最終話 大賢者を名乗った日⑧ ~アルフレッド~
「じゃあ行ってくるよ。最後の戦いにさ」
俺は、いや彼は行く。
禁呪の果てに現われた、世界の終わりを止めるために。
たった一人で笑いながら。大丈夫だと嘯きながら。
――なんて格好良く終われる俺じゃない。
「いてててて! 噛むなよお前は!?」
いざゆかん決戦の地へとキメていたのに思い切り足にかみついてくる相棒。
いや普通怪我させないでしょこれから戦いに行く飼い主に。
「わかった、わかったよ……死なないから、帰ってくるから!」
それでようやく離れる相棒。
と思ったらじっとこっちを見つめてワンとすら泣きやしない。
「え、証拠出せ? ったく、ちょっと見ないうちに世間慣れしやがってお前は……犬小屋も立派になってるしなんか貢物の数すげぇし。豪邸でも建てる気か?」
大賢者アルフレッド生誕の地、もとい相棒のボロい犬小屋はもはや俺の実家より立派になっていて各国から送られてきた何やかんやがうずたかく積まれていた。
犬だぞこいつ、よく送り付けたよ馬鹿かよ。
「ま、いいや……ほらよ証拠。まぁどっちかというと担保だけどさ……いいだろそのペンダント、格好良かったから魔王城から貰って来たんだ。エルには言うなよ」
とりあえず手持ちの物でつけていた装飾品を相棒に渡す。
と思ったらその担保を穴掘って木の下に埋めやがって。多分高いんだぞそれ。
「学校作る? 魔法の学校ねぇ……ま、それは面白そうだな」
わんわんと吠える相棒はそんな事を言い出した。
確かにこれだけ貢物や金銀財宝があるんだから学校ぐらい出来るか。冗談みたいな規模になりそうだけどな。
「よし相棒、じゃあこうしようか。お前が作る学校にいつか必ず遊びに行くから、その時にそいつ返してくれ」
――約束をした。
出来る出来ないじゃない、果たさなければならないものを。
「馬鹿、教師としてじゃないっての。そんなことしたら意味ないし、俺はお前が作った学校が見たいんだよ」
いつかそんな日を思う。はい先生、何で犬が学校作ったんですかってとぼけたような顔をして質問するような未来の事を。
それは大賢者として祭り上げられるより、よっぽど自分らしい気がした。
アホ面下げてヘラヘラ笑って、適当に授業はサボって。出来ればエルや、ほかの皆が一緒がいい。多分毎日楽しいだろう。
「だからまぁその時はさ、生徒として学びに行くよ……色んなことをさ」
そうして俺は戦いに行く。
大丈夫、そう自分に言い聞かせる。けれどその足取りはずっと軽くなっていた。
大丈夫。
何があってもこの足は。
思い出す。
自分が何をしてきたのか。
思い出せ。
自分がここにいる意味を。
死んだ、俺が?
冗談だろう、たかが首が消えただけで?
それは折り込み済みだったはずだ。あんな化け物と戦うために、なんの手立ても用意しなかった俺じゃない。
叡智の欠片、記憶の欠片。
本当の役割を今果たす。
刻んだ記録に残した記憶。それが肉体を形成する。
大丈夫、心はまだ折れちゃいない。
出来もしない約束が、いつか描いた夢物語が、今ここにいる仲間達が、たどり着いたこの場所が。
きっと、自分自身だから。
「そんな道理……通るわけないでしょ、クロード先生」
ゆっくりと立ち上がり、首をゴキゴキと鳴らしてやる。
あー痛かった、首が吹っ飛ぶなんて死に方、この600年で何回あったっけ。
100? 200か?
ま、いいや慣れてるしそれぐらい。
「は」
面喰らった顔を浮かべるクロード先生。って別に先生でも何でもないのか今は。
ま、いいやとりあえず首が吹っ飛んだお返しに。
「ひっさぁつ! 右ストレートォ!」
その耽美な顔面めがけて小汚い拳をお見舞いしてやる。
思いっきり吹っ飛んでくれたのは良かったが、力加減を間違えたのか反動で右腕がバキバキに折れる。
「何で、生きて」
あー痛いなこれ、うん直すか。
回収した叡智の欠片から俺の右腕の記録を呼び出しはい召喚。
うーん元通り、よく思いついたな当時の俺、かなりズルいぞこのやり方。
「決まってるだろそんなの。それはその」
一応クロードの言葉に答えよう、と思うのだがなかなか良い言葉が思いつかなくて首をひねる。
数秒して出てきた答えは、自分で言うのは恥ずかしいけど。
「俺がだ、だいたい……大賢者的なアレだからだ」
残念な事に一番わかりやすい答えがこれだった。嫌だね背中が痒くなっちゃう。
「声ちいせぇぞアル!」
間髪入れずに茶々を入れてくるエル。
やだよこんなの大声で言うような事じゃ無い。
――ああでも、この男には一個訂正してやらないとな。
「ま、大賢者がとうとか置いておいて……悪いけどあんたがやろうとしてることって実は無意味なんだよね」
「は、何を」
ぽかんと口を開けるクロード。いや言葉通りの意味です。
「だからさ、倒しちゃったんだよもう。いやぁさすがに大変だったね。何せ600年戦いっぱなしだったんだから」
禁呪の果てに現れた世界の終わり。無事倒しました。
誰が? それはもちろん。
――昔々この世界に、アルフレッドという青年がいた。
神々の如き力を用いて世界の支配者たる魔王を封印した彼を、誰もが大賢者と呼んだ。
「馬鹿な……お前如きが本物の大賢者だとでもいうのか!?」
狼狽する男の問いに俺はただ静かに答える。
「俺が……自分が何かなんてまだわからないけどさ」
記憶はまだちぐはぐで、嘘か真か判断できない。
だけど、やるべきことはわかる。
仲間達が傷ついた。それだけでこの力を振るうだけの理由になる。
「俺はなるよ、エルや皆を助けるためなら」
おこがましいのは分かっている。この世の魔法の始祖を名乗るなど、分不相応甚だしい。
「俺が今から……大賢者だ」
けれど、誓った。
いつか誰もがそうしたように、輝く星に手を伸ばす。天の星の軌跡をなぞり、描く形は五芒星。
「馬鹿な、今更召喚魔法如きで何ができる!」
「何だあんた、大賢者になろうって癖にそんな事も知らないのか」
大賢者が後世の人々に残した六つの魔法。
攻性、治癒、錬金、増強、凋落、召喚。その中でも召喚魔法は長い間、役立たずの愚者の魔法と謳われた。
「だったら見せてやろうじゃないか……こんなこともできるんだって」
けれど、違う。
これは他の五つのような、失敗作とは別物だ。
伸ばしたに右手にありったけの魔力を込め、声の限り叫んでやる。
「――召喚!」
ソレをこの世に、喚び出す為に。
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