騎士団長の災難 後編

 午後六時、北街区の大きな桜の木の下。

 あの後、ソシエから清栄シンエイの着物を着せられた俺は、動きづらい下駄と呼ばれる木で出来た靴のようなもので何度か転びそうになりながら、シェリ—との待ち合わせ場所までたどり着いた。

 袖も長くて足先までの長い生地を身体に巻いて帯で結んでるものだから、何とも動きづらいことこの上ない……。

 何故か東国の模造刀まで持たされるし、どういう客層にアピールしたいのか謎すぎるな……この服装。

 ソシエの奴、俺を好きなように着せ替えた後にシェリ—を迎えに騎士団詰所まで馬車を飛ばしてたが……。

 あの様子だとなんだかんだ理由つけて、仕事が終わる前に早引けさせかねない勢いだったな……あれは。

 やたらとス—ス—する着物の慣れない着心地と、時折吹く涼しい夜風に身体を震わせていると、突如周囲の人々がざわざわとし始めた。


「お、お待たせしました……。待ちましたか? グラナ?」

「いや……、俺も今来たところだが……」


 目の前にいたのは見慣れぬ東国の着物を纏ったシェリ—ではあるのだが、何と形容すれば良いのだろうか。

 俺の拙い語彙を総動員して説明するならば、桜の花の模様が散りばめられた桃色のデザインの着物に、赤い小さな巾着をぶら下げ、真っ赤な鼻緒のついた草履を履き、藍色の髪は後ろでお団子状に纏められ、その髪色によく似合う赤い簪を挿している。

 エリル師匠が東国から持ち帰った本に書かれていた、祭の際に女性が纏う装いをしているシェリーがそこにいた。


「あら? もしかしてグラナもソシエに着せ替えられたのですか?」

「ああ……。動きづらいことこの上無いな、この服装……」


 懐にポケットも付いて無いので、連換術を使う必要があることを見越して皮製の籠手入れを腰からぶら下げている。

 さて……とにかく始めるか。消えたクラネスの人格探し……。

どうやって探せばいいのか皆目見当も付かないが。


(それならあたしに任せなさい! この大きな桜の木に宿ってたエ—テルだもの! 残り香はバッチリ覚えてるわよ!!)


 シェリ—の肩にちょこんと座っている精霊フロ—スがえへん! と小さい胸を張っている。……ん? エ—テルの残り香?

 背後にある桜の木を振り返る。……フロ—スの言う通り桜の木を起点にピンク色のエ—テルの残り香が微かにだが残っている。

 この方向……北街区の外れか。そこにあるのは確か……。


「グラナ? ……もしかして、分かったのですか? が何処に行ってしまったのか?」

「向こうの方だ。確か桜並木の奥だったよな……戦没者墓地」


 シェリーが「あ……」と口元を手で抑える。

 北街区の観光エリアの更に奥に近年は滅多に使われることの無い墓地がある。

 帝国の歴史は常に戦と共に有ったと言っても過言では無い。

 かって聖女が東方に巡礼に赴いた時代では、皇帝に従わない諸侯が各地におり、権力と領地を巡って諸侯同士で戦を仕掛けていたという。

 そんな時代、人が亡くなるのは日常茶飯事で彼らを埋葬する墓も足りず、止む無く使っていない土地を掘り返しそこに大量の遺体を土葬していた。

 現在は綺麗に整備され滅多に使われることも無いが、十年前に一人の若者がこの墓地に埋葬された。

 前騎士団長の息子、本物の”リノ・クラネス”。……帝国と東の隣国ラサスムとの間で起きた宗教紛争の犠牲者だ。


(ふ—ん? シェリ—がクラネスと名乗っていたのは、その前騎士団長さんから息子さんの名前を頂いたからなのね。……なるほど、そういうことか)

「フロ—ス? ……何か思い当たることでも?」

(……墓地に着いてから話すわ。二人とも急ぐわよ!)


 フロ—スはシェリ—の肩から飛び降りると、そのまま空中を浮遊して戦没者墓地の方へと向かっていく。

 俺とシェリ—もその後を追いかけた。


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 日頃あまり人が訪れることも無い戦没者墓地は、日が暮れたこともあり物寂しい雰囲気に包まれている。

 その一角にあるミデス前騎士団長の息子”リノ・クラネス”の墓前。

エ—テルの残り香を辿って来た、俺たちの前に不思議な光景が広がっていた。


(見つけたわ! あれがエ—テルで実体化したクラネスの人格よ!)

「あれがか? 確かにピンク色をしているな……」

「普段はエーテルの色なんて分からない私にも見えます……。これはあなたのおかげなの? ……フロ—ス?」


 フロ—スがシェリ—に振り返り頷いた。まるで…「一人だけ仲間外れは嫌でしょ?」と暗に伝えてるかのようだ。

 その時、大きな共同墓所の影に隠れて様子を伺っていた俺たちの方を実体化したクラネスの人格が振り向く。……だがその姿は俺がよく知るクラネスではなく……。


「嘘……。あの方は……」

「シェリ—? あれ、誰だか分かるのか?」


 シェリ—はこくんと頷くと、目を見開き何処か懐かしい誰かを見ているかのような表情で答える。


「あれは”リノ・クラネス”様……。ミデス前騎士団長の息子さんです……。幼い頃、父と母に連れられて伺ったミデス団長の家でお会いしたことがあります……」

(なるほどね……、死者の魂が里帰りしてたのか。確かに、彼を模倣していたクラネスの人格は、彼からしてみれば最も宿りやすい依代でしょうね。

 エ—テルで実体化した理由もなんとなく想像つくわ……。彼、お父さんに逢いたかったのではないかしら?)


 フロ—スがこちらをじっと見つめている彼を見ながら、目を逸らさずに俺たちに説明する。

 精霊がどういうものなのかは残念ながら分からないが、その説明を聞く限り魂やエ—テルと密接な関わりを持つ存在なのだろう。


「彼に……伝えてあげないといけませんね。……今、この街にミデス団長がいないことを」

(そうしてあげなさい……。多分だけど、彼はお父さんを探していたのでしょう。 ……何処を探してもいなかったから、自分のお墓で待っていたのでしょうね……)


 そういうことか……。俺は今日が何の日か思い出した。

 十年前……帝国とラサスムの間で和平条約が結ばれ紛争が終結した日。

 国境近くの激戦地では戦没者の慰霊祭が行われる日だ。

 シェリ—は意を決したように、彼に近寄っていく。

 彼とシェリ—がどんな言葉を交わしたのかは、離れていた俺には知る由も無いが

 去り際の彼の表情は安らかな笑みを浮かべていた。

 シェリーに向かって何かを託すようにその手を彼女の手に合わせると、春の優しい夜風と共にエ—テルで出来た身体を散らしたのであった。


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 その後、彼のお墓の前で三人揃ってしばし黙祷を捧げた。

 彼の魂が帰るべき場所に無事にたどり着くことを祈りながら。


「それで……シェリ—。戻ってきたのか? クラネスの人格は?」

「……いいえ。どうやら、彼と一緒に向こうへと行ってしまったようです。

 でも……問題ありません。……彼の思いと志は私が引き継ぐと、ミデス団長の養子になった時から決めていましたから」

(ま、本人もこう言ってるのだしきっと大丈夫よ? グラナ。それに、桜の木に宿っていたエ—テルはしっかり返してもらったしね♪)


 フロ—スが両手を頭の後ろに組みながら満足そうにシェリ—に向かって微笑む。

 釣られてシェリ—も清々しい笑顔でフロ—スの頭を優しく撫でている。

 なんだか、お似合いのコンビだな。この二人。

 精霊か……。かっては帝国中の至る所で見かけられたというが、ある時期を境にとんと見かけなくなったと聞いたことがある。

 大昔はこのように人と精霊が仲良く暮らしていたこともあったのだろうか……。

 あったのかもしれないな……。


(それじゃ、お別れね。短い間だったけど、楽しかったわ。シェリ—、グラナ)

「そうですね……。貴方の力になれて良かったですフロ—ス」

(全く……奥ゆかしいのも良いけど、欲しいものがあるなら全力で行かないと駄目よ? シェリ—? 隣の彼、只でさえ無自覚なのだから?)


 何だ? 何故だか知らんが俺のことを急に言われたような?

 それにシェリ—も急に顔を赤らめて、なんか変な感じになってるし……。


「いいのです……。彼は誰に対してもこうなのですから。……また会えますよね? フロ—ス?」

(当たり前でしょ? なぜなら……)


 フロ—スの身体が徐々にピンク色のエ—テルの塊となって、彼女が宿っていた大きな桜の木に戻る。

 すると、散り始めていた桜が不思議なことに咲き誇り、満開という言葉ですらも霞むような見事な花を咲かせる。


 なぜなら……私は桜の木の精霊。ここにいるわよ? ずっとね?

 あの子との約束でもあるし。


 さ—っと花ちらしのような風に乗って、優しい桜の木の精霊の言葉が聞こえてくる。

やれやれ……こんな見事な夜桜、見たことないぞ……。


「せっかく着物に着替えたんです。……グラナ、少し桜を見て回りませんか?」

「そうだな……こんなに綺麗な桜、次はいつ見れるのか分からないもんな。

 一緒に見て回ろうか、シェリ—」


 俺とシェリ—は自然と手を握って、まるで恋人同士のように夜桜を見て楽しむのであった。


 Side episode 騎士団長の災難 fin

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