十二話 『神隠し』の終わり
大鎌の持ち手とカチ合った左脚が弾かれ、ヴィルムと距離が離される。
連換術の腕もさることながら、こちらの回し蹴りの衝撃を瞬時に受け流すその判断力。俺より年下そうに見えて、どれだけの場数を踏んでいるのか。
「連換術師なのに体術で戦うとか、本当面白いね? その戦い方どこで習ったの?」
「連換術の師匠が体術の使い手だっただけ、だ。お前こそ大鎌を使った戦闘なんてどこで会得した?」
動きながら連換玉は常に励起状態を保つ。今のところ機嫌が良さそうだからその兆候はないが、本気でヴィルムが大鎌振り回し始めたら、密着して仕掛ける体術では少々部が悪い。師匠なら相手の動きを逆手に取って上手くいなすのだろうけど。
「ん? まぁ秘密てことで。 それより、——そろそろ仕掛けさせてもらうよ?」
ヴィルムの表情から年相応の幼さが消えた。真っ向から向かってきたヴィルムは両手に持った大鎌を大きく振りかざし、俺の間合いに入り込む。高速で右から薙ぎ払われる斬撃を屈んで躱す。俺の黒い髪が何本か宙を舞った。
「アッハハハハハ!!」
「チッ——」
高笑いしながら、大鎌を立て続けに薙ぎ払うヴィルム。斬撃の軌道が読めるだけマシだが、これじゃ回避に徹するしかない。
左から放たれる斬撃をバックステップで、斜め右から放たれる斬撃は体捌きで身体を右に逸らして、上から振り下ろされる斬撃を紙一重で躱す。振り下ろした大鎌が地面にめり込んだ。仕掛けるなら今——。
だが、こちらの狙いはお見通しと言わんばかりにヴィルムがにっと笑った。
『元素送還!!』
「なっ!?」
『送還』だと?? 一体何するつもり⋯⋯。ヴィルムの叫び声に気を取られた直後、背後から戻ってきた水銀が右腕、背中、左足を斬りつけた。
「ぐっ!?」
水銀の刃だと!? いつのまにそんなもの連換した!?
止血する間も惜しんで慌てて距離を取る。同時にヴィルムも地面に刺さった大鎌を引き抜き担いだ。
「さっき大鎌の穂先に連換術で薄ーい水銀の膜を張っといたの。で、鎌を振るうのに合わせて斬撃と一緒に水銀を固形化して飛ばしてたワケ。————生ける
「大層な技名だな⋯⋯」
ポケットからハンカチを取り出し右腕を結んで止血する。まずい、出血量が意外と多い。それに斬撃を飛ばすとか、防ぎようが⋯⋯飛ばす?
「その傷じゃさっきみたいな動きは無理でしょ? 決めさせてもらうよ、グラナ・ヴィエンデ」
確か固形化した水銀を飛ばしてると言ってたな。なら、連換術師らしくやってやろうじゃないか——。
遠くから大鎌を振りかざし水銀の刃を乱射してくるヴィルムは、勝ちを確信してるのか生き生きとしている。認めるよ確かに強い、だが思い込みが強すぎるのがお前の唯一の敗因だ。
『元素解放!!』
風を自分の周囲を覆うように展開、放たれた水銀の刃は俺には届かず宙を舞う。
「身を守る風? 今更そんなので——」
「お前、風を舐めすぎだ。それに、わざわざ連換術師に武器を渡すとか何考えてるんだ?」
「ほえ??」
俺の言ったことが理解出来ていないのか、間の抜けた声を出すヴィルム。しょうがない、身を持って体感してもらうか。俺は更に風の元素を解放して己を中心に竜巻のような風を発生させる。風の向き方向を微調整し、そこに水銀の刃を取り込んだ。
「嘘!? そんなの、あり??」
「ざっと十枚以上か。お前が乱射した水銀の刃は? その大鎌で防げるものなら防いでみな!!」
竜巻を纏ったままヴィルムに向かって駆け抜ける。『送還』で戻そうにもこの荒れ狂う風で軌道が読めず、元素に戻すのが間に合わずに手傷を負わせるまでが俺の狙い。無論こちらの狙いなど奴にはハナから分かってるはずだ。
竜巻と水銀の刃で武装した俺に、ヴィルムは最後の悪あがきとばかりに水銀の盾を構える。
「——守れ、
「あの馬鹿のセリフ、そのままそっくり返してやる。貫いてやるよ、俺の風でな!!」
『元素解放!!』
竜巻と水銀の刃で殺傷性が増した風を勢いよく解き放つ。水銀の盾がヴィルムを覆うように球状に変化するが、勢いを増した風の前では無力だ。
風は恵を運ぶのと同時に、強く吹き荒れればいとも容易く人を傷つける。師匠は言った、力を持つ者はそれを制御する術を学ぶ必要があると。確かにその通りだ、連換術は人が扱うには危険過ぎる——。
ヴィルムを守っていた水銀の盾は脆くも崩れ去り、竜巻とその中を飛び回る水銀の刃がヴィルムを容赦なく切り刻もうとしていた。
「ひっ!?」
この程度にしとくか、命奪うまで戦うつもりは元から無いしな。俺は指を鳴らして術を解除する。荒れ狂う風は収まっていき、地面にカランと水銀の刃が転がった。
「助かった⋯⋯の?」
呆けているヴィルムにずいっと近づくと、奴の胸の辺りを強い衝撃で右手ではたく。体術の師でもある師匠はその昔、武者修行の旅で大陸の遥か東国まで旅に出向きそこで体術を学んだとか。そういえば、あの人はよく人体を水に例えて教えてくれたな。
胸の辺りにあるのは当然、心臓。俺がやったのは心臓が止まらない程度の衝撃を波紋のようにヴィルムの身体に行き渡らせて、一時的に気絶させる技だ。
狙い通り意識を失ったヴィルムを倉庫の壁に預けるように寝かせてから、俺は防災塔の上を見上げる。さて、どうやって助けるか。
「グラナ、そっちも終わったようだな」
「——クラネス」
後ろから掛けられた凛とした声に振り向く。反射的にクラネスと呼んでしまったが、無用の心配だったようだ。どうやら黄金の連換術師も撃破出来たらしい。こいつに限っては無用な心配だったか。それに——。
「やっと元のクラネスに戻れたみたいだな?」
「お陰様でな。それより、早くソシエを助けよう。防災塔に空いたあの
「ペリドが下手打ってああなった。老朽化してるようだしいつ崩れてもおかしくない。急いで——」
助けようと言い終える前に、嫌な音が聞こえた。見上げていた防災塔が、ペリドが風穴をブチあけた箇所からメキメキと音を立てて倒れていく。屋上でぶら下げられているソシエの身体が大きく揺れた。——早くあそこから助けないとソシエが地面に叩きつけられる——。
「くっ⋯⋯防災塔の管理者は何処のどいつだ!? 設備管理がされて無いではないか!?」
「とにかく、早く助けるぞ!! 掴まれクラネス!!」
俺はクラネスの手を右手でしっかり握る。連換玉を急速励起して足の裏から上昇気流を勢いよく解き放ち、今にも倒れそうな防災塔の頂上目指して空高く舞いがった。
「てっぺんまでお前を放り投げる!! お前はソシエを助けることだけを考えろ!!」
「——わかった。着地は任せたぞ、グラナ!!」
クラネスの力強い声に押されるように俺は勢いをつけて更に高く放り投げた。
塔は既に半ばまで折れかかっている。頂上の手すりからロープでぶら下げられていたソシエの身体が振り子のように揺れ、その弾みで木製の手すりがバキっと音を立てて外れた。
まずい⋯⋯。クラネスを放り投げた方向と逆方向に落下していくソシエを助けることが出来るのは俺だけだが、このままじゃクラネスが———。
「今、助ける——ソシエ!!」
崩れゆく塔を絶妙な体勢で斜めに疾走するクラネスの姿が視界に映る。
あいつが諦めていないのに俺が諦めてどうする——。
何か無いか!? 塔の倒壊を遅らせる何か⋯⋯!?
もしくは落下の衝撃を抑えられるような地点——。
その時、ペリドの馬鹿が連換術で液状化させた泥沼が目に止まった。確か下半身がすっぽり埋まるくらいの深さだったはずだ。風の連換術で上手いこと着地を誘導すれば、クラネスとソシエを助けられるかもしれない——。
俺は無我夢中で走り出す。クラネスが落下するソシエに追いつきそのまま抱き抱える。
彼女から送られた視線が後は任せた⋯⋯、と告げていた。
「元素解放!!」
全力疾走しながら連換術を発動する。先程同様、上昇気流をクラネス達の下から常に吹き上げて落下速度を遅らせて、風の流れで泥沼の方向に誘導。
もちろん、泥沼とはいえそのまま着水すれば、崖から海面に叩きつけられるようなものだろう。
だから、最後は俺が—————————。
「グラナ!?」
「しっかりソシエを抱き抱えてろよ!? 元素解放!!」
俺の身体を幾つもの層で構成した風が覆った。風の抵抗で少しでも身体にかかる衝撃を緩和する為だ。普段は使わない力も使って、周囲の瓦礫が吹き飛ぶほどの強風を巻き起こす。向かいから吹く強風でクラネスとソシエの落下速度が一段と遅くなる。
ここまで速度が落ちれば——。後は腕の骨一本で済むかな? と、自嘲した俺は空中で二人を覆うように抱き抱える。彼女達を守るように俺の背中の下は泥でぐずぐずになった地面がある。直後、高所から落下したような勢いで大きく泥が跳ね上がった。
恐る恐る目を開ける。⋯⋯背中は少しだけ痛いが上手い具合に落下の衝撃は緩和出来たらしい。すぐ横には同じく泥だらけとなったクラネスとソシエがいた。⋯⋯幸いなことに外傷も無さそうだ。
「助かった⋯⋯礼を言う、グラナ」
「いいよ、お礼なんて。痛っ⋯⋯」
「どうした!? どこか痛むのか!?」
「背中が少しだけ⋯⋯な」
名誉の負傷だ。これくらいどうという事は無い。クラネスに抱き抱えられたソシエは、気絶したままだが、その口元は薄らと微笑んでいた。
☆ ☆ ☆
その後、気絶したソシエをおぶってレンブラント邸まで戻る最中、市街騎士団員を引き連れたイサクさんとばったり会った。
どうやら、倉庫街での派手な物音が貴族街まで届いていたようで、何事かと急いで急行していたらしい。俺とクラネスは『神隠し』の首謀者二人を撃破したことと、拐われた子供たちの行方がまだ分かって無いことを伝えた。
状況証拠から考えれば、あの倉庫街の何処かに子供達は一ヶ所に集められているはずだ。後は市街騎士団に任せれば問題ないだろう。
クラネスのいつもと違う格好を見たイサクさんが「お嬢だ——お嬢が帰ってこられた」と涙ぐんでたのは、なんのことやらさっぱりだったが。
ようやく着いたレンブラント邸では、ソシエの身の回りの世話をしている婆さんが、その帰りを今か今かと首を長くして待っていた。
すぐにレンブラント家の主治医が呼ばれ、身を清められ部屋に担ぎ込まれるソシエの付き添いにクラネスも同行する。久しぶりに姉妹二人で過ごしたいところを邪魔するのも気が引けるってもんだ。
傷の手当てを受けた後、俺は静かにレンブラント邸を出て、事件の顛末を報告する為、マグノリア支部に向かったのだった。
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