十三話 すれ違いと公爵の条件
早朝からの型の稽古ですっかり汗だくになった俺とシエラは、一度ビスガンド邸本館に戻りシャワーで汗を流した後に二階の食堂で朝食をいただいた。
ライ麦のパンにスクランブルエッグ、こんがり焼いた腸詰に、この地方ではよく食べられている蒸したじゃがいもなど、なぜか安心するメニューだ。
マグノリアの酒場でいつも食べている、ルーゼの朝食とよく似ていたのもあるかもしれない。
「それで師匠? 今日は連換術協会本部に行くのですよね?」
「ああ、それなんだけど」
俺はシエラに昨日のアレンさんとのやり取りを掻い摘んで説明する。
シエラの母親のことや、父親が精霊教会の教皇だと知ったことは伏せて。
「事前に手紙で知らせたのに師匠の弟子になることも認めてくれないのですか? ——アレン叔父様は」
「アレンさんにも考えがあるみたいなんだ。だから⋯⋯」
「そんなの納得できません!」
そう言うなりシエラは食堂から勢いよく飛び出して行く。ちょうどその時、食堂の扉を開いてルーゼとソシエが入ってきた。
「きゃっ!? 今のシエラちゃん!?」
「グラナ、何がありましたの?」
「昨日の夜アレンさんから言われたことをシエラに伝えただけなんだが——」
俺がしどろもどろになっていると、ソシエが怪訝そうに眉を顰めて腕を組み扉の前に立ち塞がる。これは説明しないと退いてくれそうにないな⋯⋯。観念して一部始終を説明しようとしたときだった。
「今朝も仲良く二人で稽古してたわね、あんたとシエラちゃん。そんなにあの子が大事なの?」
「ル—ゼ? いきなりどうした?」
「さっさと追いかけなさいよ。目に入れても痛くない可愛いお弟子さんなんでしょ? この鈍感男」
言いたいことを好きなだけ言い切ったルーゼは、突然食堂を飛び出して行ってしまった。何だってんだ一体。
「ちょっと!? ル—ゼさん!? グラナ、言いたいことは山ほどありますが、今は不問といたしましょう。わたくしはルーゼさんを追いかけます。あなたはシエラさんを」
「⋯⋯ああ、分かった」
俺とソシエは二手に分かれると屋敷の廊下へと駆け出していく。
シエラが駆け出して行ったと思しき方向には、微かにだが七色のエ—テルの残り香がある。これを辿れば多分アレンさんの居室に着くはずだ。
残り香を辿って行くと三階の奥の部屋に着いた。
分厚いドアに耳を当てると、中からアレンさんとシエラが何事か話している声が聞こえる。
仕方がない、ここは踏み込むか。弟子の不始末をつけるのも師匠の務め。
やや乱暴にドアをノックして、返事も待たずにドアを開けて室内に入り込んだ。
「師匠——」
「グラナ君。シエラを追いかけてきたのかね?」
シエラは俺の顔を見ると視線を逸らした。アレンさんは予想に反して少し困ったように腕を組んでいる。何と言うか想像してたのと大分違う状況だな。俺は意を決してアレンさんに向かって頭を下げた。
「すいません。俺の説明不足です。本当は皇都の連換術協会本部でシエラの連換術師登録をするつもりでした。でも、俺はアレンさんにシエラの連換術の師匠となることを認められなかった。だから、彼女に昨日言われたことを話しました」
「⋯⋯そうか」
アレンさんは手を組んで執務机に肘を着いたまま、俺とシエラを交互に見比べると仕方がないなと言わんばかりに深いため息をついた。
「本来なら今言うことではないが、状況が状況だ。グラナ君。君にはシエラの護衛をお願いしたい。引き受けてくれるね?」
「それは構いませんが——。それが昨日言っていた?」
「ああ、昨日の列車テロで分かったと思うが例のマグノリアの一件の後、帝国内に相当数のラスルカン教過激派が入り込んでいるようでな。とてもではないが全てに対応出来ているわけでもない。ましてや彼らの狙いが聖女であるなら尚のこと、シエラにはこの屋敷にいて欲しいくらいだ」
無論、この情報は部外秘。決して公言してはならないとアレンさんは付け加える。
「だが、皇太女の儀を控えた今、この皇都だけでも彼らの起こすテロから守り切らないといかん。その為に、君とシエラには皇都内の奴等の潜伏場所を突き止めて欲しいのだよ」
「それがシエラの連換術の師匠として認める条件ですか?」
俺の確認にアレンさんが黙ったまま頷いた。
冗談じゃない。そんな危険なこと認められるわけ——。
だが、俺の憤りを察したシエラが制止するように前に出る。その瞳には生まれて初めて親に反抗することを決意した瞳が鋭く力強い輝きを放っ。
「ラスルカン教過激派の潜伏場所を突き止めさえすれば、連換術を習ってもいいのですね? 叔父様」
「シエラ!? お前、何言って」
「師匠は少し黙っててください。これは私と叔父様の問題です」
いつになく強い口調で言い切られた。
真剣にアレンさんと向き合う彼女の気迫に俺は何も言い返すことが出来ない。
今は見守るしかないのかもしれない。
「⋯⋯そういう強情なところはアリアそっくりだな」
『『え?』』
アレンさんの一言に俺とシエラの声が重なる。
アリア⋯⋯確かシエラの亡くなった母親の名前だっけか。
アレンさんはここにはいない誰かを見るようにシエラを真っ正面から見つめる。
「どうやら、マグノリアの一件で自分のやりたいことを見つけた。そういうことだな? シエラ?」
「そうです、叔父様。大変な目に遭ったけど、それ以上にかけがえのないものを得ることができました。それと精霊教会と帝国が抱える歪みも身を持って知ることが出来ました。聖女と呼ばれることだって構わない。その呼び名に恥じない私になりたいのです」
シエラの決意の言葉が心に響いてくる。
あの星空の下、俺に連換術を教えて欲しいと頼んできた真意はここまで重い覚悟を背負ったものだったのかと。
この想いを無為にすることなんて俺には出来ない。
「シエラのことは俺が身体を張って守ります。だから、アレンさんも認めてあげて欲しい。シエラの想いを」
「いいだろう。ラスルカン教過激派の拠点捜索の件は既に連換術協会にも協力を依頼している。詳しい話は協会本部で聞くといい」
え? それって? 最初から俺たちを協会本部に向かわせるつもりだったということか?
なら、今までのやり取りは一体——。
「何、グラナ君とシエラの覚悟がどれほどのものか確かめたかっただけさ。セシル殿下にも良い報告が出来そうだ」
「叔父様。人が悪すぎです⋯⋯」
シエラが呆れたようにじとっとした目でアレンさんを見やる。全くだ、どうなることかとヒヤヒヤしてたってのに。
それにセシル殿下への報告だって?
また、何か厄介ごとに巻き込まれそうな予感が⋯⋯。
「おっと、そろそろ帝城に向かわねば。それではグラナ君、シエラのことくれぐれもお願いするよ。⋯⋯シエラ、しっかりな」
「⋯⋯叔父様。ええ、ビスガンドの名に恥じぬよう努力します」
アレンさんはシエラの肩にポンと手を乗せると、部屋を出て行く。
姪思いの優しい人だな、本当に。
「それでは、師匠」
「ああ、アレンさんから許可はもらった。行こうか連換術協会本部に」
俺とシエラは共に肩を並べてアレンさんの居室を後にした。
ル—ゼのことも気になるけど、今はソシエに任せよう。
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