騎士団長の災難 中編
フロ−スのその一言は俺には全く持って理解が出来なかった。
クラネスがいなくなった? じゃあ、目の前にいるのは誰なんだよ?
神隠し事件の時だって、自身を失ってたからクラネスとして振る舞うことが出来なくなってただけで、シェリ—の中にちゃんとクラネスは居た。
……自分で考えても訳が分からなくなる話だが、事実そうなのだから納得するしかない。
(な—るほど。……そんなややこしいことになってたのね〜? それは心にかかる負荷が半端無い訳だわ)
「え? ……おい、お前。まさか、俺の思考を読んだのか?」
フロ—スは身に纏っている薄いピンク色の羽衣を翻しながら、シェリ—の肩の上にちょこんと座る。そして、俺とシェリ—を交互に見ながら続けた。
(一つの心で無理して二つの人格を抱えていたようなものでしょ? ましてや、クラネスはシェリ—の中には元々無かったのだから、演じているというより心に人格を刻みつけてるようなもの。……知ってる? エ—テルは形の無いものにも宿るのよ? もちろん人格だって例外じゃないわ)
「その……フロ—ス? それってあの時起きたことと何か関係が?」
シェリ—がおずおずとフロ—スに問いかける。
話の内容から察するにシェリ—がフロ—スと出会った時のことだろうか?
そういえば北街区にある大きな桜の木、確か聖女が東方から持ち帰って来たとかいう謂れがあるものだと聞いたことがある。
ということは……。
(あなたの考えてる通りよ、グラナ。私とシェリ—は北街区の桜の木の下で出会ったの。……その時、私が宿っていた桜に蓄えられていたエ—テルがシェリ—の中に居たクラネスの人格に何故だか分からないけど移ってしまい、実体化してそのままどこかに行ってしまった。
このままではシェリ—の中にクラネスが戻って来ないし、私が宿る大きな桜の木もエ—テルがすっからかんだから花が散り終えたら枯れてしまう。
だから、いなくなったクラネスを一緒に探してくれる人を探していたわけ)
フロ—スが順序立てて説明してくれたおかげでようやく事態が把握出来た。
というより……これ俺以外には理解出来ない状況だな……。
まぁ、とにかくいなくなったクラネスの人格を探せば良いのか?
……どうやって??
(ほら、あとはあなたからお頼みなさいなシェリ—?)
「わ、分かってます……。お願いです、グラナ。……たぶんこれは連換術師であるあなたの協力が必要です。……北街区の桜は既に散り始めています。
フロ—スを助ける為にも今夜、北街区へ一緒に行ってもらえませんか?」
……そこまで言われちゃ仕方がないな。
クラネスの人格がいなくなってシェリ—もそりゃ心細いだろうし、あの大きな桜の木が枯れるのも見たくない。
……ソシエには後で断っておくか、事情が事情だから説明するのは骨が折れそうだが。
「……分かった。詰所の業務が終わるのが午後五時だったな? 六時に北街区の入り口で待ち合わせでどうだ?」
「た、助かります!! グラナ!! ……では、午後六時に北街区で。戻りましょうフロ—ス、いつまでも留守にしてたらイサクに怪しまれるし……」
(あの副団長さんには、既にバレバレのような気もするけど……。それでは、グラナ後でまた会いましょ♪)
シェリ—は来た時とは打って変わって少しは安心したのか、先ほどよりはしっかりとした足取りで帰って行った。
しかし、なんというかあれだな……。人格が実体化したり、桜の木に宿る精霊が出て来たりとまるで夢みたいな話だ……。
俺は難しい顔でう—むと思案すると、足取り重くそのまま貴族街のレンブラント邸へと向かうのであった。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「なるほど……それで、今夜の約束を断りに来たと?」
「あ、ああ……あれだけ熱心に頼まれたら断りづらくてな……。ごめん、ソシエ。この埋め合わせは今度、必ず……」
レンブラント邸の一室、俺はシェリ—と一緒に北街区に行くことになったことをソシエに伝えている最中だった。
ただし、クラネスの人格が実体化したことや、桜の木の精霊フロ—スのことは上手くぼかして。
当たり前だが当のソシエは納得出来ないという顔をしている。
「それにしてもシェリ—姉様がそこまでグラナと一緒に桜を見に行きたいだなんて……。やっぱり、クラネス様に戻れなくて困っているというのは本当でしたのね?」
「みたいだな……。あの時と違って、北街区の桜の木の下でピンク色の光に触れた瞬間、心がぽっかり開いたような感覚に陥ったとか。……連換術でどうにかなるかも分からないけどこのままじゃシェリ—も辛いだろうしな……」
一応、ソシエにはこのように説明しておく。
ソシエはシェリ—が普段はクラネスを演じているのを知っているとはいえ、流石に人格が実体化しただの精霊が関係してるだの、説明したところで理解して貰えるかどうかは分からなかったので……。
「……分かりましたわ。そのような事情であれば、わたくしも協力いたしましょう」
「協力? ……えっと、何をだ?」
「決まっていますわ。シェリ—お姉様のドレスアップです!! ……今回の催し物に合わせて東国の
夜桜見物はマグノリアの新たな観光事業。……グラナ? あなたにもわたくしの事業に少し協力して貰いますわよ?」
ソシエが不気味な笑顔でガシッと両肩を掴んできた。
ギリギリと締め上げてくる彼女の両手の握力は思いのほか強く、抜け出せない……。
「……えーと? ソシエさん? 何を協力すれば?」
「決まっていますわ。夜桜にお似合いのカップルモデルとして、あなたとシェリ—お姉様に一肌脱いでもらいます!!」
つまり、どういうことだ?
ソシエの奴、……俺とシェリ—を夜桜見物の客寄せに使うということか??
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます