十一話 騎士の矜持

 一方、クラネスは黄金の連換術師と対峙していた。度重なる攻防の末、グラナ達とは離れてしまい、防災塔から少し離れた地点で油断なく銀色の細剣を構えている。周囲は見通しが悪く、放棄されて久しい木箱や様々な廃棄物が倉庫の中にぎっしりと詰め込まれている。時折鼻を抑えたくなるような悪臭も漂っていた。


「ククッ……噂に聞こえし、騎士団長の剣技もこの程度で? ……期待外れもいい所ですよ? ……フフッ」


「くっ……」


 ビジネスは黄金色に光るステッキをくるくると回しながらシェリーを挑発する。

 小男が持つステッキはいつの間にか先が細く鋭く変形しており、どうやら連換術で形状を変えたらしい。対峙するシェリーが持つ細剣は刺突を得意とする剣。同じような形状に変化させたのは、趣向を凝らしてという意味合いも込められているようだ。


(私の剣を尽くいなすその技量……認識を改める必要がありそうです……)


 これまでの立ち回りで殆ど互角とも言えるほどのビジネスの剣捌きに、シェリーは焦りを感じていた。幼少の頃より剣の天賦の才を持つ少女と周囲から過分な期待を背負わされて育ってはきたが、彼女自身は己の才能に慢心することもなく、ただひたすらに剣技を磨き続けた。

 細剣を選んだのは尊敬する父が得意としていたということもあるが、男性と比べて膂力に劣る女性が振るう剣としては、その鋭い一撃に活路を見出す刺突の方が性にあっていたという理由もある。

 長い歴史を誇る市街騎士団の団長に女性として初めて抜擢されたのは、高い問題解決能力や人心を把握する術に長けていた点も勿論ある。しかし、それ以上に血の気の多い騎士団員達ですらも敵わない、卓越した細剣技の腕を誰もが認めざるを得なかったというのが本当の理由だ。

 故に様々な原因で精神的に不安定なシェリーに己が最も信頼している剣技で互角に渡り合うビジネスの存在は、今の彼女にとっては不気味にしか映らなかった。


(落ち着け……刺突が全ていなされたからといって、速さにまで対応できている訳ではない……。では……これならどうです)


 シェリーは深く息を吸い込むと、一息で間合いを詰める。余りの速さに余裕綽々で構えていたビジネスもその動きを捉えきれず、反応が一拍遅れた。


「はあぁぁぁぁぁぁ!!」


 裂帛れっぱくの叫びと共に放たれたのは、目にも映らぬ刺突の五月雨。

 引いては返す荒波のように腕を限界まで酷使して、銀色の軌跡が何度も幾度も鋭い輝きを放ち、その度に金属と金属が弾き合う音がまるでシンバルのように甲高い音を周囲に響かせた。


「フククッ……!?  数撃ちゃなんとやらですか。 先ほどまでの優雅な剣捌きは何処にいったのやら??」


「黙りなさい。思った通り、言葉で揺さぶって私の剣筋を鈍らせるのが目的でしたか。その手には乗りませんよ? 黄金の連換術師」


 いける……速さでならこの連換術師は私の剣について来られない。

 シェリーはようやく見出した活路が閉じない内に、更に深く踏み込んで必殺の一撃を撃ち込む。狙いはビジネスが持つステッキ、その持ち手に嵌め込まれた黄金色の連換玉。あれさえ壊してしまえば奴は連関術が使えなくなる。


 が、小男はまるでシェリーの敵意を明確に読み取ったかのように、スッ……と後ろに飛び退る。目測を誤った細剣の切っ先は何もない空を突いた。


「……危ない危ない。勝負に熱くなる余り……当方、連換術師であること忘れておりました。では……別にの腕比べに付き合う必要はございませんね、ハイ」


 ビジネスが奇妙な独り言をつぶやいた直後、彼が持つステッキに嵌められた黄金の連換玉が励起し始める。


『元素……採掘』


 ビジネスが持つステッキが元の形状に戻る。連関術師の周囲に黄金の元素とエ—テルがまるで粉雪のように大気中に舞った。


『元素……還元』


 術が完成するが特に何も起こらず、ただ裏寂れた倉庫街が不釣り合いな黄金で彩られる奇妙な光景が広がる。術の不発か? と思いきや朽ちかけた倉庫が一瞬で黄金色に変わる様を目撃し、シェリーは眼を疑った。


「……いったい……何を?」


「ククッ……金とは金属の中でも重くて、軟らかい面白い特性を持ってましてね? 薄く伸ばしたり、広げたりすることも出来るわけです……ハイ」


 ビジネスはステッキを一振りする。すると、宙に浮いていた金粉が結合し合って形状を変えていく。驚くシェリーの目の前に、無数の金の鋭利な楔がいくつも宙に浮かび上がる。その切っ先は全て彼女を捉えていた。


「特注の黄金製の楔でございます、ハイ。……お代はいただきませんので、好きなだけ自慢の剣でお捌きください……ククッ」


 ステッキが振り下ろされると同時に、無数の楔がシェリー目掛けて殺到する。


(ぐっ……これが『黄金の連換術』。……この数、とても捌ききれない。距離を取らないと……)


 急いでビジネスから遠ざかろうとするが、高速で飛来する楔は容赦無く急所を狙うようにシェリーに迫る。止むを得ず、細剣で打ち払うが次々と飛来する楔は致命傷でなくとも衣服の上からシェリーの身体を傷つけていく。


「痛っ……。せめて、騎士団長服さえ着ていれば……」


 衣服の端々に血が滲むのも顧みず、シェリーは倉庫と倉庫の隙間の路地に逃げ込んだ。外出用のブーツは既に見るも無残な状態だ。せっかくソシエと一緒に選んで買ったものなのに、とクラネスは歯噛みする。


(そうだ……ソシエの為にもこんなところで負けてられない……あの連換術師はソシエを拐った許すまじき外道……こんなふざけた輩に


 そのときシェリーは気付いていなかった。直接的に影響を与えた訳ではなかったが、執務室でグラナが彼女にかけた発破は、知らず知らずの内に彼女から失われつつあった“クラネス”としての己を呼び戻しつつあったことに。

 そして、自覚は無くとも気づきかけていた。女性らしい一面を持つ本来の自分であるシェリー。ミデス団長の為、騎士団の団長の顔として演じていた“リノ・クラネス”。それら全てが今の自分を形成している大切な人格であり“クラネス”として築き上げてきた証なのだと。


(ソシエを救う為に、私の全霊を持ってあの者を討つ!)


「……何処に隠れたか知りませんが、ククッ。当方達が仕掛けた『神隠し』のトリック。まさかお忘れじゃないでしょうね? フククッ」


『元素……送還』


 金属属性の高等技術、『送還』で放たれた金の楔がビジネスに吸い寄せられるように次々と戻っていく。……この瞬間を待っていた。潜んでいた隙間から素早く抜け出たシェリー……否クラネスは、倉庫の屋根に素早くよじ登ると宙を飛ぶ楔を足場に次々と飛び移る。高低差のある建物が密集するマグノリアでは、不届き者が民家の屋根を飛び移って逃走することも多く、これしきの綱渡りパルクールなど児戯に等しい。


 飛び石を伝うが如く最短距離で術者の懐に飛び込んだ先刻とは顔つきから違う騎士団長に、今度は連関術師が慌てる番だった。


「ブフッ……??  軽業師ですか!?  あなた!?」


「ご丁寧に説明してくれたではないか? 金は重くて軟らかいと。柔軟性に優れているのなら、人一人乗ったところで壊れる心配もあるまい? 覚悟するがいい、黄金の連換術師!」


『送還』で引き寄せられた金属は直ぐに元素に戻る訳ではない。聖堂前でグラナから説明を受けた際に、思いついたのがこの一手。十人以上の子供を誘拐した犯人だ。『神隠し』の手口から考えれば直接手を下さず、間接的にじわじわと相手を痛ぶる戦いを得意とするだろうことくらい、彼女にとっては予想の範囲内。


慌てふためくビジネスを歯牙にも掛けず、クラネスが放った寸分の狂いもない正確無比で無情な一撃が、ステッキに嵌められた黄金色の連換玉を穿ち貫く。

ビジネスの制御を離れた宙に浮いていた金の楔は、一つ残らず元素に戻った。

無様に地面に転がる黄金の連換術師にクラネスは細剣をその喉元に突きつける。


「……ククッ。……これは、一本取られましたね……」


「戯言に付き合う気は無い。『神隠し』事件の首謀者として、詰所までご同行願おうか? 黄金の連換術師?」

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