十話 風と土と水銀と

「黄金の連換術師は私が抑えます。グラナとペリドはその間に水銀の連換術師を」


「分かった。無茶するなよ。ク……、シェリー。ペリド、不本意だが組んでやる。足引っ張るなよ」


「ハッ! 私は貴様の指図に従う気はないぞ」


 数の上では勝ってるが、なんせ即席の偶然出来たチームだ。相手は珍しい金属属性の連換術師、それも黄金と水銀。相手の手の内が読めない以上、各個撃破していくのが無難だろう。

 俺たちは素早く散開すると、それぞれの標的に向かって行く。


「……ほう? 数の利を捨てて分散ですか? ククッ……」


「まずは及第点をあげてもいいんじゃない? ビジネス? 所詮は素人の朝知恵だろうけど」


 ヴィルムとか名乗ってたか、嫌に余裕たっぷりだ。いいだろう、連換術師同士の戦いは属性の力だけじゃないてこと、その身に分からせてやる。


「元素収束……」


 走りながら連換玉を励起、エ—テルの流れを足に集中、走るスピードの強化と踏ん張りが効くように方向を調整。


「元素解放!」


 勢いよく風の元素を足裏から解放、俺は立ち並ぶ倉庫の壁に向かって


「え? ……なにさ? その動き?」


 倉庫街と呼ばれるだけあって、防災塔の周囲は使われていない煉瓦造りの倉庫で溢れている。つまり、道幅はそれほど広く無い。加速した足で壁を蹴って移動する分には問題無いくらいに。

 俺はヴィルムの死角にある倉庫の壁を蹴って更に跳躍。お返しとばかりに……制空権を奪った。


「—————速い。風の連換術を風の放出じゃなくて身体強化に使うんだ。やるじゃん、お兄さん?」


「油断大敵て奴だ。よそ見してていいのか?」


 俺はヴィルムの頭を狙った踵落としを落下の勢いに乗せて放つ。

 周囲の警戒で手一杯で、こっちに気づく様子は無い。


「まてぇい。貴様だけに美味しいところばっかり、持ってかせぬぞ。 元素変成」


 俺の踵がヴィルムの脳天に当たる瞬間、地面から泥が吹きだした。


「お? わわわわわっ……あっ」


 ベシャッと泥を跳ねながら、俺は盛大に地面に転がる。この泥……やってくれやがったな大馬鹿野郎。


「ペリドォォォォォォ!? お前、何しやがる!?」


「はん、いいザマだ。あのボクっ娘はこの私が丁寧に戦闘不能にしてみせよう。貴様は泥でも被って指でも加えて眺めてるのがお似合いだ」


 この野郎。てめぇを先に再起不能にしてやろうか。ああ、もう泥でベタベタする。

 悪態をつきながら俺は泥を振り落として立ち上がる。ついでに外套も脱ぎ捨て身軽になる、冷たい風が容赦なく吹き荒び、霜が溶けた泥を浴びたこともあり猛烈に肌寒い。


「アッハハハハハ! いやー退屈しないね? お兄さん達?  F級如きと侮ってたけど、あれだけの量の土の変成を瞬時にやってのけるなんて、流石は名門グラスバレーてとこ?」


 俺が無様に泥に塗れているのに対し、ヴィルムは土が変成する瞬間にその場から飛び退いていた。大鎌担いでるのになんて身のこなしだろうか。見た目からは想像も付かないくらい戦い慣れているのが伺い知れる。


「今更気付いても遅いわ! ボクッ娘!  我がグラスバレー家に伝わる、連換槍術とくとご覧あれ」


 褒められたと勘違いした馬鹿の連換玉から土の元素が放たれ、奴の足元から岩石で出来た悪趣味な槍が出てきた。変成の応用で形状の“固形化”だ。さっきみたいに泥を跳ね上げるのは差し詰め“液状化”といったところか。

 地面から変成した槍を掴みクルクル回して、スチャッと構えるペリド。岩の塊持ってるのと同じ重さだろうに、よくまぁそんな芸当出来るもんだと呆れた。


「行くぞ、ボクッ娘! グラスバレー槍術“一の秘槍”『一番槍』」


 突っ込むのもアホらしい名は体を表す技? でヴィルムに真っ直ぐ突っ込んでいくペリド。なんだろう『一番槍』とは。

 陳腐なネーミングの割には、重量と速さが乗った岩の槍は当たればそこそこの威力は出そうだが。 

 対するヴィルムは余裕の表情を崩さない。そういえばアイツがまだ一度も連換術を使ってないことに、今更ながらハッとする。


「金髪のお兄さんは頭残念な人? ……それとボクはこう見えても」


 ヴィルムの首に巻かれているチョーカーに嵌められた銀白色の連換玉が励起し始めた。それは玉でありながら生き物のように蠢き、鈍い銀白色の光を発する様は不気味としか言いようがない。


『元素……常圧』


 ヴィルムが掲げた左手にエ—テルと水銀の元素が収束し、盾のような形が浮かび上がった。連換玉の銀白色の光が強まり、流動する水のような物が盾の形に沿うように満ちていく。


『元素……流銀!!』


 ヴィルムの掛け声と共に術が完成し、水銀で出来た盾がその左手に現れる。

 盾を掴む取手なんて見当たらんが、どういう仕組みなのだろう。そもそも、水銀は素手で触れるだけでも危険な代物のはずだが。


「水銀の盾ぇだとぅお?  見掛け倒しにも程がある! 流体の盾如き、この『一番槍』で貫いてくれる!!」


 猪突猛進とばかりに盾に向かって真っ直ぐ突っ込んでいくペリド。

 ヴィルムは盾を掲げたままその場から動かない。重量と速さの乗った岩の槍と盾がぶつかり、馬鹿の言う通り岩の槍は盾を貫いくかと思ったが、結果は違った。


「ハッハー!! 水銀の連換術師、破れた……り———??」


「だからこう見えても“男の子”だってば? キモいお兄さんは“お星様”にでもなって反省してね?」


 衝突する直前に盾を駆け上がる坂の様に設置したヴィルムは、その勢いのまま宙へと飛び出していくペリドにウィンクを送る。あの一瞬で、ジャンプ台みたいに水銀の盾を変形して、表面の流動する水銀で槍の威力を殺しつつ、速さと衝撃を上空に逃すよう水銀の動きを操作した。どれだけ緻密なエーテル操作を行えば、そんな芸当が可能になるのか。……想像もつかない。

 余程スピードが乗っていたのか、そのまま宙に飛び上がったペリドは、勢いのまま防災塔を突き抜けて遥か彼方に飛んでいく。塔の壁にくっきりと何か人のようなものが突き抜けた跡が残っていた。


「はぁ……キモかった—。あれは生理的に無理!」


 ふざけたやりとりだったが、ヴィルムの実力を把握するのに一役買ったあの馬鹿には一応感謝しとくとしよう。『水銀の連換術』……思った以上に厄介……だ。


「さてと邪魔が入ったけど、仕切り直しといこうか? 『風の連換術師』のお兄さん?」


「……ああ。いいぜ、『水銀の連換術師』。ようやく、こちらも身体があったまって来たところだ」


 売り言葉に買い言葉を返すが、リーチのある大鎌に未だに未知数な水銀の連換術。俺の体術と『風の連換術』でどこまでやれるか。

 はぐれてしまったシェリーの方も気がかりだ。『黄金の連換術師』は人をおちょくったような外見から察するに、一癖も、二癖もありそうだし。

 彼女の剣の腕を信頼していないわけではないが、一刻も早く加勢に行ったほうがよさそうだと気を引き締める。それと……。


「……」

 

 微動だにしない塔の上の囚われの姫。

 いつまでもソシエをあんな高所に吊るして置くわけにも行かない。

 俺は改めて眼前のヴィルムと向き合った。


「かかってきなよ? グラナ・ヴィエンデ? ……それともビビったの?」


「……気合入れ直しただけだ。お前こそ、吠え面かくなよ? ヴィルム・セレスト!」


 泥に塗れた姿のまま、俺はヴィルムに向かって駆け出していく。

 エ—テルの流れを再び足に集中、水銀の連換術なんて展開する暇もないほど畳みかけるしかない。


『元素解放!』


『元素流銀!』


 脚力を強化し左脚に遠心力を乗せた回し蹴りと、水銀の連換術で穂先が覆われた大鎌の持ち手がカチ合った。戦いの激しさを物語るように、周囲の倉庫街は次第に原型を留めず半壊していく様が視界に映った。

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