第六話 林間学校≒ダンジョン⑥ ~成程! 蛇の道は蛇にお任せ~

 ――ダンジョン。




 この洞窟とも地下牢ともとれる空間もまた魔法による産物である。


 ダンジョンコアと呼ばれる魔力の源と攻性から召喚までの魔法を組み合わせて作られている人々を惑わす迷宮。


 知識としてそういう物があるとは知っているが、こうやって目の当たりにするのは初めてだった。




 ちょうど教室の倍ほどの広さもある空間は、土の壁と石畳の地面で構成されていた。


 壁側にかけられた松明のおかげで少し明るいが、遠くまで見通せるほどの明るさは無い。


 帰り道が閉ざされた今、奥へ進む以外の選択肢は無いのだけれど。


「我がマルフォーネル魔法学園は貴様らフェルバンとは違い常に新たなる時代の魔法を模索している学園であってな、貴様らのような古い魔法の分類になど囚われておらんのだ。そしてさらに先進的な事に新入生は一週間ここで研修を行い互いの絆を深め合う……どうだこの発想、脳みそが化石のような貴様らフェルバンの連中にはできないだろう? だがこのダンジョンマスター・ヴェルナス、どうやら大賢者アルフレッドをもしのぐ天才であったようでな。この完璧なダンジョンを作成したものの作った自身すら出られないとは……クックックッ、己の才能が恐ろしいとはまさにこのことよっ!」

「待って誰も何にも聞いてないんだけど」


 急に語りだした怖いわこの人。


「貴様ら凡夫の期待に応えるのも天才の努めと知らぬか? ノブレスオブリージュの精神すら息づいていないとはフェルバンの底が知れるわ」

「この人何言ってんだろうね」

「そもそもいつから出れなくなったかが疑問。研修が一週間だから」


 一応話を聞いていたファリンが指折り日付を数え始める。


 えーっとこのヴェルナスが入学初日から来ているとして、今日の日付を考えると……あれ、この人どれだけここに閉じ込められていたんだ?


「ん? 今日は四月十日ではないのか?」

「いや二十日だけど」


 一瞬誰もが言葉を呑んだ。


 何この人十日もこんな空間に一人でいたの。


「ハーッハッハッハッハ! カレンダーすら読めぬとは愚かさここに極まれりぃっ!」

「ねぇこの人やばくない?」


 色んな意味で。


「フッフッフ……魔王エルゼクスの生まれ変わりたる我を前にすればこの程度のダンジョン散歩にもならぬわ」

「あれえっ、エミリーなんでノリノリ?」


 冷めた態度の俺とファリンと違って、エミリーはまたカッコいいポーズを取り始める。まぁこういうの好きそうだもんね君。


「ならばそのビッグマウスに相応しくダンジョンを攻略してみせよ! ノーヒントでなぁ!」

「造作もない、行くぞ我が同胞よ……ぅぉぉぉぉおおおおおおっ!」


 発破をかけるヴェルナスに、走り出すエミリー。


 ……あれぇこの光景どこかで見たことあるぞ。




「うわあああああああぁぁぁぁぁ……」




 はい本日二回目の落とし穴。そのまま遠くなる声は空しくダンジョンに木霊した。


「とりあえず……解説してもらえる? そのノブレス何とかに則って」


 まぁノーヒントは無理だよね流石に。


「よかろう、ここは全三階層中随一の難所である……罠だらけのテーマパーク! その名も……愛WANA★ビー罠!」

「名前は聞いてないです」

「蜘蛛の巣のように張り巡らせた数々の罠を抜けて通るには特定のルートを通らなければならない! 一度間違えれば奈落の底に……ズドン! フハハハハッ! 恐ろしかろう!」


 まぁそれは今見てたから知ってるけど、一応確認だけしておこう。


「エミリーはその、無事だよね?」

「安心しろ、ダンジョンマスターに殺人の趣味はない……各階層を抜ければ再び合間見えようぞ」


 それは良かった、流石に死人は笑えない。


「じゃあ簡単だな、作った人がいるんだし正しい順番覚えてるんでしょ?」


 正しい順序。


 改めて床を確認すれば、なるほどチェス盤のように四角い石畳が敷き詰められている。


 正しい床を踏まなければ、落とし穴やら何やらの餌食になってしまうわけか。


「ハン、誰にものを聞いているつもりだフェルバンのウスノロどもよ……この言葉を胸に刻め!」


 勿体ぶってカッコいいポーズを取るヴェルナス。




「天才は……過去を振り返らないッ!」




 言い直すヴェルナス。


「過去を振り返らないッ!」




 つまり忘れたんですね、全く役に立たないのかなこいつ。


「じゃあヒントは? こうさ、物語だとこの順番でーみたいな事どこかに書いてたりするでしょ」


 定番の奴ね北へ何歩とか南のナンチャラとか、あるんでしょ本物のダンジョンに。


「もしかして貴様……」


 ヴェルナスが俺の肩をポンと叩く。お、褒められるのかな俺。




「物語と現実のつかないタイプか!」

「お前が言うなッ!」




 思わずその手を振り払う。


 自分でも信じられないぐらい大きな声が出たのは苛立ちのせいだろう。


「まあ慌てるな、こんな事もあろうかと正解のルートにはわかりやすくチーズの欠片を置いておいたのだ」

「そういうの聞きたかったんだけど……まぁいいや、最初のチーズの欠片は?」


 ようやく有益な情報を聞き出せて安堵する。これでこの階層を抜けられる。


「フッ昨日食べたに決まっているだろう」

「ウォウアアアアアッ!」


 俺は思わず叫んでいた。


 そのまま力の限りヴェルナスを突き飛ばしていた。ちゃんと間違ったところに着いてくれたのか、落とし穴が作動する。


「また早まるな貴様この階層をダンジョンマスターの協力なしで攻略することがどれだけ難しいかぁああああああ……」


 遠くなるその声に、ようやく胸を撫で下ろす。


「しまった、つい突き落としてしまった」


 いや何安心してるんだ俺、ついやってしまったじゃないか。


「仕方なかった」

「ありがとファリン……裁判の時もそう言ってね」


 しかしこれで、ダンジョンを抜ける方法がわからなくなってしまった。




 ……本当にどうしようかな。




「諦めるのが早い。ここは私に任せてほしい」


 と、ここで冷静だったファリンが一歩踏み出す。


 控えめな胸を張って、自信満々に鼻を鳴らす。


 そして魔法を発動させる。五芒星を描くとなれば、ご存じ我らが召喚魔法。


「召喚……枕!」


 うん、枕? 


 という疑問を押しのけて出てきたのは彼女の召喚獣である黒いヘビだ。


「もう一回名前言って?」

「枕」


 それは用途だよね。


「あとで別の名前つけようか……それでダンジョン攻略とどんな関係が?」


 流石にあんまりなので命名式についてはおいおい行うとして、この召喚獣で何をするのだろう。


「ヘビの嗅覚は人間の何万倍と言われている……アルフレッドもっと勉強して」

「ごめんなさい」


 また怒られた。


「いけ枕……チーズの匂いを辿れ!」


 枕がチーズの匂いみたいで嫌な発言だったが、それでもヘビは舌をチョロチョロと出して少しづつ前進していく。


 そしてその後を抜き足差し足付いていく俺とファリン。


 ……あれだな、罠が発動しないと地味なんだなダンジョンって。


「よし到着っと」


 あっさり第一階層攻略。種が分かれば簡単だなこれ。


「勝利の後はいつも虚しい」


 まぁ俺達大して何にもしてないけど。


 で、出口の扉とその横に怪しげなレバーがあった。


 そいつを思い切り動かせば、ゴゴゴと轟音を立てれば下へと続く扉が開かれた。


「じゃ、第二階層行きますか」


 次も簡単だったら良いんだけどなんて願いながら、続く階段を下りていく。


 それにしてもこんなダンジョン、何のためにあるんだろう。

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