四話 連換術の属性
「金属属性の連換術……か」
クラネスが説明を促すように俺に視線を向ける。確かに、普段からあまり見かけるものでも無い。というか、俺自身もそこまで詳しい訳ではないんだが。
「連換術には体系化された区分があるんだ。俺が使う”風“は『四大属性』に属している。火、水、風、土といった世界を形成する元素の一つだ。対して、『金属属性』は金属物質を形成する元素のことを指す。これは鉄、銅、鉛、
これ以外に、伝説上の元素である空想属性という体系も一応あるが、そもそもあるかどうかも分からないので、研究者の間でのみ使われている。
金属属性は四大属性ほど汎用性は無い。しかし、術者の発想次第で戦闘にも生産活動にも活かすことが出来る応用性に優れた属性でもある。
「黄金を連換ですって? そんなの、まるで錬金術ではないですか?」
ソシエが信じられない様子で碧玉色の目を見開いた。確かにこれだけ聞いただけではそう思うのも無理はない。その前に、錬金術はとっくの昔に廃れている訳だが。
「そうだな。だけど連換術と錬金術は似てるようで違う。連換玉を通して元素の力を行使するにはエ—テルを行使する必要がある。そしていかに金属属性といえど、自身の行使出来るエ—テルの限界を超えた連換は出来ない。つまり、黄金を大量に連換して売り捌くなんて出来ないんだよ。そもそも、術者が行使したエーテルが連換した金属から離れた時点で劣化していくし」
その為、金属属性の連換術師は連換術協会の中でも特に研究者に多い。
さて、講義はこのくらいで充分だろう。貴族の子供達相手に人形劇や紙芝居を見せて、黄金の連換術で何か細工を施した菓子を子供達に渡す。
『神隠し』の全容を明かした訳ではないが、これからの調査の大きな指針にはなるはずだ。
「となると、やはりまずは人形劇屋に接触する必要があるな。ソシエさん、人形劇屋は頻繁に貴族街に出没するのですか?」
「いえ。三日おきに現れているはずですわ。ミックとミリアがこの邸宅から姿を消したのも三日前でしたから」
ソシエが辛そうに顔を俯かせる。三日おきということは、今日も来てる訳かそいつ。
「今の時期は皇都で帝国各地の諸侯が集う”中央諸侯会議“が開かれているのもあって、人通りも少ないからな貴族街は。人の目を気にしなくていい時期をわざわざ狙ったわけか。……度し難い悪党だ」
クラネスが腕を組みながら目を細くする。確かに……見過ごせることではないな。同じ連換術師としても。
神隠し自体は貴族街中に知れ渡っているにも関わらず、行方不明者は増え続けている。このことからも、犯人は自分達の手口がバレないという自信があり、また怖い物見たさで近づいて来る子供達の人間心理を突くのが上手い人物像が浮かびあがる。
「さっきの話だと、その行方不明になった二人も包紙を貰ったんだよな? それ、まだ持ってるか?」
「ええ、これですわ。中身は残念ながら何が入っていたかは分かりませんが、ほんのりと甘い匂いが残ってますわね」
まぁそりゃ、子供にお菓子渡したら口に入れるだろうな……。
ソシエから包紙を受け取り、俺は目を凝らしてよーく穴が開くほど紙を凝視する。紙の上に微かだが、きらりと光る黄金色の粉が残っている。
「……あった。この、金粉だろうな。そいつが連換した黄金てのは」
俺は上着から連換玉が嵌められた籠手を取り出し、左腕に装着する。対象は極小だが、まぁなんとかなるだろう。
「元素収束……」
狙いを包紙の上だけに定めて、金粉に宿っているごく僅かのエ—テルを連換玉に取り込む。連換玉は取り込んだエ—テルの種類、状態によって変色する特性がある。それが連換術師のエ—テルなら、そこから何の属性の術者か割り出すことも可能だ。さて反応色はと。
「……思った通り。一瞬だが連換玉が黄金色になった。黄金属性の連換術師が持つエ—テルの色だな。クラネス、どうする?」
「それだけでは証拠としては弱いな。出来れば、子供達をさらうその瞬間を抑えるぐらいでないと」
いや、そんな悠長なこと言ってられないだろ。というか、そんな決定的瞬間抑えられる訳……。
「確かにクラネス様の言う通り、犯行の瞬間を抑えたほうが確実でしょうね」
ソシエが真剣な表情でクラネスに同意する。そして、立ち上がるとクラネスに近づき俺には聞こえないように耳打ちした。
「……なるほど。その方法なら……」
「ええ。怪しまれずに人形劇屋に近づくことが出来ると思いますわ」
なんだ? 二人で何を企んでいるんだ?
「グラナ。私はソシエさんと一緒に準備してくる。その間に、外で人形劇屋を見つけてもらえるか?」
「それは、別に構わないけど、合流するときはどうするんだよ?」
「情報では人形劇屋は大体、大通りのどこかか、廃棄された倉庫街に繋がる路地裏通りに出没しているようだ。支度に少しばかり時間がかかるから、大通りから路地裏に繋がる通りで待ち合わせるのはどうだ?」
支度……? 本当に何する気だ? いまいち要領を得ないが、怪しまれずに人形劇屋に接触する手段でも考えついたのだろうか。
「分かった。後で落ち合おう」
「……ああ。それじゃまた後で」
そう返答を返すクラネスの頬は、薄っすらと上気しているようにほんのりと赤い。普段はお硬い騎士団長の珍しい様子を怪訝に思いながら、俺は屋敷から大通りへと向かった。
☆ ☆ ☆
レンブラント邸から外に出ると、相変わらず寒い風が時折り吹いている。
よく見れば吐く息も白い。午後も半ばを過ぎた頃合、日が落ちれば更に気温は冷え込むだろう。手早く大通りを見回すが人形劇屋は見当たらない。
なので、貴族街の入り口近くまで引き返し、そこから路地裏に向かう。
大通りから外れると、そこは庶民の住まいと大して変わらない家々が軒を連ねていた。貴族といっても全員が財力を持っているわけじゃない。
特に男爵家は慎ましい生活を送るものも多く、この通りは特にその傾向が強いようだ。路地を東に進んでいると、向こうのほうから朗々と響く誰かの声を聞きつけた。その声に混じって、子供達が何かに夢中になっている声も。俺は素早く路地の影に身を隠すとそっと向こうの様子を伺う。
『男は笛の音で、街に悪さをしたネズミを一匹残らずエルボルン大河に放り込みました。しかし、街の人たちはそんな男を悪魔だと決めつけ、約束した報酬をあげるどころか街から叩き出してしまったのです』
これは有名な”笛吹き男“の童話か? 近づいてよく見てみたいが、いきなり姿を現したところで警戒されるだけだ。ここは素直に待ち合わせ場所まで戻ったほうが良いかも知れない。来た道を戻ろうと後ろを振り向こうとしたときだった。
「どうやら、見つけたようですね? グラナ様?」
後ろからかけられたどこか聞き覚えがあって気品が漂う声に、俺は思わず後ろ振り向く。大声を上げそうになったところで口を強引に塞がれた。
「クラネ……もがっ?」
「……今は、シェリーと呼んでいただけるかしら? ……せっかくの変装がバレてしまいます」
貴婦人のような赤を基調としたドレスに、暖かそうなコートをその上から着こみ、首に青いストールを巻いたクラネスに口を塞がれる。いつも無造作に左に垂らしている前髪も結い上げられ、薔薇のコサージュが胸元に飾られていた。薄っすらと施された化粧は、普段の彼女の凛々しい雰囲気はそのままに、女性らしさを引き出していた。見知った相手のはずなのに、初めて出会って一目惚れでもしたような……。胸の奥に芽生える不思議な感情に俺は戸惑いを隠せない。
何の準備かと思ってたら、まさかそういうことだったとは————。
「お前……。なんて、格好してんだよ……」
「……調査の為です。いいから、なるべく自然に恋人同士を装って近づきますわよ」
格好はともかく、不思議と違和感の無いお嬢様言葉はもしかして、これが素のクラネスの姿ではないかとさえ錯覚しそうになる。クラネスはあまり昔のことを話したがらないから、今まで聞く機会も無かったわけだが。
……おい、ちょっと待て。恋人の振りして近づく……だと??
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