五話 偽りの恋人
「……で、何があったんだ?」
「何……とは? はっきり仰っていただかないと」
クラネス改め、シェリーがきょとんと可愛らしく小首を傾げる。普段の騎士団長姿との
「……分かったよ。恋人の振りすればいいんだろ?」
「ご理解いただけて、なによりです。それでは行きましょうか」
シェリーはすっと俺の隣に並ぶと、恋人同士がするように腕を絡ませた。
それもごく自然に。コート越しでもその大きさが伺いしれる胸の感触に、この手の免疫が無い俺の心臓はどくんと大きく跳ねる。
緊張を強いている当の本人はお構いなしにそのまま路地裏を進んでいく。これはもう完全にシェリーという役に成りきってるのだろう。正直市街騎士団じゃなくて、舞台役者とかのほうが天職なのではと思わざるを得ない。
いったい、何がここまで彼女を変えたのか……。
未だ混乱する思考をなんとか正常に戻そうとしていると、いつの間にか路地裏を抜けて急に開けた場所に出た。
「……いましたね」
そこには移動式と思われる木製の屋台が停車していた。人形達が屋台に作られた小さな舞台で、ところせましと動き回る不思議な光景が繰り広げられている。観賞している子供達は五人。いずれも食い入るように人形劇を眺めていた。
「意外と出来の良い人形ですね」
「ああ、動きも繊細だ。人形を動かしているのは一人なはずなのに、大した技術だな」
演目は先ほど聞こえてきた内容の通り、“笛吹き男”の童話を元にしたものらしい。ちょうど、物語の
『男の笛の音に誘われて、街の子供が一人、また一人……とうとう子供達全員が男の後をついて歩いていきます。子供達の親は必死に我が子を呼び止めますが、不思議なことに身動きが取れません。やがて最後の子供がこの街から立ち去りました。そして、子供達は二度と街に戻ってくることはありませんでした。……おしまい』
人形劇屋と人形達が一斉にお辞儀する。それを皮切りに観賞していた子供達からまばらな拍手が送られた。一瞬顔を見合わせて、俺達も遅れて拍手を送る。
「フフッ。……お楽しみいただけましたかな? お子様方? ……最後までご観賞いただいたお礼です。……こちらをどうぞ、一人一つずつですよ? ククッ」
人形劇屋はいつのまにか取り出したのか、その手に五つの包紙が現れた。
手品か? 鮮やかな手際だな。
だが、俺がその様子をなんとはなしに眺めているとは対照的に、傍らのシェリーは鋭い視線を送っている。
「ク……、コホン……。シェリー、どうした?」
「子供達の目をよく見てください。生気が感じられません」
シェリーが指摘する通り、遠目から見ても包紙を受け取る子供達の目は焦点があっておらず、受け取った包紙をその場で破り捨てて中身を口の中に入れている。
だが、ソシエが目撃したという連換術を発動した光は見られなかった。
「おや? ……随分と大きいお子様方ですね? 貴方達も当店の人形劇をご覧になりに来たので?」
後片付けを終え、屋台を引いて戻るところだった人形劇屋に何故か声をかけられた。目線を下に下げれば、山高帽を被り、円形のデザインがぐるぐる巻に施されている眼鏡をかけた特徴の強い小男と目が合った。燕尾服を着て、どこか人を喰ったような雰囲気の小男。紳士なのか道化なのか、曖昧でちぐはぐな印象だ。
「いや、たまたま通りかかったというか」
「逢引の最中でしたの。でも、素敵な人形劇を鑑賞させていただき感謝いたしますわ」
シェリーが優雅でやんわりとした笑顔を浮かべ答える。彼女は本当にクラネスなのか? ……段々自信が無くなってきた。
初々しい恋人同士のやり取りを目の当たりにした人形劇屋はニマニマと笑っている。あくまで演技とはいえ、なんだか猛烈に恥ずかしくなってくる。
「それはそれは……。仲睦まじきとは良きことかな……フフッ。……それでは失礼いたしますぞ。ククッ、
人形劇屋は奇妙な独り言を呟きながら、その場から去ろうとする。どうする? この場で問いただすべきか? 『神隠し』について。
見るからに怪しい奴だが、果たして口を割るだろうか。俺がどうしようか迷っていると、シェリーが柔らかい口調でさり気なく、しかし鋭く切り込んだ。
「お待ちを。先ほど子供達にお配りしていたものはなんでしょうか?」
随分とまぁ思い切りのいい問いただし方に、ようやく普段の騎士団長様だと確認できてほっとした。いくら着飾ろうが中身はクラネスなんだから当たり前なのだが。
……正直、どっちが素なのかよく分からなくなってきた。
「おや? この包紙の中身が気になるので?」
「ああ……。タダで配るなんて随分と気前が良いなと思ってな」
「ただの飴でございますよ? 本業は別にありまして、新商品の宣伝も兼ねてタダで配ってるだけですよ。フフッ」
すると、人形劇屋は俺たちに包紙を二つ差し出した。一瞬罠かと身構えそうになるが、当の小男はどうぞとばかりに差し出したまま。俺は恐る恐る手を伸ばし、飴を二つ手中に収める。
「いいのか? 貰って」
「……ハイ。大人の味覚にも合うのか知りたいのでね、ククッ。……今度お会いする時にでも、感想を聞かせてもらいたいものです。……おっと時間だ、そろそろ戻らなければ。……フフッ」
話はこれで終わりのようだ。今度こそ人形劇屋はその場から立ち去る。ガタゴトと屋台の車輪が石畳の上を音を立てながら遠ざかっていく。
突発的な事態とはいえ、それなりに収穫はあった。それに……。
「まるで、捕まえられるなら捕まえてみろ。と、暗に言われたような気もしますね」
「だな。さっきの生気の無い子供達の目といい、この飴は詳しく調べる必要がありそうだ」
受け取った包紙に鼻を寄せる。鼻腔を突く異様に甘い香りに俺は顔を顰めた。味覚を麻痺させて、中毒症状を引き起こすような代物だろうか? ロレンツさんなら、成分を解析することが出来るかもしれないが。
これからどうするかを考えていると、街の中央の大時計塔が午後五回目の鐘を鳴らした。気づけばまだまだ短い日の光は、徐々に地平線に沈みかけていた。
「戻りましょうか」
「————そうだな。ソシエにも調査結果は伝えたいし。それで? いつまでシェリーと呼べばいいんだ?」
俺の問いかけに彼女は答える。————灰被り姫の魔法は◯◯の鐘が鳴り終わるまで、と。夕日に照らされた
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