第六話 林間学校≒ダンジョン⑧ ~解決! 倒せ煩い憎い宿敵~
「フッフッフ、こうも二つの階層を軽々と突破するとは……フェルバンに通わせるには惜しい人材がいたものだ。だがしかし、この第三階層は違う! 今までのようなお遊戯と思って舐めてかかると……突破できまい!」
やってきました第三階層、待ってました天才ヴェルナス。
もっとも俺の視線はと言えば、せっかくなのでエミリーの手帳に向いていた。
「あ、この名前とか良さそう」
可愛くない? このゲムズズングって奴、ファリンの召喚獣に似合いそう。
「枕は枕で良いと思ってる」
「駄目だって」
だからそれは名前じゃなくて役割だって。
「人の話を……聞けぇーーーーーーっ!」
と、次の瞬間飛んできた平手打ち。
頬にその感触が伝わった時、浮かび上がったのは痛みではなく怒りの感情。この変態自分が無視されると怒るのかという。
「いいか貴様ら第三階層は! ダンジョンのダンジョンたる所以……秘宝があるのだ!」
「パンスーロ牛!?」
「ククク……その目でしかと確かめねばなるまい。古の紋章たる霜降り具合をなぁっ!」
秘宝の二文字で目を輝かせ始める二人本当チョロい。
将来詐欺とかに合わないで欲しいと願うもどうせ何を言っても無駄なのでそのまま話を進める。
「で、第三階層は?」
「決まっているだろう。ダンジョンの主であるファントムオブナイトメアとの……直接対決だ!」
「急にガチな奴来やがった」
なんだよさっきまで散歩コースだったくせにと腹を立てた瞬間、怨念の籠った叫び声が第三階層に木霊する。
徐々に明かりが浮かび上がり、青く揺らめく炎のように、不確かな死神の姿があった。
「恐怖に震えて打ち震えろ、首を垂れて許しを超え! フハハハハハッ行けえファントムオブナイトメ、愚者共に地獄を見せろ!」
死神が手を翳せば、飛んでくるのは黒い雷。それは真っ直ぐこっちに向かって。
「ぐわあああああああああああああっ!」
天才ダンジョンマスターヴェルナスの脳天に直撃した。
「知ってた」
お約束である。
さぁそのまま戦闘開始、とはいかなかった。何かを守るようにそれはその場にプカプカと浮かび続ける。
「しかし戦闘って言われてもな……」
実際のところ魔法による戦闘というのは、攻性魔法の使い手がいなければお話にならない。
他の魔法も勿論重要ではあるが、それはあくまで攻性魔法があっての話だ。
エルみたいな規格外な召喚獣がいるなら話は別だが、あいつカレーの肉無くて動けないしなぁ。
というわけで他の二人に視線を移してみたのだけれど。
「無理戦えない」
「クックック……お化け怖い」
「ですよねー」
まぁ戦闘要員じゃなさそうですよね二人とも。というわけで消去法。
「……行ってきます」
というわけで戦闘開始。
まぁ俺に策なんて一つもありはしないのだけれど。
――倒す。
言葉にすると簡単だがそう易々と実行できる物じゃ無い。
だいたいあの亡霊みたいな存在を前にして、何をどうすればいいのか見当がつかない。
そして俺の使える魔法は、やっぱり一つしかないので。
「召喚……重力!」
ユニコーンの騒動の時に使ったそれを一か八かで放ってみる。
一瞬シンと静まったがすぐに轟音が響き渡る。
青い死神に崩れ落ちた天井が降り注ぐ。このダンジョンだか崩れないよなと疑問に思うもその心配は無さそうだ。
何でわかるかって?
「それ……お化けに効く?」
しょせん土くれなんてものは、実体のない幽霊には無意味だったという悲しい現実を突き付けられたから。
「効かない奴かもおっ!?」
また飛んできた黒い雷を何とか避ける。
指先をかすめたせいで、先端が少し痺れた。それからひたすら逃げて避けて逃げて避けて。
ほとんど反復横跳びをしながら横目で女性陣を見る。
「見てないで手伝うとかどうかなぁ!?」
何にもしてない二人に思わず声を荒げてしまう。
いや本当一人手伝ってくれるだけで少し変わってくると思うんだよね。
「もはや出来ることはない」
「フレーッ、フレーッ」
やる気のないコメントとエールが飛んできて、思わず頭に血が上る。
だが冷静になるんだ俺、何とかする方法を考えろ。
――他の時はどうだった?
最初の時はエルがシバの時はグリフィードが。召喚魔法しか使えやしないのだから召喚獣に頼るしかない、でもエルは使えないから……いや待てよ。
「そうだ名前! そいつらにちゃんとした名前つけてよ! そしたら何とかなる……はずだっ!」
ディアナの時も考えれば、それは間違いないだろう。
どういう理屈か知らないが召喚獣に本当の名前を付ければ大きな力が発揮されると。
「だから枕」
「それは用途だ!」
「しかし眷属の真名は我が厳選して」
「うるさいっ、ここから勝手に決めてやる!」
アホ二人が頑ななのでエミリーのメモ帳を取り出した。
反復横跳び前転後転大回転しながら急いでめくる。
でもまぁこれだけ候補が多いとエミリーの気持ちもわからなくもないな。しかしこれ本当に色んな本見てメモしたんだなどこぞの神話やら悪魔やらの名前で埋め尽くされてるじゃないか。
と、そこで覚えのある名前が目についた。ちょうど四つの名前が大きな括弧でくくられている。
「いや決まってるじゃんこれ」
四つの名前。
上から順にグリフィードにアインランツェ。その次の名前を俺は声高らかに叫んだ。
「来い……ヨルムンガンド!」
吠えたそれが地を這いながら進んで行く。その巨体は影を作り、俺の視界を黒く覆う。
「あっ枕」
ファリンの召喚獣なのはその頭を見ればわかる。けれど雄々しきその姿には大蛇の二文字が良く似合った。
「キャスパリーグ!」
続けて四つ目の名前を叫べば、音もなく亡霊の後ろに立つ。黒くしなやかな体躯を持った大きな猫がそこにいた。
「眷属うううううううっ!」
まぁエミリーの召喚獣ってのは見ればわかるな、少し大きくなった程度かなこっちは。
「よし」
ともかくこれで戦力は揃った。
何が出来るかはわからないが、さっきよりは何十倍も勝機がある。
「よしじゃない枕返してアフルレッド」
「この愚か者! 眷属の命名は我の魂の契約であるぞ!」
ピーピーうるさいボンクラ共が騒ぐ。
どう考えてもこいつらより召喚獣の方が役に立つと思うのだが、今は俺の方が立場が上だ。
具体的にはこんな感じで。
「そんなに文句を言うなら今日のカレーは……肉なしだぞ!」
黙りこくる二人。
この程度で言い返せないなら初めから文句言うなと言いたいが、ここはこの際飲み込もう。そんな暇なんて無いからな。
「それじゃあ二人の力……見せて貰おうかな!」
蛇の腹を軽く叩けばヨルムンガンドが舌を出す。そのまま丸太の何倍も太い体躯を真っ直ぐと亡霊に突進する。
だがその黒い図体は虚しくすり抜けるだけ。
さっきの重力を食らわせった時と大して変わり映えしないが、少なくとも今は心の余裕からくる冷静さがあった。
――状況を見極める。
こいつは亡霊などではない、ただの光の揺らめきだ。ならその光源が必ずどこかにあるはずだ。
「言葉通りの幻影なら」
ヨルムンガンドの巨体が、この石畳のステージを覆った。
その黒い鱗を照らす一片の明かりが見えた。それはこの階層の隅の天井から発せられて。
「そこだ、キャスパリーグ!」
指差し叫べば鋭い爪が襲い掛かる。切り裂かれたそれが地面に叩きつけられれば亡霊はその姿を消した。
「今度こそ……一件落着かな?」
ようやくここで一息つく。自分の額に手をやれば大量の汗で湿っていた。
そりゃそうか、今回は流石にどっと疲れた。
「ぜんぜん落着じゃない。もうこれ枕じゃなくて寝袋」
「我が名前決めたかった……」
「勘弁して?」
二人の労いの欠片も見当たらない言葉に思わず言い返してしまう。
とりあえず生きてここ出られる事に感謝してもらえないのだろうか。
もらえないでしょうね。
「あ、戻った」
それから大蛇と大きな猫は煙と共に元の大きさに戻ってくれた。
それと同時に階層の最奥の扉が開き、太陽の光に照らされた登り階段が見えてきた。
遺恨と不満は残ったかもしれないが、少なくとも一件落着と言って良いだろう。
「しかし同胞よ、なぜ我等が眷属の真名を知っていたのだ? よもやまさか、生まれ変わり的な……!」
「いやエミリーのメモに書いてあった名前。グリフィード、アインランツェに続いて書いてあったじゃん。決まってたんでしょ?」
不思議な事を聞いてくるエミリーに一応説明をしてみせる。
といっても本人のメモだからなわかってて書いたんだろう。
「グリ? アイン……」
「シバとディアナの召喚獣の名前。メモしてたんだね」
「初耳だぞ」
きょとんとした顔で聞き返してくるエミリー。
「え? だったら何で四匹の名前が」
「コォォォォングラッチレェエエエション!」
メモ帳に書いてあったのと聞きたかったのだが割り込んできた天才ダンジョンマスター。何だ元気だったのか。
「よもやこの天才ダンジョンマスターヴェルナスの迷宮を破るとは……どうやら貴様の名を俺様の胸に刻めばならぬようだな」
「自己紹介してなかったっけ……フェルバン魔法学園召喚科のアルフレッドです。こっちがファリンでそっちがエミリー」
そういえば向こうは嫌という程名乗っていたがこっちは自己紹介もまだだったか。
これは失礼な事をしていたらしい。
「ふっアルフレッドよ……今日より貴様を我が生涯の宿敵と認めよう! 光栄に思うがいい、フハハハハハハハハハ!」
「遠慮します帰ります」
こんなライバル必要ないので出口に向かって歩き出す俺達。
もうここに用事はないからね。
「どうした貴様ら……ダンジョンを攻略したのだぞ、宝箱は開けていかないのか」
と思ったら何ということでしょう残り二人が踵を返すではありませんか。
「パンスーロ」
「牛!」
いや流石にそれは腐るじゃんと思いながらも振り返ってしまう自分が悲しい。
ヴェルナスの言葉通りそこにはいつの間にか大きな宝箱が一つ鎮座している。
「中身もらっていいの?」
「当然だ、ダンジョンマスターはたとえフェルバンのカスどもであろうとも……公正でなければならぬのだから!」
もしかしてこいつそんなに悪い奴でも無いのかと思い始める自分がいた。
肉が入ってるとは思わないが、こんなに大きな宝箱だ少なくとも手土産にはなってくれるだろう。
「夢にまでみたパンスーロビーフカレー」
「クックックッ、お腹すいた」
万が一肉が入ってても腐ってませんようにと願ってから、その蓋に手をかけて。
「開けるよ? ……せーの!」
満面の笑みで開いた俺達の表情が一瞬で曇った。
「ちなみに中身は未実装だ」
無情な事実を突き付けてきたヴェルナス。その一言で、バラバラだった俺達三人の心がようやく一つになった気がしたんだ。
「だが貴様らはこの天才ダンジョンマスターヴェルナスの記念すべき人生初制作のダンジョンを攻略したという栄誉を……既に手に入れたのだ! 誇れ! 敬え! そして俺様を……讃えよおっ!」
もはや誰も聞いていない、聞く気なんて微塵もない。
二人は怨念の籠った視線を高笑いする変態に向ける。しかしこの居心地の悪さに気づかないとはある意味天才なのかもしれないな。
「行こう枕……ううん、ヨルムンガンド」
「我が眷属キャスパリーグよ、古の盟約に従いその身を捧げ」
二人が召喚魔法を使えば、それぞれの召喚獣が本来の姿を取り戻す。今度は幻影なんかじゃない、天才ダンジョンマスターヴェルナスに牙を剥く。
「あの煩いのを」
「あの憎き宿敵を」
巨大な毒蛇の牙と獰猛な黒猫の爪が今、奴の喉元へ襲い掛かる。
「「ぶっ飛ばせ!」」
木霊する二つの声が階層の中に響き渡る。遅れて聞こえてきた声が悲鳴だったという事については、もはや言うまでも無かっただろう。
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