第13話 迫る足音②
少年が森で二人の青年に出会う、少し前のこと。
アドウェルサス本拠地では、緊迫した状況が続いていた。
「ヒバシリさん!」
先程ヒバシリ等が入って来た扉から、面表入り口に見張りとして配置されていたアドウェルサスのメンバーが、荒々しく駆け込んで来た。
アドウェルサスの面々は誰もが殺気立っており、その殺気は一人の男に向けられた。
「こいつが侵入者です!」
押さえ付けられた男……非能力者の男に。
チハヤにとって、“これ”は予期せぬ事態だった。
わざわざ白雪をアドウェルサスの本拠地に移動させたのは、ここなら彼女を取り戻そうと黒の青年が乗り込んできても、アドウェルサスの面々と勝手に衝突してくれるだろうと考えたからだ。
共倒れしてくれれば願ったり叶ったり。
ヒバシリは白雪を毛嫌いしているようだが、アダマント同士であれば、ある程度は穏便に時間を稼げるという考えだった。
しかし、非能力者の存在が加わったとなれば話は大きく変わる。
非能力者を憎んでいる者ばかりのこの場で、その存在は争いの火種にしかなり得ないのだ。
アドウェルサスの面々が非能力者に危害を加えようとしたとき、白雪は間違いなく間に割って入るだろうと、チハヤは確信していた。
何年も会っていなくとも、彼女は昔と変わらず、底なしに優しいと分かっているから。
現に、白雪が纏う気配が、変わった。
「何をしに来た、非能力者」
開口一番、そう尋ねたヒバシリに、非能力者の男は顔面蒼白で首を振った。
「ぼ、僕は何も! ただ道に迷っただけで! 歩いていたら建物があったから、道を聞こうと思って入っただけなんです!」
「嘘をつくんじゃねぇよ!」
震えた声で必死に訴える男の言葉を、ラクが声を張り上げ跳ね除けた。
その行為を咎める者はいない。
先程、白雪に反発したラクを諌めたワドやメグミさえ、ラクと同じ目をして非能力者の男を見ているのだから。
「本当です! 本当に、危害を加えようと思って入ったわけじゃないんです!……信じてください!」
「非能力者の言葉なんて、信じられるわけねぇだろ!」
可哀相なほど震え、懇願するようにアドウェルサスの面々を見上げる非能力者の男に、誰かがそう吐き捨てた。
「どうせ俺達のことを嗅ぎ回ってたんだろ。でなきゃ、こんな森の中に入ってくるような奴いるかよ」
「非能力者はいつだって嘘つきだ。お前も同じだろ」
「騙されるもんか」
一人。奴は悪者だと声を上げれば、同じ思考の者達は次々と同じように声を上げていく。
誰の発言も、彼等が経験してきた非能力者からの仕打ちを思えば、無理もない。
しかしだからと言って、怒りに任せた発言を全て是としてしまうわけにはいかないだろう。
この場で、白雪だけはそう考えていた。
話を聞く気を見せず敵意を向けるアドウェルサスと、無害を主張するが証明することができない非能力者の男。
圧倒的に非能力者の男が不利な現状で、彼を庇うことができるものがいるとすれば、それはやはり、彼女だけだろう。
非能力者の男の前に、無言で足を進めるヒバシリを目で追い、白雪はひっそりと下唇を噛んだ。
「非能力者の言葉など、聞く耳持たん」
手を強く握り締め、ヒバシリがそう跳ね除けた。そして……。
「で、でも、本当に危害を加えるつもりなんて……ほら、僕は何も持っていません! 貴方達を傷付けるようなものは、一つも……!」
非能力者の男が両手を挙げ、無害を訴えていたそのとき、ヒバシリの拳が男の顔面を目掛けて勢い良く突き出された。
その瞬間、発言の途中で言葉を切ってしまった男だが、それは目の前が一瞬、真っ暗になったように感じたためであった。
自分が殴られそうになっている事実を非能力者の男が認識したのは、自分に向かってくる拳を視認できたからではない。
非能力者の男が理解することができたのは、その拳を防いだ者がいたからである。
「何のつもりだ、白の解放者!」
「…………」
怒声を向けられたのは、白雪だった。
いち早く動き非能力者の男とヒバシリの間に滑り込んだ白雪は、自身の能力で風壁を作り、ヒバシリの拳を止めたのだ。
「あ、ありがとう……」
腰を抜かしたのか、ドサリと尻から座り込んだ非能力者の男を白雪は一瞥し、自分を睥睨し続けるヒバシリを、フードを押さえて見上げた。
「貴方こそ、何のつもりですか。この人は……」
「何のつもりだと? そいつは非能力者だ。それだけで排除する理由になる。何度言わせる気だ」
溢れた怒りは、ヒバシリの声と拳を震わせる。
眼前の白雪と非能力者の男を通して、かつて守れなかった家族の姿が見え、無意味に叫びそうになるのを堪えるように歯を噛み締めた。
白雪はヒバシリの慟哭を察し胸に痛みを覚えるが、それでも非能力者の男の前から立退くことはせず、言葉を投げ掛けた。
「それで、貴方の大切な人は守れますか?」
自分の発言がヒバシリの怒りに拍車を掛けることを分かっていながら。その言葉の意味を、彼と、アドウェルサスの面々に考えさせなければならなかった。
「だからっ……もう奪われていると言っている! 言ったはずだぞ! 邪魔をするなら、お前は同胞ではない! 敵だと!」
ヒバシリが叫んだ直後、非能力者の男に向けられ、今は白雪に向けられている拳に大量のラクリマが集中した。
その拳は、白雪が張った風壁を突き破る。
「……っ……」
ヒバシリの拳が、風壁の強度を僅かでも上回ったその瞬間。
白雪の行動は早く、咄嗟に新たに風を生み出し、彼の拳を左右から風圧で挟み込むように押さえた。
しかし、それはヒバシリの攻撃を止めようとしたものではなく、彼の攻撃を避ける為の僅かな時間を稼ぐ為に他ならない。
ラクリマの影響を受けた怒りに任せた渾身の一撃を、集中する間もなく生み出した急ごしらえの風で防ぎきれるなどと考えるほど、白雪は楽観的ではない。
ヒバシリの拳をほんの数秒でも止めさえすれば、完全に止めることはできないまでも、拳の軌道から外れることくらいはできるだろうと瞬時に判断し、即座に非能力者の男の腕を掴むと、足元で風を起こし、反動を利用してその場から飛び退いた。
案の定、左右からの風で稼げた時間は数秒。
ヒバシリの拳は、今の今まで白雪と非能力者の男がいた場に振り下ろされ、硬い床を砕いた。
亀裂は少し離れた位置まで飛び退いた白雪の足元にまで及び、もしも彼女が拳の餌食になっていなら、打撲では済まなかっただろう。
なんとか説得を……とヒバシリを見遣る白雪だが、すっかり頭に血が上っているらしい状態の彼に届く最良の言葉はすぐには浮かばない。
追撃せんとこちらへ向かって来たヒバシリへの対処法を考えるべく思考を働かせ、白雪は一歩後退し、非能力者の男を背に庇うが、途端、視界に捉えていたはずのヒバシリが姿を消した。
驚いたのは一瞬で、白雪が状況を理解するのは早かった。
「よくも……よくも姉さんを傷付けようとしたな」
非能力者の男の登場と、白雪との意見の相違に憤慨するヒバシリだが、そんな彼に怒りを見せる者が、一人。
一瞬で白雪の元へ移動し、ヒバシリの前から非能力者の男もろとも離れた場所へ移動させた、瞬間移動の能力を持つチハヤだった。
普段、どんよりとした感情の読めない目には、強い怒りが宿っている。
「姉さん? ……そうか! あいつ、白の解放者の仲間なんだ! ワドさん、メグミさん、あいつも捕まえましょう!」
チハヤの行動と発言で、彼と白雪に関わりがあると分かり、ラクが意気込んでと二人の先輩に呼び掛ける。
そうだな。とワドが同意し。
油断するな。とメグミが注意してくれる。
ラクは、そう思っていた。しかし、何故か二人からの反応はなかった。
不思議に思い、無反応の二人に目を向けると、二人はラクには読み取れない、難しい表情をしていた。
「どうしたんすか? 早くあいつ等捕まえましょうよ」
「いや……」
「だが……」
やっと返ってきた微かな反応は、白雪等を捕らえることを躊躇する声で、一層ラクの中で疑問が膨らむだけだった。
「ワドさん、メグミさん?……先輩達!」
煮え切らない二人の態度に焦れたラクが、他のアドウェルサスの面々に呼び掛けるが、彼等も二人と同じ反応をしている者と、そんな彼等にラクのように戸惑う者とで分かれていた。
「どうしたって言うんすか……っ。ワドさん達がやらないなら、俺がやってやりますよ!」
「……っラク! 待て!」
誰もやらないなら自分が。使命感に駆られ、ラクリマを集中させるラクにワドが制止の声を掛けるが、既に遅く。
白雪等がいる付近の床が砕け、拳ほどの
「姉さん!」
「下がって!」
前に飛び出し、身を挺して守ろうとするチハヤを、白雪は自分に倒れ込ませる勢いで引き寄せた。
彼女の細い体では、チハヤも細身とはいえ自分より上背も横幅もある彼を、彼がやろうとしたように身一つで庇いきることは難しいだろうが、彼女の能力は飛び道具をものともしない。
周囲に風を起こし、礫を一掃してみせた。
「くそっ。もう一回!」
「やめろラク! 攻撃するな!」
「だから! さっきからなんだって言うんすか!」
もう一度同じ攻撃を仕掛けようとするラクの肩を掴み、制止の声を上げるワドだが、ラクはその手を振り払い苛立たしげに叫んだ。
「ワドさんも、あいつみたいに綺麗事言う気ですか!? 非能力者は敵ですよ!」
「そうだが……っ。だが、俺達は……」
「もういいです! あいつが、非能力者の味方なんかするから悪いんだ!」
「ラク!……ちっ!」
興奮しきっているラクは、ワドの言葉をまともに聞こうとしなかった。
白雪を睨み、再びラクリマを集中させると、床の一部が鋭く突き出て、彼女に向かい勢い良く伸びた。
避けにくい真下からの攻撃に、チハヤ、非能力者の男と固まっていた白雪は咄嗟に飛び退くことができず、風刃を生み出し切断することで防ぐのだが、足元に冷気を感じ視線を落とすと、いつの間にか足を氷で固められてしまい身動を封じられてしまっていた。
それは白雪だけでなく、チハヤと非能力者の男も同様だ。
氷から感知できたラクリマと同じラクリマを持つ者……メグミへ、白雪はすぐさま顔を向ける。
「悪いが、場を収める為にも捕まってくれ。ラク、これでいいだろ。ヒバシリさんも。いいですよね?」
致し方ないといった口振りで、メグミはワドに羽交い締めにされたラクと、殺気立つヒバシリに向けて言った。
ラクも、ヒバシリも、不満気ながらも臨戦態勢を解除し、ようやく一息、胸を撫で下ろしたメグミだが……。
「いい? とんでもない」
「ぐあ!」
メグミは突如現れた何者かに蹴り飛ばされた。
彼は青黒い髪を靡かせ白雪等の前まで飛び退くと、小さな風刃を起こし、氷を砕いた。
「……!」
このとき、白雪の脳裏に一人の少年の姿が過ぎった。
今は青年になっているであろう、金髪の少年の姿が。
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