Side episode
騎士団長の災難 前編
「すぅ……すぅ……」
「寝ちゃったか……なんだかんだで朝早かったからな」
昼食後、向かい側の席で眠ってしまったシエラのあどけない寝顔を眺めながら俺はコ—ヒ—を啜っていた。
皇都までの道のりはようやく半ばを過ぎたあたり。……初めてエリル師匠と汽車に乗った時もこのあたりで寝落ちした気がするな……。結局、皇都に着くまで寝てたから乱暴に起こされたけど。
「……あれからもう一年か」
実はシエラには話していないことがもう一つだけある。
雄牛の月も終わりの頃。遅咲きの
ここから先は本当の余談。
ずっと胸の奥に大切に仕舞っておきたい一夜の夢物語。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「ふぅ……こんなもんか。よし、今日の営業終わり!! 手伝ってくれてありがとな。
ミック、ミリア」
雄牛の月の月末のとある日の夕方。朝からソシエに頼まれて預かっていた二人の子に俺は雑貨屋の本日の営業終了の合図を告げる。
「やっと終わり〜? ……お店の手伝いは大変なんだね……」
「こら! ミック! あんたは遊んでばかりいたでしょ?」
ミックのぼやきにしっかりもののミリアがお姉さんらしく叱る。
俺としては、倉庫から色々運んでくれたミックには感謝してるんだが、ミリアには遊んでいるように映ったらしい。
そのまま狭い店内で追いかけっこを始めた二人を苦笑いしながら眺めていると、ドアベルがチリンチリンと鳴った。
「こんばんは、グラナ。ミックとミリア、いい子にしてましたかしら?」
「今日は遅かったな? ソシエ。もう夕方だぞ」
「明日から始まる北街区の観光広場での催し物の打ち合わせが長引きましたの。
……そうですわ。グラナ? 明日の夜の予定は空いてますの?」
「明日の夜? ああ、特に予定は入って無いけど?」
北街区か……確か今頃は遅咲きの
騎士団時代はよく北街区でスリを追いかけたりしてたな……そういや。
「なら明日の夕刻、北街区の大きな桜の木の下で待ってなさいな。……それなりに綺麗な格好で来ること。……分かりましたわね?」
「それは構わないが……。ソシエも一緒に行くのか?」
「……それは明日のお楽しみですわ。 さあ、ミック、ミリア帰りますわよ」
『『は—い!!』』
ソシエは意味深にウィンクして見せるとミックとミリアを連れて帰って行った。
……なんだ? さっきの微妙に噛み合わないやり取りは?
それにしても綺麗な格好ねぇ……。そういえばキ—リの爺さんから貰った古いけどしっかりした、フロックコ—トがあったな。
この時期の夜は少し肌寒いし、長シャツの上にそれを羽織っていけばいいか?
俺は店のドアの木板を”close”にひっくり返しながら、自分なりの綺麗な格好をああでも無い、こうでも無いと考えるのであった。
翌日、正午の鐘が鳴った頃。朝から翌月に迫った生誕祭の準備の買い出しから店に戻ると、見慣れた騎士団長服姿の人物が雑貨屋のドアの前で誰かを待つように立っていた。
しかし、その様子がおかしい。ドアに手をかけようとしては手を引っ込めてを何回も繰り返している。……ドアに掛けられている”close”の文字が全く見えてなさそうだが。
その前に、こいつ仕事はどうしたんだよ? 休憩時間にはまだ早いはずだけど。
「……クラネス? お前、何やってるんだ? こんなところで?」
「ふぇ!? ゴホンっ……。お、遅かったではないかグラナ。ま、待ちくたびれたぞ……」
ん? ……なんだ? このクラネスらしく無い反応?
そういや、この間用事で騎士団詰所に行った時。イサクさんが何故か知らんが上機嫌だったな……「お嬢だ! お嬢が今日もお見えになられた!」とかなんとか。
普段から寡黙な副団長の変わり様にあのオリヴィアも若干引いてたので、何が起きたのかさっぱりだったが……。
「悪かったな。買い出しでしばらく留守にしてたんだ。その様子だと随分待ったんだろ? ほら、今鍵開けるから少し休んでけよ」
「あ、ああ……」
俺がドアを開けると、クラネスがその後から滑り込む様に店内に入って来た。
普段の颯爽と騎士団長服を着こなす姿を見ているからか、まるでその騎士団長服に着られている様な仕草に違和感が……。
それもつい最近、あの貴族街で起きた神隠しの時に同じ様な違和感を感じた様な……。
昼間でも若干薄暗い店内のランプを灯し、俺は様子のおかしいクラネスに店の奥へと来るように促す。
質素な木のテーブルと椅子が置かれた台所に俺とクラネスは向かい合って座った。
「……で? 仕事サボってまでここに来て、なんの用だ?」
「じ、実はだな……。こ、今夜、予定は空いてるか?」
「今夜? ……残念だったな。夕方からソシエと北街区で待ち合わせする約束してるが?」
俺の返答にクラネス? はぐぬぬ……と何故か悔しそうにしている。
それにしてもクラネスからお誘い? 俺に? ……雪でも降るんじゃないだろうな? 明日……。
「くっ……計りましたね、ソシエ。私が困っているのを知っていながら、先に先約をするなど……」
目の前でぶつくさと小声でクラネス? が何か言っている……。
それに何か困っているとか聞こえた様な……。
……さっぱり状況が分からん。もう少し詳しく聞いてみるべきか……?
「もしかして……。クラネスも見に行きたいのか? 北街区の東国桜?」
「……う、うむ。じ、実はそうなのだ。じ、実は今日中に誰かと一緒に見に行かないととっても困ったことに……」
(あら? この方が意中の殿方かしら? シェリ—?)
ん? なんだ? なんか声……それも女性の声が聞こえた様な?
俺が声の主を探しているとクラネス?が何か見えないものを見る様にテ—ブルの上の虚空を見つめている。
そして、普段見たことがないほど顔を赤らめていた。
「フロ—ス!? ……なななななっ、何を言うの? ぐ、グラナはそんなんじゃ……」
(……シェリ—? 少しは動揺を抑えなさい。私の姿は殿方には見えないとはいえ、あなたがそんなに取り乱したら、余計怪しまれるわよ?)
何だかよく分からんことになってるな……。
それに……テ—ブルの上に浮いているピンク色のエ—テル光は一体なんなんだか……。
「お取り込み中のところ悪いが、バッチリ聞こえてるぞ……。
で、その様子だとまた戻れなくなったのか? シェリ—?」
「ひぅ? ……いつから気づいてたのです? グラナ?」
(嘘!? 私の声が聞こえるのはシェリ—だけのはずなのに? あなた何者なの?)
シェリ—の図星を突かれた様な驚きと一緒に頭の中に再び声が響く。
どうやら、ピンク色のエ—テル光から発されているようだな……この声。
「連換術師だ。……密度の濃いエ—テルから声が発されるなんて聞いたこともないけどな。お前、何者だ?」
俺の問いにピンク色のエ—テル光はしばらく押し黙ると、シェリ—と何事か内緒話を始める。……シェリ—と随分仲が良いな? この声。
「フロ—ス……。グラナは信頼出来る人です。あなたと私の為にも協力を仰いだほうが……」
(そうね……。あの男っぽいクラネスと違ってシェリ—だけじゃ不安だし……。
グラナといったわね? あなたも協力してくれない?)
「別に構わないが……。一体何を??」
俺のその一言を待ってたのかピンク色のエ—テル光が一際眩しく輝くと、徐々に人型のような形を取り始めた。
以前、エリル師匠が東国から持ち帰った本で見たことがある。
昔話に語られる、桜の木に宿る精霊。……本の挿絵で見たのとそっくりな薄い桃色の羽衣を纏った、掌サイズの小さな女の子が目の前にいた。
(もちろん、いなくなったクラネスを探すためよ? 彼女が戻って来ないと私が宿る桜の木が枯れてしまうのだから)
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