八話 ビスガンド公爵邸

 馬車に揺られることしばし。東地区から貴族などの上流階級の豪邸やお屋敷が集う、西地区ウェストエリア貴族領有街ノーブルに着いた俺たちは公爵邸の正門前で馬車を降りた。


「マグノリアの貴族街の入り口じゃないよな⋯⋯このデカイ門」


「あはは⋯⋯。私も初めて来た時はビックリしました」


 俺の反応にシエラも苦笑いしている。親戚の伯父さんの家がこんなデカイお屋敷と知ったら、そりゃ誰だって驚く。

 

 周りに並び立つ他の豪邸やお屋敷も、決して公爵邸に負けず劣らずの規模だし。

 

 俺たちが門の前で惚けていると、馬車から俺たちの荷物を持って降りて来た執事のフューリーさんが守衛と何事か話していた。その直後、大きな門が巨大な生き物の口のようにゆっくり左右に開いて行く。


「それでは、公爵邸の本邸へとご案内いたします」


 フューリーさんに後に続いて俺とシエラも大きな門を通り抜ける。

 門は俺たちを通し終えると、再びその大きな口をゆっくりと閉じるのであった。


 ☆ ☆ ☆


 本邸に案内された俺たちは、玄関ホールでしばらく待つようにとフューリーさんに言われ入り口に設えられた来客用ソファに座り寛いでいた。

 

 目に映る物全てが煌びやかで豪華すぎて、俺の拙い語彙力でそれらを全て表現することは不可能だ。たぶん、吹き抜けの天井が五階以上の高さまで続いていると言ったら、その広さは十分に伝わるかと思う。


「シエラの伯父さん、本当にとんでもない人だな」

「そうですね。このお屋敷自体はビスガンド家が代々管理しているものなので、アレン伯父様が建てたわけではないのですけど」


 久しぶりに来たこともあって、心なしかシエラも緊張しているように見える。無理も無いか、公爵閣下の姪とはいえ——。


「師匠??」


 俺の普段とは違う様子にシエラが心配そうに手を重ねて来た。今まであまり意識したことは無かったが、よくよく考えたらシエラも貴族の一員じゃ。しかもあのアレン・ビスガンド公爵の姪。

 シエラの家族は確か母親が既に亡くなっており、父親については特に知る機会も無かったので親権者はおそらく公爵閣下だろう。

 

 となるとシエラは公爵令嬢ということになるな⋯⋯。

 

 マグノリアを出立する直前に届いた俺宛の公爵からの手紙の内容、『シエラを君の弟子としたことについて、話したいことがある』という一文に込められた様々な思いや感情がなんとなく分かるような気がした。


「いや、こんなに大きなお屋敷に来るのは初めてだからかな。柄にもなく身構えちゃってさ」


「意外です。師匠でもそんな風になることあるんですね」


 ——普段、俺はシエラからどのように見られているのだろうか? 何事にも物怖じしない頼れる師匠と思ってくれてるなら、師匠冥利には尽きるが実際はそうじゃない。

 

 エーテル変質事件の時だって、目の前で危機に晒されているシエラがどうしてもほっとけ無かっただけだ。俺が『英雄』なんて柄でもない呼称で呼ばれるようになったのも結果論に過ぎない。


 本当の『英雄』なら、あの時だってなんとか出来たはず⋯⋯だ。でも、現実はそんなに都合よくは出来ていない。

 

 ただ目の前で起きることに目を逸らさず、必死に抗ってきた。今の俺を形作っているのは、間違いなく連換術師として積み重ねた結果の数⋯⋯なんだと思う。


「大丈夫ですよ、師匠。私だって緊張してますから」


「そっか。あまり気構え過ぎても良くないな。自然体で行くか、いつもの稽古の時みたいにな」


「分かりました、師匠。緊張に身体を慣らす、これも修行の一環ですね!」


 まぁなんの修行なんだか、という突っ込みは置いといて随分待たされるな。

 

 公爵閣下でも呼びに行ったのだろうか? と考えていると、聞き慣れた、それもこの格式高い貴族のお屋敷に似つかわしくない声が俺たちに向かって掛けられた。


「⋯⋯全く、あんたの厄介事を呼び込むその体質本当になんとかならないの? 皇都に来るだけで列車テロに遭遇するなんて、どれだけ星の廻りが悪いのよ?」


「え? ルーゼ? お前なんでここに?」


 振り向くとそこには、いつもの服装と違うオレンジ色のイブニングドレスに身を包んだ幼馴染みのルーゼが心配しているのだか、呆れているのだか判別つかない微妙な表情で立っていた。

 ソシエと一緒に皇都に先に向かってたはずだが、なんでここにいるんだ?


「ビスガンド公爵閣下のご好意で、滞在中わたくしたちもこちらに泊まらせていただくことになりましたの。グラナ、シエラさん。——本当に無事で安心しましたわ」

 

 ルーゼの後ろからソシエまで姿を現した。ルーゼと同じく紫色のイブニングドレスを纏っている。というか身体のラインが浮き出て分かりやすいから、その⋯⋯色々と目のやり場に困るな、その服装。


「ルーゼさん! ソシエさん! お二人もここでお泊まりなんですね!」


「そーよ、シエラちゃん。グラナが間違い起こさないようにしっかり見張ってるから安心してね」


「これではマグノリアにいるのと変わりませんわね。気心知れた方ばかりですから、気兼ねせずには済みますけど」


「確かにな。これじゃ、はるばる皇都まで来た実感が薄れるな」


 賑やかなのはいいことだと思うし、粋な計らいをしてくれた公爵閣下に感謝だな。そういえば、ソシエはともかくルーゼは何で皇都に来たんだ?


「なぁルーゼ? お前、皇都に何か用でもあるのか?」


「ソシエさんに頼まれたのよ。皇都滞在中のお付きとしてついて来てくれないか、て。いつも一緒に来てくれる婆やさんが例の事件以来、体調が優れないらしくて」


 レンブラント邸の婆さんが? 長年勤めてるらしいが。確か一年前の神隠し事件のときも、気絶したソシエをおぶってレンブラント邸まで運んだときに真っ先に駆けつけてくれたんだよな。


 一時的な体調不良ならいいけど。


「それとは別に、亡くなったケビンお祖父ちゃんの名代として『皇太女の儀』に招待されたの。…初めて知ったのだけど精霊教会の大司教様だったみたい」


「初耳だな。ケビン爺さんそんな偉い人だったのか」


 あの爺さんがねぇ。村の皆から慕われてた寂れた教会の牧師が、以外な経歴を持っていたなんてな。昔、それとなく聞いてみたら教会についていけなくなったから隠居したらしいけど。


 ミルツァ村に引っ越してきた時に、ルーゼも一緒に連れて来たと言ってたな。ルーゼの両親といえば——。


「そういえば、もうそんな時期だったな。今年も行くのか? 墓参り?」


「うん。皇都での用が終わったらグルナードに寄るつもり。酒場のダグラス店長にも、『いつもよく働いてくれるから、ゆっくり休んでらっしゃい』と言われて休暇も貰ってるし」


 あのガタイの良いオネェ店長か。そういえば酒場の壁に空いたあの大穴、あの人一人で修理したらしいな。それは、ともかく。


「ルーゼの両親が亡くなって、もう十一年か。早いもんだな⋯⋯」


「——そうね、あの紛争からそれだけの月日が流れたなんて。実感湧かないけど」


 俺とルーゼがしんみりしてると、ようやくフューリーさんが上階に繋がる階段から降りてきた。


「お待たせいたしました。おや、ルーゼ様とソシエ様もご一緒でしたか。それでは、この屋敷の主『ビスガンド公爵閣下』がお待ちの『響応の間』にご案内いたします」


 意外な場所での再会の喜びもそこそこに、俺たち四人はフューリーさんについて公爵閣下が待つ『響応の間』に向かうのだった。

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