三話 消えた子供達

 その後、俺、クラネス、ソシエは寒風の吹く東街区を北へと向かって歩いていた。東西南北の街区に分かれたマグノリアは東街区に宿や酒場があり、西街区は住宅街、南街区は検問所と連換術協会マグノリア支部、北街区に商店が軒を連ねて聖女由来の観光名所などが介在する。

 毎年、生誕祭の時期は人で溢れかえるほど騒がしいこの街も、冬の間は静かで少し裏寂しい雰囲気を漂わせている。

 夜は酒飲み達の笑い声で賑やかな東街区も、日が登っているうちは瀟洒な街並みが古都にふさわしい歴史ある趣を街行く人々に感じさせていた。

 道すがら事情を説明するという話をすっかり忘れているのか、ソシエは黙って黙々と北街区に向かって歩いている。

 そんな、彼女の姿をクラネスと二人で追うように後に続く。


「今日までで、いなくなった貴族の子供は何人くらいいるんだ?」

「……十人以上だ。いずれもまだ、年齢的にも幼い子供ばかりが神隠しにあってる」


 年端もいかない幼い子供ばかり狙った犯行か……。手口も気になるけど、その目的も気になる……。いまだに犯人からのメッセージが無いということは、どうやら身代金目的の誘拐ではなさそうだし。

 思索に耽っていると目の前から北風が直撃し、首に巻いたマフラーをしっかりと巻き直す。……外套がいとうも着てるがやっぱりまだ寒いな。

 ぶるぶると身体を震わせながら歩くことしばし、ようやく貴族街の厳重で無骨な鉄の門が見えてきた。

 門番達はソシエと二言、三言やりとりするとすぐに門の下部に設置されている、人一人通れるほどの小さな鉄扉を開錠する。

 小さな扉を潜ると、そこは既に貴族街の大通りだった。

 大きなお屋敷と広大な土地がいくつも並んでいるのは、いつ見ても圧倒される。


「……外、思った以上に冷えますわね。……詳しい話はわたくしの邸宅でさせていただいても?」

「……お心遣い、感謝いたします」


 こうして、俺たちはレンブラント邸へと招かれることとなった。


 ☆ ☆ ☆


 客間に通されると、しばらくお待ちくださいと声をかけてソシエは席を外した。

 俺とクラネスはお言葉に甘えてふかふかのソファ—に座り待たせてもらう。

 パチパチと薪が燃える暖炉が設置されており、冷えた身体もようやく暖まってきた。


「はぁ……。春先だってのにまだ冷えるもんだな……」

「……そうだな。いなくなった子供達がどこにいるのかは分からないが、さぞかし寒い思いをしているだろう。早く見つけて保護しないと命にも関わるな……」


 二人でそんな会話をしていると、コンコンと控えめなノックの後ドアを開けてソシエが戻って来る。彼女の後ろに給仕服を着たメイドが続き、俺たちの前にあるテーブルにカップを置いて優雅な所作で紅茶を淹れてくれた。

 メイドが一礼したあと退出すると、ソシエはこちらに顔を向ける。


「それでは、貴族街で起きている『神隠し』について、わたくしが知っている限りでご説明させていただきます」


 ソシエの話によると、神隠しが起きたのは今月に入ってすぐのことらしい。

 まず、最初にいなくなったのは二等男爵家の二人の兄弟。兄弟の母親の話ではその日の午後、二人で遊びに出かけたきり帰ってこなかったらしい。

 その三日後、次の行方不明者が。以後、次々と子供達は姿を消し足取りすらも掴めていないという。

 ソシエの説明は簡潔に纏まっており、分かりやすくはあったが、これだけでは情報不足のようにも感じた。


「……う—ん。ただ帰ってこなかった、だけじゃなぁ……。例えば子供達がよく遊んでるような場所とか無いのか?」

「庶民と違って、殆どが広大な土地を持つ貴族の子ですわ。遊ぶだけならお屋敷のお庭の中だけでも事足りますので」


 おいおい……それじゃあ、自宅の庭で遊んでていなくなったことになるが……。

 そんな、俺たちのやりとりを黙って聞いていたクラネスは、紅茶で一口喉を潤すとコトっと静かにカップを置いた。


「それでは私からも。……子供達がいなくなった時期と同じときに、貴族街で何か変わったことはありましたか?」

「変わったことですか……。そういえば、今月に入ってから庶民の子供向けの人形劇や紙芝居を行う者をたまに外で見かけますわね」


 貴族街で人形劇に紙芝居か……。庶民の子と違って貴族の子供にそんなの受けるとはあまり考えられないのだが。それに、この寒い時期じゃ外に出る子供だって限られるだろうに。

 だが、俺の考えとは裏腹にクラネスは何か閃いたようだった。


「……庶民の子向けの大衆娯楽なら、終わったあとその者は菓子か何かを子供達に配っているのでは?」

「おっしゃる通り、一度子供達がその者から何かの包紙を受け取っているところは目撃しましたが……」

「そして、もう一つ。ソシエさんがこの事件の解決には連換術師の協力が必要だと思った理由があるのでしょう?」


 なんだ? 事件の解決に連換術師が必要な理由?

 ペリドを頼ったのはそれでか? あいつ、一応グラスバレー男爵の息子だし。結局役には立たなかったみたいだが。


「ええ。三日前、先ほどお話したミックとミリアのご両親から、しばらく留守にするので二人を預かって欲しいと頼まれたのです。二人を連れてわたくしの邸宅に戻る最中でしたわ。当家の前の通りで人形劇を行なっていて、三人で観賞いたしました。見終わった後、二人も包紙を受け取ったのですが、そのとき見ましたの」

「見たって……何をだ?」

「包紙を渡されるときに、その者の手元が黄金色に光ったのですわ。そんな不可思議な現象、連換術ぐらいしか思いつかなくて……」


 なるほど……。それは確かになんらかの元素を解放したときに発される光かもしれない。……それに黄金色の光か。


「こういうわけだ。グラナ、何か分かりそうか?」


 そうだな……。俺も実物を見ないとなんとも言えないが……。

 思い当たるのは一つだけだ。……しかしこれが何を意味するのかまでは分からないが。


「……ソシエが見たのは金属属性の連換術だろう。黄金色ということだから、相当珍しい『黄金の連換術』の可能性が高いな……」

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