最終話 大賢者を名乗った日⑨ ~ただいま~

 ――ソレに名前はない。




 けれど似たようなものはいくつもある。


 終焉、混沌、破滅などなど。大賢者アルフレッドが記憶と記録をすり減らしてなお倒した世界の終わりそのものだ。


「ひっ」


 クロードが青ざめた顔をして、少女のような悲鳴を漏らす。


 当然だ、それは人間が直視すれば正気を失うような風貌をしていた。無数の目に無限の触手。


 ところどころ開かれた暗黒は光を飲み込み、空間に無様な隙間を作る。


「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!」


 何度も禁呪を使い、時間を戻そうとするクロード。


 けれど無駄だ、それが肥大化していくだけだ。


「いや効かないっての」


 効くわけがない。そもそもこれは、禁呪によって巻き戻された時間の集合体だ。


 時間のごみ箱みたいなものか。ちゃんとお片付けできないから、魔法があるってのに全くもう。


 で、こいつの行動原理だけど、全ての生物を滅ぼすという単純明快な物。


 そんな大言壮語を実行できる力があるのだから、これは多分神様の一つなんだろう。


 よく絵画に描かれるヒゲの生えた爺じゃないけどさ。


「よーしいけ、あの二人にお仕置きだ!」


 おびえるクロードとマリオンを指差しそう命ずる。


 ……が、動かない。


 無数の目でこっちを見ている。うーん600年見続けたけど慣れないなそれ。


「なぁアル、一応それお前の召還獣って事になるのか?」

「一応そうなるね」


 倒したけど放置も出来ないので、召喚獣にしました。


 問題の先送りな気もするが、禁呪がこの世から消えた今、まぁ馬鹿二人が目の前でバカスカ使ってたけど気にしなくたっていいだろう。


「だったら名前ぐらい欲しいんじゃないのか、何考えてるかわからねぇけど」

「名前かぁ、エルいい案ある?」

「……クソキモ積年の恨み綿菓子」

「却下」


 見た目と事情はまぁそうだけどな。


「仕方ないほかにつけてくれそうなのは……エミリー、なんかメモ帳に良いのない?」

「ひっ、えっ、私!?」


 そういえばエミリーがメモ帳にびっしり名前候補を書いていた事を思い出し一応聞いてみた。


 めっちゃ怯えたわごめんなさい。


「いや無理ならいいんだ」

「ク、クククまさしく世界の終末の前夜を絵に描いたような風貌……イヴ・ワールドエンドあたりで簡便してください」

「じゃそれで……」


 そう言い残して気絶するエミリー。うん、悪くないなイヴ・ワールドエンドで行こう。強そうだし。


「よしイヴ・ワールドエンド。そこの不届きもの二人を」


 怯えるクロードとマリオン。もはや大賢者になるという野望もそれ改めこれを倒すような気概は無いだろうけど。


 自分のやったことの責任ぐらいは、せめて取ってもらおうじゃないか。


「懲らしめてやりなさい!」







 ――勝負になどなる筈も無かった。




 そりゃそうだ、禁呪の本体みたいなもので虎の子の時間操作もコイツには効かない。


 だから魔法を作ったんだけど、まぁ精神喰われて廃人になった二人には一生知る由も無い事実だろう。


「よーし、もう戻って良いぞイヴ」


 そう言うとイヴは霧散して消えていった。うん流石にちょっと強すぎるなこれ使わないでおこうか。


 と心に決めた途端、ぐらっと視界が揺れて倒れる。


 冷たい教室の床に倒れれば、いつの間にか壁どころか校舎の殆どが壊れていて青い空がよく見えた。


「あー疲れた」


 出てきた言葉は平凡そのもの。


 ちょうどフェルバン魔法学園Fランクが言いそうな台詞で思わず自分でにやけてしまう。


「なぁアル」

「どしたの?」


 俺の顔をのぞき込んで、満面の笑みを浮かべるエル。


 それから彼女はこんな俺に、真っ直ぐと右手を差し出したから。




「おかえり」


 600年ぶりの再会なのか、数分ぶりのそれなのかはわからない。


「……ただいま」


 けれど握り返したその温かさを、俺はきっと忘れない。




「全く一時はどうなるかと思いましたよ」

「いやいや、さすがにマイフレンドが死んだときは肝を冷やしたね」

「ク、ククク……帰りたい」

「ぐっじょぶ、アルフレッド」


 仲間達もそれぞれの言葉を投げかけてくれる。


 しかし逞しいクラスメイト達だ、人が死んで生き返ってのにこの反応、どうやら魔法の未来はそれなりに明るいらしい。


「ああみんなお疲れ様……ごめんねなんか、怖い思いさせたみたいで」

「いえ平気で……はないですね。でもこれにて一件落着なのは間違いなしですね!」


 ぱんと両手を叩くディアナ。しかしその頭にごつんと。


 出席簿を乗せる女性が一人。


「んな訳ないだろファンタスティック馬鹿共が」

「あ、ライラ先生」

「お前なぁ、どうすんだよこの惨状……校舎はメチャクチャでクロードとマリオンは廃人になってるし、お前ちょっと説明しろ」

「それはその……」


 反省文で何とかなりませんかね、と言いかけたけれどやめた。


 どうやらこの事情を一番よくわかってらっしゃるお方がトコトコ歩いてやって来るのだ。




 四本足で。犬だからね。


「ライラ先生、その役割は私に任せてもらえませんか?」




 学園長。しかしてその実態は、大賢者アルフレッドの相棒だ。


 何の? そりゃこいつシェパードだもん、羊追ってたに決まってるでしょ。


「……よっ相棒。元気にしてた?」

「アルフレッド様もお変わりなく」


 しかし普通にしゃべるなコイツ、600年でどうやら犬も進化したらしい。


「あのライラ先生……犬が喋っているのですが」

「学園長だから喋るに決まってるだろ。どうやって学校運営するんだ」


 ごもっともで。


「ていうかなに? 犬のくせに600年生きてるわけ? どういう原理なんだよ全く」

「なぁにあなたと一緒ですよ。叡智の欠片から記憶を集めて、自分で自分を召還してるんです。なにせ私のご主人様と来たら、いつ帰ってくるかわからない人ですから」


 嫌味を言う相棒。はいはい私が悪かったですよ。


「ああ、悪かったよ遅れてさ」

「構いませんよ。それよりどうですかこの学校は」

「そうだな、なんというか……立派過ぎてびっくりだよ。もっと犬小屋に毛が生えたような奴だと思ってた」


 しかし校庭の木があの木で、ここがあのド田舎だとは時代は変わるものだ。


「けれど一人でやったんじゃないんだろう? それを学園長だなんてデカい面するのはどうかと思うな」

「何のことですか?」


 けど流石にさ、犬一匹じゃ無理だよなこれ。具体的にはこっちの事情に明るくて、組織運営に長けていて、600年ぐらい長生きしても何ら不思議じゃない生物が。


「言っても良いんだぞ? 四人……じゃなくて四匹の名前」


 グリフィード、アインランツェ、ヨルムンガンド、キャスパリーグ。


 かつて共に戦った魔王軍四天王あたりが妥当だろう。その証拠にこいつらときたら、小鳥とか仔馬とか蛇とか子猫とかに姿を変えてしれっと召喚獣なんてやっちゃってさ。


 しかも俺が今こっち見たら、全員目を向けるのな。新手のいじめだろうこれは。


「まったく、相変わらず性格が悪い」

「でさ、相棒。一つだけ気になったんだけど」

「何ですかな?」


 で、もう一個聞いておきたい事がある。


「ちょうど五人が最低点数で合格なんて都合のいいこと、本当にあるわけ?」


 ……都合が良すぎる。


 Fランクがたまたま五人で召喚獣がエルと魔王軍四天王。うん流石にFランクの俺でもね、おかしいなって気づくよね。




「……ワンッ!」


 あ、犬のふりして全速力で逃げやがった。




「あ、逃げたぞ追うぞ皆! 俺達本当はFランクじゃなかったみたいだぞ捕まえて吐かせろ!」


 無理やり立ち上がって叫んで、去っていく子犬を指さす。


「ってあれ?」


 けれど誰も追いかけない。それどころか笑っている。




「いや、別にわたしはこのままでいいかなーって」

「僕もディアナと同じ意見だね。この学校にここ以上のクラスはないだろう?」

「そのとおり、さすがに今更」

「ククク……なんで皆そんな冷静なの」


 どうやら彼らには、もうランクなんてどうでもいいようだ。


 ま、それは俺もそうか。


「ま、そういうことだアル」


 エルが俺の肩に手を乗せ、満面の笑みを浮かべる。


 俺もつられて笑えば、これにて世界は一件落着。


「これからもよろし」

「ようしそうと決まれば今日は我が家でパーティでもしようじゃないか! 楽しみにしたまえ皆、今日という今日は本当のカレーを馳走しようではないか」


 あ、はい打ち上げですね今日。


「あ、じゃあわたしお菓子買って行きますね」

「実験でできた朝まで楽しく遊べる薬持ってく」

「フハハハハ……そういうのやめよう?」


 というわけで俺達は進んで行く。


 顔だけ振り返って、不貞腐れたエルを見る。


「どうしたのエル、来ないの?」

「オレもまぜろよーっ!」


 進んで行く、歩いていく。昨日の事は曖昧で、今日はひどい一日だけど。


 大丈夫、そう自分に言い聞かせなくたって。


 肩を並べる隣の誰かが、名にも気取らず教えてくれる。






 大丈夫。


 何があってもこの足は。





 笑える明日に向かっているから。

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