九話 アレン・ビスガンド公爵

『響応の間』に通された俺達は、まずその室内の装飾に目を奪われた。

 エレニウム帝国のシンボルであるテロルの花を模した豪華なシャンデリアが天井を飾り、帝国の歴史と歩みを描いた一枚絵がその明かりに照らされている。

 純白のテーブルクロスが敷かれた大きな円形のテーブルには、既にディナーの用意が整っていた。


「お客様方をお連れいたしました。旦那様」


「うむ。ご苦労だった、フューリー。しばし席を外してくれ」


 テーブルに背を向ける形で背筋をピンと伸ばし、鷹揚に頷いた壮年の男性が後ろを振り向いた。いつのまにか俺達の後ろの両開きの扉がバタンと閉じられる。音も無く退出するフューリーさんもただ者じゃないな。


「長旅、ご苦労であった。マグノリアから来た諸君。私がシエラの叔父であるアレン・ビスガンド公爵だ」


 そう言って公爵は深々と頭を⋯⋯下げた??

 その様子にただならぬことと感じたのか、ソシエが声を掛ける。


「公爵閣下!? どうされたのです!?」


「いや、素直に頭を下げさせてくれ。ソシエ嬢。本当に君達にはいくら感謝してもし足りない。我が妹の忘れ形見であるシエラを守り通してくれたこと心より感謝する。——済まなかったな、シエラ。怖い目に合わせてしまって」

「アレン伯父様⋯⋯」


 シエラもそれまで我慢してきた何かが弾けたのか、たたっと駆け出すと公爵に駆け寄り抱きついた。髪の色も同じだからこうして見ると、年の離れた親子だな——。


「良かったわね。公爵様と再会出来て」


「本当にな。身体張って守り通したことがやっと報われた気がするよ」


 俺達は抱き合い再会を喜び合う、叔父と姪の幸せな光景をしばらくの間見守るのだった。


 ☆ ☆ ☆


「見苦しいところを見せてしまったな。改めて、ようこそマグノリアから来た諸君。皇都エルシュガルドへ。滞在中は我が屋敷を家だと思って使ってくれたまえ」


「——過分なご配慮、痛みいります公爵閣下」


「えーと、お世話になります⋯⋯」


 ようやく落ち着いた公爵閣下は満面の笑みで俺とソシエに歓迎の挨拶を述べた。

 ちなみにシエラは席を外している。暴走する列車を止めるときにだいぶ服を汚したので、着替える為ルーゼと一緒にお屋敷の自室へと向かっていった。

 

 帝国政務官の服装を着こなし、胸には皇帝陛下に代わり政務執行代理を務める者の証である、『水の精霊アクレム』の印が刻まれたバッジを付けている。

 

 年月を経て皺が目立ち始めた相貌は、かっては美青年だったのであろう名残が残っている。毎日欠かさず手入れをしていると思われる、艶と光沢のある銀色の顎髭が年相応のダンディさを醸し出しており、ほどよく伸びた銀髪を後ろで纏めて一本に結んでいた。

 

 まさに絵に描いたような公爵様だった。


「君が、シエラの手紙に書かれていたグラナ君かね?」

「え? あ、はい。そうですけど?」


 いきなり声を掛けられた俺はしどろもどろで答える。俺のなってない受け答えを隣で聞いていたソシエは、はーと額を手で押さえて嘆息していた。


「グラナ? 前もって言っておきましたわよね? 上流階級の方々とお話しするのだから、せめて受け答えだけはきちんと出来る様に練習しておきなさい、と?」


「しょうがないだろ。あばらが治るまで一ヶ月以上かかったし、その後は皇都に行く準備に雑貨屋の一時休業手続き。時間が無いのにマグノリア支部復旧の件で、何故か港湾都市セイルまでロレンツさんと一緒に付き合わされたんだから」


 社交界と縁があるわけでもあるまいし、貴族のマナーなんて覚えたところでなぁ。だが、隣で肩を怒らせているソシエはそうは思って無かったようで、公爵が目の前にいるにも関わらずいつものようにずいっと顔を近づけてお叱り態勢に入る。


「あなたという人は。——いいでしょう、ならせめて勲章授与式と『皇太女の儀』までにわたくしが徹底的に鍛えて差し上げますわ」


「へ? いやーほら、俺も協会本部の仕事手伝わないとだし、そっちも忙しいだろうから別に無理しなくても——」


「お だ ま り な さ い」


「⋯⋯ハイ」


 なんで、俺こんなところで叱られないといけないんだ?

 だが、俺とソシエのやりとりを黙って眺めていた公爵はフッと吹き出すと上機嫌に笑い始めた。


「フッ、ワッハッハッハ!!! いや、失敬。最近ついぞ笑う機会が無くてな。久々に心の底から楽しいという感情が込み上げてきたよ。——なるほど、シエラが君達に懐くはずだ」


 シエラは公爵閣下に一体どんな内容の手紙を送っていたんだか。

 でも、悪い人じゃなさそうだ。と、そう言えば公爵閣下に聞きたいことがあったな。


「公爵閣下、出立前にいただいた手紙では、お⋯⋯私に話したいことがあると書かれておりましたが」


「——うむ、そうだな。その話はディナーの後にでもさせてもらうとしよう。それと私のことはアレンさんでかまわんよ、グラナ君。この屋敷にいるときは畏まらなくてもよい。なにせ君はシエラの命の恩人だからな」


「は、はあ? ありがとうございます??」


 なんだろう。俺の中で描いていた公爵閣下像が音を立てて崩れていく。

 それに、表向きは人が良さそうに見えるけど、なんか薄らと笑顔の裏にそこはかとなく怒りが見え隠れするような??


「お待たせいたしました。伯父様」


 俺達が賑やかに談笑していると、両開きの扉が開きシエラと、ルーゼが戻ってきたようだった。


「おかえり、シエ——」


 振り向いた俺は、見慣れた愛弟子のその変わりように言葉を無くす。

 その瞳の色に合ったグリーンのドレスに、星明かりのように煌く銀髪は後ろで綺麗に結い上げられて、頭には星の形をした宝石が散りばめられたティアラがそっと乗せられている。純白のハイヒールがその足元を彩り、顔に薄らと薄化粧をしていた。まるでどこかの国のお姫様のような姿のシエラがそこにいた。


「どうでしょうか? 師匠?」


「いや、すごく似合っていると思うよ?」


「どう? グラナ? メイドさん達と協力して完成させた渾身のお姫様は? いやーあれだけ沢山のドレスがあると何着せようか迷うわねー」


 なんでルーゼが得意げに胸張ってるんだか。

 しかし、これは随分と緊張するディナーになりそうだ。両手に花どころか、花三輪とは——。


「おお! 見違えたぞシエラ、流石はアリアの子だな。さぁさ皆、席に着きなさい。フューリー! ディナーを始めてくれ!! 今宵は無礼講だ!」


「——かしこまりました、旦那様」


 アリア? 亡くなったシエラのお母さんのことだろうか?

 こうして、ある意味昼間の列車テロに対処していたとき以上に緊張するディナ—が始まった。あれだけ動いたのに、食欲すら無くなってきた⋯⋯。

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