九話 黄金と水銀の連換術師
ペリドが変成した土の一本線をなぞりながら、俺とクラネスは路地裏を駆け抜ける。普段は詰所の執務室での事務作業も多い筈なのに、俺の全力疾走についてくるシェリーの体力に驚くも、それくらい簡単にやってのけるのがクラネスだったな……と、当たり前のことを今更ながらに思い出す。
「ゴラァ!! 君達!! もう少し……走る速さを……緩めたまえ……ゼィゼィ……」
後ろから余計なのが追いかけてくる幻聴が聞こえるが無視だ、無視。
「グラナ。彼……ついてきてますが?」
「ほっとけ。そのうち、バテて諦めるだろ」
とは言ったものの。あの馬鹿も、ああ見えて体力と無駄に図太い根性だけはあるんだよな。真面目に努力すりゃ、連換術の才能はあるんだからもっと皆から頼られる存在になってたかもしれないのに。こればっかりは本人が気付かきゃどうしようも無いか。
そうこうしてるうちに、急に周囲の景色が街中から裏寂れた倉庫街のそれに変わる。二年前に鉄道が開通するまで使われていた倉庫街は、腹黒い貴族達の秘密の取引にも使われてたので騎士団時代に仕事で何回か訪れたことがあった。
「土がここで途切れてますね」
「袋に詰めてた“砂”がここで尽きたか。ん?」
前方に見える火事等が起きたときに周囲に知らせる防災塔の頂上付近に、何か吊るされている。防災塔の真下から見上げれば、見慣れたその人影はまさしく————。
「ソシエ!? なんであんな所に!?」
「とにかく、急いで助けるぞ!!」
防災塔の入り口に目を向ける。……くそっ、入り口に厳重に鍵がかけられてる……。どうすれば……。
老朽化している設備だ。下手に衝撃を加えれば、それが元で崩れておかしくない。
それを分かっているのか、クラネスが腰から吊るした鞘から銀色の細剣を抜いた。
「どいてください!! 錠前ごと断ち切ります!!」
「おっと? ————そうは、させないよ??」
誰だ? それに上から聞こえたような……上!?
遅すぎた判断に舌打ちし上空を見上げる。身の丈はあるであろう漆黒の大鎌の刃が振り降ろされる。その光景を時がゆっくりと流れるような感覚の中、ただ棒立ちで見上げることしか出来ない。
「グラナ!! 後ろに下がって!!」
鋭い呼びかけに意識が現実に引き戻された。すんでのところで飛び退り、刃は俺の上着をかすめるに留まる。
入れ替わりに前に出たクラネスは、腰を深く落とし振り降ろされる大鎌の刃を細剣で逸らすように受け流す。あの一瞬で大鎌の軌道を見切り、斬撃をいなす————。
どれだけの達人が出来ることなのだろう。
俺は言われた通り後ろに下がると、ベルトに吊るした篭手入れから連換玉が嵌められた可動式籠手を取り出し、素早く左腕に装着した。
「不意打ちとは卑怯な。何者ですか」
「名乗るなら普通、自分からだよね?? 可憐なお姉さん??」
不敵な態度で挑発する目の前の人物は、身の丈以上もある大鎌を担ぐと底意地の悪そうなニヤリと口角を吊り上げた。黒猫の可愛らしい模様が刺繍された鈍色のコートを着込み、紺碧色の肩まで伸びた髪を三つ編みにしている外見。男か女か見た目だけでは分からない。
「お前、『神隠し』に関与しているもう一人の連換術師か?」
「ん? ……ああ、お兄さん達がビジネスが言ってたバカップル? 裏寂しい路地でどんな逢引してたのかなー?」
どうやら正体を隠すつもりは無いらしいが、何故切ったはったの場面で、その話題を今持ち出すのか。相手の意図は分からないが、油断なく剣を構えていたシェリーには効果覿面のようだった。
「……あ、逢引ではありません。 あくまで潜入調査です」
「えー? でも振りでもデートしてたんでしょ? ……おやぁ? お姉さん、もしかして初デートだったのかな?」
なっ……? と少年だか少女だかに言い負かされて赤面するシェリー。……何やってるんだ……お前は。
「フフッ……おやおや、楽しそうな声が聞こえるかと思えば。三日前に裏路地でお会いした恋人さん達ではありませんか、ククッ。……まさか、こんなところまでお越しになるとはね? ……飴の味の感想でも伝えに来てくれたので? ククッ」
いつのまにか、あのときの人形劇屋まで姿を現した。もう隠れる必要はない、ということらしい。
「三日ぶりだな人形劇屋。誘拐した子供たちはどこにいる?」
「ほう! ただのガキかと思ってましたが、意外と頭良さそうですね? 参考までに、何故当方達が犯人だと分かったかお聞きしても?」
手に持った鉄製のステッキの先端で左手をポンポンと叩きながら、人形劇屋があの時の意趣返しとばかりに尋ねてきた。……いいだろう、『神隠し』の手口ここで種明かしとさせてもらうか。
「子供達に配っていた飴の成分を解析すれば簡単な話さ。体内に連換した金粉を忍ばせて、金属系連換術の高等技術『
ヒュー♪ と少年だか少女だかが感嘆したように口笛を吹く。どうやら、俺の推理は間違っていないらしい。
「それに、あの飴には異常な糖度で味覚を麻痺させ、連換術で毒素の成分を書き換えた水銀を混入し常習性を発現するよう作られてました。あれはお菓子なんかでは決してない。子供を使った麻薬の人体実験と同じです」
俺の推理にクラネスが捕捉する。聖堂前広場でロレンツさんから教えてもらった解析結果を聞いて、こいつも同じこと考えていたか。俺たちの推理を黙って聞いていた人形劇屋は「フフッ、ククッ」と笑い始め、突如抑えきれないように周囲も憚らず大声でさも可笑しそうに奇妙に笑い始めた。
「ククッ、フフッ、ハハッ! ビィージッ! ビィージッ!! ネスネスネスネス!! ……いや失敬。大した観察力と推理ですよ、恋人さん達?
————いや、連換術協会マグノリア支部所属、C級連換術師グラナ・ヴィエンデ。マグノリア市街騎士団団長リノ・クラネス?」
こいつ、俺たちの素性を知っている?とっ捕まえて、色々吐かせたほうが良さそうだな。一方、大鎌を担いだ少年だか少女だかは、人形劇屋の奇妙な笑い声を聞いて頭を抱えながら溜息をついていた。
「だから、ビジネス? その笑い声、はっきりいってキモいからやめてくれない?」
「癖なので。ククッ」
……どうにもやりづらい相手だな、こいつら。俺とクラネスは示し合わすように頷き合うと二人同時に臨戦態勢を取る。
「おっと? やる気だね? 二人とも。なら、改めて名乗らせてもらおうかな—?『水銀の連換術師』ヴィルム・セレストだよ♪ せいぜいボクを楽しませてよね? バカップルさん達?」
「ククッ……。それでは当方も……『黄金の連換術師』ビジネス・ロスキーモでございます、ハイ。……以後、お見知り置きを、ククッ」
ご丁寧に名乗りを上げた二人の連換術師と今まさに一色触発の場面で、シリアスなど知ったことかと場面を打ち壊す足音が後ろから聴こえてきた。
「……ゼィゼィ……やっと……ハァハァ……追い着いた。……ふふふっ、遠くからでもよく聞こえていたぞ。グラスバレ—家が長子、連換術協会マグノリア支部所属、F級連換術師ペリド・グラスバレ—。貴族街で不届きな悪事を働く者どもよ。この私が成敗してやろう!!」
「F級? 下から数えたほうが早い階級じゃん。なんか、袖は拠れてるし汗でモワッとした匂いもするし、生理的に無理だからあっち行っててくんない?」
しっしっと犬でも追い払うかのようなヴィルムの容赦ないダメ出しに、ペリドはあんぐりと口を開けた。
敵にすらダメ出しされるとか、流石に同情を禁じえない。
「まぁ相手するのが二人だろうが、三人だろうが関係無いか。やるよ、ビジネス」
「ククッ……いいでしょう。……ここまで知られたからには、どの道生かしてはおけませんからねぇ? フフッ」
上等だ……。舐めてるのであれば、お前らこそ分からせてやる。
「気合入れろよ、二人とも。連換術師との戦いは何が起きるか分からないぞ」
「ええ。油断せずにいきましょう、グラナ」
「……ふふふっ、この私をコケにした恨み……。たっぷりと払ってもらおうか……ヴィルムとやら!?」
睨み合う俺たちと、不適に構える二人の連換術師。
今ここに『神隠し』事件の最終局面の火蓋が切って落とされた。
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