第六話 林間学校≒ダンジョン⑤ ~登場! ダンジョンマスター~

「いいエミリー、縄投げるよ?」

「エミリーではない、魔王エルゼクスの生まれ変わりだ!」

「本人生きてるっての……行くよー」


 穴は予想以上に大きかったが、中を覗く限り手持ちのロープで足りるほどの深さだったのでエミリーに向かって縄を放り投げる。


 うん、縄に伝わる感触からして掴んでくれたみたいだな。


「ごめんねファリン付き合わせて」

「パンスーロ牛……」

「諦めて」


 謝罪の言葉を口にすれば、聞こえてくるのは呪詛の如く。


 気を取り直してロープを握り、二人で一人を引き上げよう。


「んじゃ引っ張るよ、せーのっ」




 ――さてここで言い訳しよう。


 どうして二人で引っ張ってるのに二人とも落とし穴に落ちたかという理屈について。




 人間は重いものを引っ張ろうとすると一旦ちょっとだけ前に出す習性があるんだ。


 反動をつけたいからね。


「ヒッ、ムカデぇっ!?」


 そして運の悪いことに、エミリーがロープを握りしめたままどうやらムカデに襲われたらしい。


 もしかしたら足元を通りかかっただけかもしれないし、顔に飛びついて来たかもしれない。


 最後に重力という奴は、もちろん下に向かって働いている。


 この三つが組み合わさるとどうなるか。




 {(こういう時に他の人に助けを呼ばなかったバカ+牛肉の事で意気消沈しているバカ)/虫が苦手なくせに森に来たバカ}×重力=見え見えの落とし穴に仲良く全員落下




 となる。試験にはまぁ出ないだろうな。


「……二人とも大丈夫?」


 強く打った尻をさすりながら出て来た言葉は、思いのほか冷静なものだった。


 ちょうど大人2人から3人ぐらいの高さの落とし穴は、ちょっと頑張れば登れそうだったから。


「ムカッ、ムカデ取ってええっ!」


 エミリーのローブの裾についたムカデを取ってじっと見つめる。


 こいつのせいでと一瞬思ったが、よく考えれば悪いのはエミリーなのでそのまま流す。


「パンスーロ牛……」


 ファリンは虚ろな目で呟く。


 もう諦めたほうがいいと思うんだ、落とし穴の先に牛がいるなんて都合のいい妄想は。


「ここから助け呼んだら来るかな」


 落とし穴の入り口を見上げながらため息を一つ漏らす。


 幸い炊事場とはそこまで距離が離れてないから、三人で力いっぱい叫び続ければ誰か来てくれるだろう。




 ――等という甘い考えは速攻で打ち砕かれた。




「あっ」


 間抜けな声が漏れる。


 何ということでしょう、光差し込む天井がどんどん閉じていくではありませんか。


「これ……不味くない?」


 あっという間とはまさにこの事、帰り道はもう塞がれて万事休す絶体絶命。


 その代わりと言っては何だが、落とし穴の奥へと続く道が景気の良い高笑いと共に開かれた。


「フフフフフ……ハーッハッハ!」


 そこにいたのは一人の男だった。白いローブを身にまとい、海のように青い長髪をなびかせたそこにいた。


「誰!?」


 そう尋ねれば男は何度かカッコいいと本人が思っているのであろうダサいポーズを何度かとって、その名前を高らかに叫ぶ。




「我が名は……ダンジョンマスター・ヴェルナス!」

「だから誰だよ!?」


 知らない人だった。




「貴様らはこの魔法の歴史を百年進める天才ダンジョンマスターの作った最強無敵絶対防衛ダンジョンの餌食となるのだ! クックックック……フッフッフッ、ハーッハッハッハッハ!」


 男は俺の質問を意に介さず、長々と自分語りを続ける。


 この人あれだなエミリーとは微妙に違うタイプの酔い方してるね、泥酔の原因は主に自分かな。


「あのここから出たいんだけど」


 ようやく男が、ダンジョンマスターヴェルナスとかいう変態っぽい人がこっちを見てくれた。


「ややっ、その制服は……憎きフェルバン魔法学園か! 丁度いい、百年にも続く我がマルフォーネル魔法学園の因縁を晴らさせて貰おうか! うおおおおおおおっ!」


 どうやら同じ学生らしいと少し安心したところで変態が襲い掛かってきた。


「うるさい」

「いたっ、石を投げるな!」


 のでファリンが手ごろな石ころを投げて応戦する。


 うーん結構良いダメージ入ったみたいだな物理攻撃には弱いみたいだ。


「あのさ」

「くっ、投石とはカビ臭いアルフレッドの魔法にとらわれたフェルバンの奴らしいではないか! だが屈さぬぞ我が名はダンジョンマスター……ヴェルナス! この難攻不落のダンジョンを果たして貴様らは抜けられるかな!」


 この聞くに堪えない騒音のような情報を整理したところ、どうやらこの落とし穴を作ったのはこいつらしい。


 そしてフェルバン魔法学園と因縁のあるマルフォーネル魔法学園の生徒のヴェルナスさん。


 そんな学校もあるんだな、自分はフェルバン一本だったからなぁ……じゃなくて。


「つまりあの妙な看板を作ったのはお前で、この落とし穴はダンジョンとやらの入り口?」

「ようやく理解したようだな」


 疑問を投げかければ肯定が返ってきた。


 この男の背中に続いている空間はなるほどダンジョンという名前なのか。迷宮って認識で良いのだろうか。


「じゃあ何でそのダンジョンマスターが入り口にいるの?」

「このダンジョンは難攻不落……そう、まさしく」


 妖しく笑うヴェルナスは天高く拳を突き上げ、そして高らかに宣言する。




「作った本人も出れない程になぁ!」




 ダンジョンマスターの称号をさっさと返上すべき、ろくでもない現状を。

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