八話 土の連換術師

 市街騎士団詰所から、貴族街に向かった俺たちは慌ただしい様子のレンブラント邸の前に立っていた。邸宅の誰かが市街騎士団に通報したようだ。

 昼時にも関わらず騎士団詰所が静か過ぎた理由に合点がいった。


「どうします?」


「俺はともかく、お前は入らないほうがいいかもな。まだ、完全に“クラネス”に戻れる状態じゃないだろ?」


「……そうですね。……まだ……無理です」 


 シェリーはケープを摘んで顔を俯かせる。今の彼女に無理はさせられない。中の様子は一人で確かめるしかなさそうだ。誰かしら知り合いもいるだろうし。


「それじゃ、後で三日前の合流場所で落ち合おう。くれぐれも勝手に先走るなよ?」


「分かりました。


 シェリーはケープをもう一度深く被り直すと、足早に路地裏の方へ小走りで消えていった。どうやら、俺の名を呼び捨てに出来るくらいは、平静を取り戻したようだ。 

 レンブラント邸に近づくと、騎士団の門番に呼び止められる。新人の団員なのだろう。いかつい顔に似合わず緊張している様子が伺える。


「と、止まれ! 現在、この邸宅は市街騎士団が調査中だ。何用か?」


「連換術協会マグノリア支部所属の者だ。この邸宅のソシエ嬢が『神隠し』に遭ったと聞いた。彼女は俺の依頼主でな、詳しい状況を教えてもらえるか?」


 門番達は小声でやりとりすると、しばらく待つようにと告げ邸宅の中に消える。

 後身の育成もあの激務の中、両立してたとは。どこまでそつの無い騎士団長様だよと、気づかれないよう独りごちる。しばらく邸宅の入り口で待っていると、見慣れた禿頭の偉丈夫が現れた。


「誰かと思えば、グラナの坊主じゃねぇか。お前さんも『神隠し』の調査してたのか?」


「そんなところだ、イサクさん。拐われたソシエは俺の依頼主だ。何か分かってることがあったら教えてくれ」


「確かに邸宅に勤めてる婆さんからもお前さんと団長が三日前、ここを訪れていたと証言があったな。いいだろう。入れ、坊主」


 団長という言葉に一瞬ヒヤッとする。ただ、ここにいるイサクさんはこう見えても副団長だ。強面だが仕事は出来るし、元傭兵団の頭でもあるので統率力に優れている。非番のクラネスを呼び出すような無粋なことは決してしない人だ。帝国国境近くの辺境に飛ばされたミデス団長といい、良い人達には恵まれてるはずなんだけど。……当の本人が抱え込みすぎなんだよな……色々。

 イサクさんに案内されて、俺は邸宅の一室に通される。


「ここは、あのときの客間か」


 三日前、ソシエから拐われた子供達の捜索依頼を受け、そしてシェリーの過去を聞かされたのが随分昔のことのように感じる。

 俺は室内をぐるりと見回す。異常は特になさそうだが、床に落ちているあるものに気づいた。


「砂?」


 磨き込まれた木の床にサラサラとした砂が点々と落ちている。……こんなもの無かった筈だ。砂はテーブルのすぐ下から、部屋のドアの方にまで続いてる。ドアから廊下を覗けば、目印のように砂の粒が転々と玄関ホールの方に向かって線を作っていた。


「どうした? 何か見つけたか?」


「……いや、気のせいみたいだ。それより、ソシエはこの部屋からいなくなったのか?」


「そうらしい。昨日の夜間は部屋にも戻らず遅くまでこの部屋にいたそうだ」


 ロレンツさんの話でも犯人の人形劇屋は真夜中に『送還』を使っている可能性があると言っていた。『送還』の影響を受けた実験用マウスが異常行動を取っていたのだっけか。

 つまり、預かっていた子供たちがいなくなった時間がおおよそ分かっているソシエは、真夜中を待ってあの飴を口に入れた。そして、砂を詰めた袋か何かを身体にくくりつけて自身が犯人達までの道標になった。

 つまり、この砂を辿っていけば辿りつける筈だ。事件の首謀者である二人の連換術師の隠れ家へと。


「十分だ。邪魔したな、イサクさん」


「もういいのか? ああ、そうだグラナの坊主。どこかで団長見なかったか?」


 何故そこで聞いてくるのか。 俺は極めて冷静を装いイサクさんの方に振り返る。


「さあ? 三日前に分かれたきり、会って無いからなぁ……」


「……そうか。通報を受けた後、団長の家に寄ったんだが留守みたいでな。せっかくの非番だ。普段忙しく働かれてる分、今日くらいはしっかり休んでもらうかね」


 俺はほっと胸を撫で下ろし、同時に疑問が生まれた。そういえばアイツ、服を返しにレンブラント邸に寄ったとか言ってなかったか?

 その情報が何故か伝わっていないが、レンブラント邸の中にもソシエ以外のクラネスの理解者がいる…ということなのかもしれない。


 気を取り直して、客間から落ちている砂を辿りながら玄関ホールまで戻ってくる。

 砂の目印は玄関には向かわず、その先の勝手口のほうに続いていた。

 勝手口を開けると、そこから先は舗装されていない邸宅の庭に繋がっており、砂の目印は見当たらない。土の上に砂が落ちていても見分けが付かない。……さて、どうするか。

 

 一人だけこの手がかりを確かなものにすることが出来る人物に心当たりがある。元はといえば奴が頼まれた仕事を途中でほっぽり出したから、こんなことになったようなものだし。

 ここは、奴にきっちり働いてもらうとしよう。

 俺は、きびすを返すとシェリーが待っている路地裏へと向かった。


 ☆ ☆ ☆


 路地裏に到着すると、聴き慣れた軽薄な声と聴き慣れない抵抗する女性の声が響いていた。


「つれないねぇ? 私のような貴族と午後のひと時を過ごそうと誘っているだけなのに?」


「けっこうです。待ち合わせ中ですから」


 この野郎。協会の仕事もサボって何こんなところで油売ってやがる?

 後で、受付のミシェルさんに報告だな。サボってた分上乗せして、街中のエ—テル浄化の仕事でも押し付けるか。

 俺はことさら、地面を踏み締める音を大きくしながら二人に近づいた。


「悪い。待たせた」


「遅いですよ、グラナ。……おかげで変な人に絡まれましたし」


 らしくも無くついと横を向き不快感を顕にするシェリーは置いといて、その後ろに控える顔も見たくない野郎に嫌々ながらも眼を向けた。


「ん? あーーーーー貴様は!?」


 俺の姿を確認した、軽薄クソ野郎が大声を上げる。相変わらず五月蝿いきんきん声に俺は眉を顰めた。


「や か ま し い。 お前、シェリーに何しやがった?」


「シェリ—? この可憐な方はシェリーという名前なのか?? ……は!?  何故貴様がこの方の名前を知っている。……貴様、幼馴染みのルーゼさんがいるにも関わらず二股してるのか??」


 ……一発、殴っていいかな? コイツ。クラネスの正体明かす訳にもいかないから思わずシェリーと呼んでしまったし。

 こいつが俺の自称ライバル。土の連換術師ペリド・グラスバレー。

 マグノリア支部きっての問題児であり、受付のミシェルさんに怒鳴られない日は無い自意識過剰のクソ野郎。という最低な表現でも言い足りない、いわば馬鹿だった。


「……グラナ。この見るからに駄目そうな人と知り合いですか?」


「ああ。お前は会うの初めてだったな。コイツがソシエが言ってたペリドだよ」


 この人が? とクラネスはペリドを胡散臭そうに眺める。

 だが、美女にしか目が無い馬鹿は恍惚とした表情を浮かべて優雅に一礼する。


「改めて、名乗らせていただく。我こそは代々、土の連換術師を輩出するグラスバレー家が長子、ペリド・グラスバレーだ。以後お見知り置きを、シェリーさん」


「そうですか。あなたが」


 ペリドの名乗りを聞き流し、ツカツカとペリドに近寄るシェリー。

 遠目から見ても、分かるほど浮かび上がる怒りのオーラ。気づいていないのは、馬鹿くらいだろう。


「どうされました? レディ? この顔の距離……熱いヴェーゼをご所望で?」


「————そうですね。いいでしょう、目をつぶりなさい」


 言われるがままに目をつぶるペリド。その唇はだらしなく窄めて上を向いている。……しばらく、後ろを向くことにしよう。

 その直後、一拍置いて。


 パーン!!


「はいっ??」


 さらに一拍置いて。


 バシーン!!


「!!??」


 二発放たれた平手打ち。気持ち良いくらい鳴り響いたその音色に、ささくれだっていた心が幾分落ち着きを取り戻す。

 振り向くと、頬を二回平手打ちにされて目を白黒に回しているペリドと、パンパンと汚れを落とすように手を払うシェリーがゴミでも眺めるかのように、奴に冷たい視線を浴びせていた。


「気は済んだか?」


「————そうですね。まだ、すっきりとはしませんが今はソシエを助けるのが先です」


 シェリーは俺が渡したハンカチで汚れを拭うかのように念入りに手を拭いた。さて、それじゃ馬鹿にキリキリ働いてもらうとしよう。


「おい、いつまで惚けてやがる? 仕事の時間だ、さっさとついてこい」


「いったい、何が起きた?? 私があろうことか女性から平手打ちにされた??  訳が分からないぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 ……駄目だこりゃ。

 二人で盛大に溜息をつく。どちらからともなく顔見合わせると、ペリドの高級そうな服の袖を掴みズルズルと引きずり連れていくのだった。


 ☆ ☆ ☆


「ああ!! 袖がげる、捥げる!! 君たち!? こんなことしてただで済むと??」


「金には困ってないんだろ。駄目になったら、また仕立て直せばいいだろうが」


 そういう問題ではなくてだなぁぁぁぁ!!? と誠に五月蝿い、つちくれの連換術師を引きずり歩くことしばし。

 異様に疲れたが、ようやくレンブラント邸まで戻ってきた。俺とシェリーは掴んでいた袖を脱力したように同時に手離す。


「それで、グラナ。邸内で何か手がかりは?」


「ソシエがいなくなった部屋に“砂”が落ちてた。たぶんソシエが残した道標だ。それを辿ろうとしたんだが、どうやらこの庭を通って行ったらしくて」


 レンブラント邸の庭を指差す。寒さで霜もまだ残ってるしこの中から目印の砂を見つけるのは、はっきり言うと不可能だ。


「君たちが言ってるソシエというのは、あのソシエ嬢のことかね」


「お前が途中で投げた仕事の依頼主だろうが!! ソシエが昨日の夜間に『神隠し』にあったんだよ。で、彼女が落としたと思われる目印の”砂“がこの庭から追えないんだ!!」


 俺の説明にふーむと顎に手を当てたペリドは、フッと笑う。誰のせいでこんなことになったと思ってるんだか。本気でぶん殴ろうか、このツラ。


「なるほど。つまりその”砂“を辿れば、ソシエ嬢がどこに拐われたかも分かるということだな。我ながら天才の発想!!」


「……さっきから、そう言ってます。……何を聞いてたのですか、あなたは……」


 シェリーが呆れた声で呟いた。馬鹿の上に場の空気読めないからな……コイツ……。


「説明はこれで十分か? なら、さっさと始めてほしいんだが」


「いいだろう。グラスバレ—の連換術、しかと見届けるがいい!!」


 無駄にカッコいい立ちポーズを決めた馬鹿。奴の指輪に嵌められた琥珀色の連換玉が励起し始める。


「元素……鍵層じょうそう


 ペリドのエ—テル行使により、目印の”砂“が淡く発光し始める。瞬く間に砂金のような光が邸内の庭から大通りに突き抜けてさらにその先へと伸びていく。


「元素……変成!!」


 琥珀色の連換玉から土の元素が放出され、砂金の光が更に輝きを増した。

 瞬く間にそれは土で固められて一本の線となる。

 これが土の連換術、特性は元素の変成。土に由来するものなら様々なものを変成することが出来る。砂が土に変わったり、土が石に変わったり、だ。

 これで真面目に仕事してくれりゃ、もう少し支部の皆も楽になるんだが……それは高望みしすぎなのだろうか。


「はーはっはっは。 見たかね!?  これがグラスバレ—の連換術だ。ただ風を吹かせて終わりなチンケな連換術とは違うのだよ!!」


「よし、あとはこれを辿っていくだけだな。行くぞ、シェリ—」


「了解です。急ぎましょうグラナ」


 共に土で出来た一本の線をなぞるように駆け出す。この方向は……廃棄された倉庫街の方角。二人の連関術師の潜伏場所としては申し分無い場所。

 ソシエを助けるべく、寒風吹き荒れる大通りを目印を頼りに駆け抜けた。


「て、こら締めるな!?  君たち、礼の一つも無いのかね!?」

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