうか。

 創造主とやらが本当にいるのであれば、一発どころか百発ぶん殴ろうが気が済まない感情を抱いたのは初めてだ。


 それに、シエラの聖女としての力を狙うのは根源原理主義派アルケ—だけでなく、更にラスルカン教過激派まで加わった。

 

 ぶん殴る相手、もう一人いたな。

 アルの野郎、この時期に何の用で皇都に来てるのか知らないが、次会ったらラサスム国内のラスルカン教の現状について洗いざらい吐かせてやる。


 そんな後ろ暗いことを考えながら歩いていると、いつの間にか皇都の中央地区に着いたようだった。正面に帝城を望むこの地区は皇都の中でも一番の賑わいを見せる市場や、精霊教会の大聖堂などがある観光エリアでもある。

 

 この中央地区から北に伸びる大橋を渡ると、7日後に控えた皇太女の儀が行われる帝城へと続いている。皇都の至る箇所に水路が張り巡らされているので、各地区へはゴンドラで向かうことも可能だ。中央地区の帝城前に広がる貯水湖は半ばエルボルン大河と一体化しており、自然を擬似再現した人工湖でレジャーを楽しむことも出来る。


「連換術協会本部まで、ここからどうやって行くんです?」


「そうだな。アレンさんから事前に連絡して貰ってるとはいえ、早目に到着した方が良さそうだ。ゴンドラに乗って東地区まで向かおうか?」


「かしこまりです、師匠!! 乗り場はあっちみたいですよ。早く行きましょう」


「わわっ!? 急に手を引っ張るなって。焦らなくてもゴンドラは逃げないぞ」


 シエラに手を引かれて俺は彼女の後を追いかける。

 普段は取らないような彼女の行動に面喰らうけども、不思議と胸の中の仕えが取れたような気がした。

 

 ぐだぐだ悩んでるのは俺らしく無いのかもな⋯⋯。

 ル—ゼには後できちんと謝ることにして、今はアレンさんからの依頼に集中するか。

 

 シエラの護衛もしっかり努めないといけないし。

 ゴンドラ乗り場まで一直線に楽しそうに走っていくシエラの姿を見ながら、寝不足でシャッキリしない頭に喝入れて、激しい運動を拒否する足を強引に動かすのであった。


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 ゴンドラに乗って水路の上を揺られることしばし、ようやく東地区イーストエリアに到着する。

 東地区は大きな駅があることもあって、中央地区と比べると観光客が多く目立つエリアだ。

 エレニウム帝国の国境側を向いていることもあり、皇都から国境の街グルナ—ドに向かう汽車や、帝国内の南北に向かう鉄道が走っていることもあり、人の出入りが一番激しいエリアでもある。


 目指す連換術協会本部はこの地区の西寄りにある。

 駅の近くに建ってないのは、精霊教会の小聖堂があるからだと苦々しい口調でエリル師匠もぼやいていたな。

 

 観光客で賑わう駅から離れて通りを西に向かう。

 両側に点在する観光客向けのお土産を扱う店を眺めながら歩いていると、ズボンのベルトからぶら下げていた、革製の籠手入れの紐が千切れて地面にどさっと落ちた。

 何となくこのタイミングで紐が切れるとか、不吉な予感がするのは気のせいだろうか?


「師匠? どうしたのです?」


「悪い、籠手入れの紐が切れたみたいだ。ちょっと待っててくれるか?」


 先をいくシエラに一声かけてから地面に落ちた籠手入れを拾う。

 この籠手入れは俺が市街騎士団に入団したお祝いに、ルーゼがくれたプレゼントだったな。

 それだけに、俺が騎士団を辞めて雑貨屋を継ぐと告げた時はお前は俺のお袋か!? と思わされるぐらい恐ろしい剣幕で説教されたな。

 

 最近忙しくて話す機会も余り無かったし、ルーゼが不機嫌になった理由も今なら分かる気がする。

 

 公爵邸に戻ったら誠心誠意謝ろう、と心に硬く誓い籠手入れを拾い上げる。

 心配して戻ってきたシエラに大丈夫と答えると、前方に視線を向ける。

 周囲の店や家より一際大きい建物が通りの向こうに見えたのだった。


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


「ここが連換術協会本部⋯⋯。マグノリア支部より大きいですね」


 ようやく着いた協会本部のエントランスでは、シエラが視線をあちらこちらに興味深そうに向けていた。

 三階建ての協会本部は半円形の特徴的な形の建物だ。

 一階が受付と連換術師の所属登録を行う講習会場があり、二階は協会所属の研究者達が行っている連換術の研究フロア、三階に協会本部に務める職員達の事務室と連換術協会の会長室がある。

 ちなみに会長とは八年前に皇都に来た時に一度だけ会ったことがある。

 人が良さそうな婆さんで、当人も元協会所属の連換術師だったらしい。

 何やら忙しそうだったエリル師匠の代わりに、色々面倒を見て貰ったことを薄らとだが覚えている。

 けど、普段は忙しい人だし皇都滞在中に会えるかどうかは分からないな。


 そんな懐かしい記憶を思い返していると受付でたった今、応対を終えた男性が俺たちに気付いて声を掛けてきた。


「もしかして、グラナ君かい? 半年ぶりだね! 元気そうで良かったよ」


「お久しぶりです、ミシェルさん。そっちもお変わり無さそうですね」


「済まなかったね。一番大変な時にマグノリアを離れることになってしまって。おや? もしかして、彼女がグラナ君が最近弟子にしたっていう子かな?」


 流石、協会本部。俺がシエラを弟子にしたことは既に周知の事実らしい。

 彼はマグノリア支部でも受付の仕事をしていたミシェルさん。

 柔和で優しい雰囲気とは裏腹に、テキパキと仕事をこなす出来る人でマグノリア支部でもお世話になった人だ。

 曲者揃いだったマグノリア支部所属の連換術師達の実質的まとめ役でもある。


「初めまして! シエラ・プルゥエルです! 今日は師匠と一緒に連換術師の登録に来ました!」


 シエラが元気よくミシェルさんに自己紹介する。

 そうだった。色々あって忘れがちだったが、シエラの連換術師登録に来たんだよな。

 ん? ちょっと待った—————!?


「し、シエラ!? まだアレンさんから許可貰って無いから登録は無理だぞ!?」

「師匠? こういうのは既成事実を先に作ってしまえばいいのでは??」


 よくない!! というか、そんな言葉どこで覚えた!?

 面白半分でこんな言葉を教えようとする奴。心当たりが多すぎて特定出来ない。

 そんな俺たちのやりとりを見ていたミシェルさんは、苦笑しながら口を開いた。


「実はビスガンド公爵様から仮登録なら許可を先に貰ってるんだ。だから、今日のところはそれでも構わないかい? シエラさん?」


「む—。分かりました、今はそれで我慢します」


 シエラは納得いっていないようだったが、仮ではあっても連換術師として活動することが認められたわけで満更でも無さそうだ。

 

 なんだかんだ理由を付けてはいても、シエラのことをちゃんと考えてくれたアレンさんには、本当に感謝してもし足りない。

 

 さて、これで一応シエラの連換術師としての活動は可能になった。

 それじゃ、まずは連換術師の講習会場で色々説明するね、とミシェルさんに促され三人で受付から移動しようとしたその時。

 バン! と協会本部の扉が勢いよく開かれた。

 思わず後ろを振り返る。そういえばコイツも皇都にいたんだっけか。


「兄者、西地区水路の土壌汚染の調査、私だけでは手が足りん!。誰か応援を。ぬっ!? き、貴様はグラナ・ヴィエンデ!? 何故、ここに——」


 そりゃこっちのセリフだよ。

 一年前、貴族街の神隠し事件で全く役に立たなかった土の連換術師、ペリドの野郎がずぶ濡れで立っていたのであった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る