二話 キーリ雑貨店

 生誕祭より遡ること1年前、冬の寒さも和らぎ始めた牡羊の月(3月)。

 俺はいつものように雑貨屋で店番をしつつ、商品の補充や常連のお客からの注文票の確認をしていた。


「え—と……。フランクさんから木製のスプーン十個、ベスばあさんからお皿、ティーポットにソーサーか。……在庫あったかなぁ」


 店内はそれほど広くはない。ただ、長年大事に使われてきた店の中は元店主オーナーのこだわりでもあった木目調のレイアウトで統一されており、暖かい雰囲気が常連さんに人気らしい。

 なので、開店前にやるのはまず掃除だ。特に店の入り口と商品が飾られている棚に関しては、ピカピカになるまで毎日やれ! とそれはもう徹底的にキーリの爺さんから叩き込まれた。

 爺さんが年で店を俺に譲った後も、日課として毎日忘れずに続けている大切な開店前の準備だった。


「……」


 店のショーケースに飾られている、それに眼を向けた。

 木で作られた聖女を模した人形が、中はからっぽの香油の瓶を両手で持っている。この店の本当の跡取りが作ったもので、俺も製作を手伝ったものだった。


「……そういや、後二ヶ月もすれば生誕祭か。香油の材料の発注もそろそろしとかないとな」


 誰に聞かせる訳でもなく、そう一人ごちると、作業を再開する。元々、お客の数はさほど多くない店だ。

 継いだ当初は本当に務まるかと不安だったが、案外すんなり慣れてしまった。市街騎士団時代の激務と比べたら遥かに身体が楽なこともあるかもしれない。日課の鍛錬もかかさず行っているけども。

 一人黙々と作業に没頭していると、店のドアベルがチリンチリンと鳴った。


「いらっしゃいま……、クラネス?」

「へぇ。意外と真面目に店番やってるじゃないか?」


 ドアから入ってきたのは、冬用の生地が厚い騎士団長服姿のクラネスだった。

 まだまだ、風が冷たい時期なので首に赤い暖かそうなマフラーを巻いている。


「なんの用だ? 見ての通りこっちは開店準備中だが?」

「用が無くては寄っても駄目なのか? まぁ、いい。一つお前に仕事を頼みたくてな。……どうぞ、お入りを」

「ええ、失礼いたしますわ」


 声と共に店のドアから見慣れない長いブロンドの髪をして、暖かそうなベージュのコートを羽織った女性が入ってきた。

 誰だ? 少なくともここらへんじゃ見かけない顔だが?


「この女性ひとは?」

「騎士団に情報提供と事件に関しての依頼に来られた方だ。お前も噂ぐらいは聞いてるだろう? 貴族街で起きている『神隠し』について」


 ああ……確か貴族の子供達が立て続けに行方不明になってる例の事件か。

 確か、いまだに子供達の行方も犯人の目星もついてないとか。


「クラネス様。この方があなたのおっしゃっていた連換術師の方ですか?」

「ええ、そうです。こう見えても腕の良い連換術師でしてね」

「ふ—ん?」


 女性は碧玉のような青い瞳でまるで品定めをするかのように、俺を眺める。

 ……はっきり、言って良い気はしないな。


「おい、クラネス。うちは雑貨屋だ。連換術師が必要ならマグノリア支部に行けばいいだろ?」

「……そうしたいのはやまやまだがな。最近、聖堂の司祭がこの街から連換術協会を叩き出そうとしてること、知らないわけじゃあるまい?」


 この間、店に寄ってくれたロレンツさんも確かそんなこと言ってたな。 

 司祭はどうやら本気でマグノリア支部を撤退させるようだ、と。


「なら、ペリドの奴にでも頼めよ? どうせ、暇してるだろ?」

「既に接触済みだ。結局、彼じゃどうにも出来なかったがな」

「ええ、そうですわ。こんな泥臭い仕事は私向きではない! と早々に投げ出してしまわれましたし」


 ……あんの野郎。名門、グラスバレ—家の土の連換術師が聞いて呆れる……。

 俺は一つ溜息をつくと頭をポリポリとかいた。


「で、何すればいいんだ?」

「とりあえず、今から私たちと貴族街に来てくれるか。事件の詳細については道すがら、こちらのソシエさんに説明してもらう」

「……ソシエ・レンブラントですわ。お見知り置きを」

「グラナ・ヴィエンデだ。まぁよろしくな。……レンブラント?」


 ソシエの名前を聞いて思わず驚く。レンブラントてあの?

 マグノリアのみならず、帝国全土で幅広く商売しているレンブラント商会の関係者か?


「ところであなた、この店の従業員ですの?」

「一応、店主オーナーだ。それが?」


 するとソシエは、店の中の商品を品定めするように丹念に見回す。

 カツカツとヒールが木の床を踏む音が店内に響き渡る。

 そして、俺の方に振り向くとその端正な顔立ちから不快感を露わにしていた。


「あなた、このお店を開いて何年目ですの?」

「元々、俺の店じゃない。つい最近、元店主オーナーから継いだばかりだ」

「なるほど。……ようは新米店長さんということかしら?」


 その一言に俺はカチンとくる。なんだコイツ? 失礼にもほどがある。

 こうみえても、お客からの反応は……。


「売り上げもそれほど良くないでしょう? 仕入れている商品に統一性がありませんわ。少しだけ、売れ残っている木製の手作り品とイメージが違いすぎますもの」

「な、なにっ……?」


 こいつ……、パッと店内を眺め回しただけでそこまで見抜くとか何者だ?

 指摘されたとおり、店を継いでからの売り上げは正直悪い。

 爺さんから渡された、当座の資金は正直底を突きかけてるし……。


「そうですわね……。持って半年、いえ三ヶ月くらいかしら? 店を畳むまで?」

「……グラナ。ソシエさんはレンブラント商会の事業をも手掛けている人だ。アドバイスは素直に受け取ったほうがいいぞ。お前がこの店を守りたいならな?」

「ぐっ……」


 立て続けに痛いところを突かれて俺は完全に言葉を失う。

 分かってたさ。俺に商売が向いてないことぐらい。でも……、それでも。あいつとの約束を守らないと……。

 だが、俺のそんな姿を見た彼女がかけた言葉は意外なものだった。


「流石に言いすぎましたわ。お詫びといってはなんですが、わたくしがあなたのお店のパトロンになっても、よろしくてよ?」

「は? お前、正気か?」


 ソシエからの提案に俺は驚く。こんな、直に潰れるかもしれない雑貨屋にあのレンブラント商会があろうことか協力してくれるだって?


「ええ、もちろん。……ただし、こちらの依頼を完遂できたら、ですわ」

「……依頼の内容は?」


 聞き返した俺にソシエは答える。……先ほどまでの強気な態度は何処に行ったのか、何かを案ずるような表情だった。


「わたくしの大切な方のお子さん達。いなくなった、ミックとミリアを無事に見つけ出してほしいのです……」

 

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