七話 皇都到着

 あの後、アル達と共に駆けつけてくれた車掌さんの操作により、完全に汽車を止めてもらうことが出来た。アルの話だと、貨物車両の貨物の中に猿ぐつわを噛まされて閉じ込められていたとか。……どうりで縛られていた乗客の中に見当たらなかったはずだ。

 

 その後、皇都、第七親衛騎士隊の副隊長を名乗る男と騎士達の手に事件の捜査権は委ねられることになった。

 俺たちは事情聴取も兼ねて騎士隊と共に皇都、東地区イーストエリアSLステーションへと移動する。そこで一通りの事情聴取を受けた後、解放されたのは午後も七時を回った頃だった。


「あそこまで、根掘り葉掘り聞かれるとは思ってなかったよ⋯⋯」


「素性を偽っていたんだから当然だ。今の帝国内はそこまで治安が良いわけでも無いからな? 物見遊山もほどほどにしとけよ」


 特に国賓とは言え、テロを画策したラスルカン教過激派と同郷の出であるアル⋯⋯サイード王家の第二王子カマル・アブ・サイードは念入りに聴取を受けさせられたようでぐったりしている。


「あ、師匠!。アルさん」


 俺たちが駅の入り口で手持ち無沙汰に待っていると、シエラが手を振りながらこっちまで駆けて来た。後ろにはアルの従者でもあるジャイルも、相変わらずの強面な表情でその後を歩いてついて来る。


「アレン伯父様より連絡ありました。あと半刻くらいで迎えに来てくれるそうです」


「連絡? 駅に電信でも届いたのか?」


 そんな計ったようなタイミングで電信を送ってくるとは——流石、皇女陛下代理の政務官だな。だが、俺の関心を他所にアルが小声で声をかけてきた。


「グラナ? 君もしかして、電話を知らないのかい?」


「へ? 電話?」


 なんだ電話とは? 新しい電信のことか? 俺がよく分かっていない素振りを見せると、シエラがコホンと咳払いし、説明を始める。


「電話というのは離れた場所にいる相手と、電話機を介して会話することです。皇都でも最近普及してきたもので、まだマグノリアには無いものですから知らなくても無理はないかと」


 ほ—いつの間にそんな便利な機械が。マグノリアは皇都から距離も離れてることもあり、つい最近まで教会勢力に鉄道の建設まで邪魔されてたくらいだから確かに知らなくても当たり前か。

 そういえば、皇都から派遣されて来た技術者達が騎士団詰所に大型の機械を設置してたけど、もしかしてそれが電話機だったのか? クラネスもロレンツさんも、これでようやくまともな連絡手段が整ったとか言ってたし。


「連換術だけじゃなくて、最新技術に関しても勉強したほうが良いんじゃないかい? グラナ?」


「余計なお世話だ。それはともかく、アルは皇都にいる間はどこに滞在するんだ?」


 俺の質問にアルはぴっと遥か後方を指差す。あの方向は⋯⋯帝城か?つられて後ろを振り返ると水の都に相応しい落ち着いた青い色が特徴的な、皇都全体を見渡すことが出来る高台に作られた帝城が視界に入って来た。


「もちろん、あそこさ。君たちには世話になったからね、皇都滞在中はいつでも訪ねて来てくれ。あ、一杯飲み交わす約束は今度でもいいかな? 国に連絡しないといけないことが出来たんでね」


「ああ、分かった。おつかれさん、アル」


「グラナとシエラさんもね。 それじゃ、 行くよジャイル君」


「は。お二方、ではまた」


 アルとジャイルは帝城方面へ向かって歩いて行った。俺たちは彼らの姿が見えなくなるまで手を振って見送る。……色々あったけど、ようやく着いたな皇都エルシュガルド。⋯⋯八年ぶりか。


「滞在中はシエラの伯父さん⋯⋯ビスガンド公爵邸に泊めてもらうんだっけか?」


「はいです、師匠。とっても大きいお屋敷なので、びっくりされると思いますよ」


 なんでもあのレンブラント邸より大きいお屋敷だとか。もはや想像も出来ない——。五年前、マグノリアに来たときはこんなにも上流階級の人達と繋がりが出来るとは思ってもみなかったし、人生本当に何が起こるか分からないものだ。

 

 駅の周囲は国境行きの列車が直通で走っていることもあり、ラサスムだけで無く他の諸外国から来たと思われる様々な人達で溢れ返っている。あの宗教紛争から十一年。紛争の傷痕が癒えることは決して無いが、ようやく外国から人が来れる国になって来たんだなと実感する。

 

 後は、次の皇帝陛下が即位すれば国内の不安定な情勢もいくらかましにはなるのだろうか。一介の連換術師が気に病むことでもない——か。

 

 迎えを待つ間シエラとたわいも無い話で盛り上がっていると、いつの間にか俺たちの前に大きな馬車が止まる。中から出てきた執事服の男性が、俺たちを見つけてこちらに歩いて来た。


「長旅、ご苦労様でした。シエラ様、お久しゅうございます」


「フューリーさん! お久しぶりです! 紹介しますね、師匠。こちら伯父様のお屋敷で働いてらっしゃる執事のフューリーさんです!」


 フューリーと名乗るビスガンド邸の執事は、俺のほうに向き直ると優雅な所作で一礼した。公衆の面前でやられると恥ずかしいな、これは。


「連換術協会マグノリア支部所属、グラナ・ヴィエンデ様ですね? ようこそ皇都エルシュガルドへ。シエラ様を無事にお連れくださったこと、我が主に代わりお礼申し上げます」


「ああ。ご丁寧にどうも」


 俺はフューリーから握手を求められそれに応じた。手袋越しからでも分かるほど意外と握力が強いというか、力入れて握ってないか? しばらくがっちり握手された後、ようやく手を離してもらえた。なんだ、いったい?


「ふむ。よく、鍛えてらっしゃいますな? ⋯⋯旦那様に良い報告が出来そうです」


 個人宛に公爵から貰った手紙で、皇都に着いた際は少し話したいことがあるとかいう、不吉な文言があったけど、まさか⋯⋯な?


「フューリーさん?」


「これは失礼いたしました。それではビスガンド公爵邸にご案内いたしますので、馬車にお乗りくださいませ。お連れの方たちも先にご到着しておりますゆえ」


 連れなんていたっけ? まぁ、とにかく案内してもらうか、汽車でのんびり出来ると思ったら予想外のアクシデントに巻き込まれたことだし。俺とシエラは公衆の面前で注目を浴びつつ、大きな馬車に乗り込むのだった。

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