最終話 大賢者を名乗った日⑦ ~成すべき事~

「というわけさ、最後の授業は楽しかったかい?」


 クロードの言葉はそこで終わりだ。


 何も間違いなんてない、伝わっていない歴史の続き。叡智の欠片にでも残っていたのを盗み見たのだろう、得意げな顔が少し腹立つ。


「何で……」


 ため息をつくエル。


 彼女にとってその事実は、そうせざるを得ない物だった。




「何でアルはオレを置いてったんだろうな」




 自嘲するよう彼女は呟く。肩を並べていた大賢者に置いていかれた事を悔やむ。


「決まっているだろう? 勝てないってわかっていたのさ……でも僕は違う」


 また拳を握るクロード先生。


「僕は勝つよ。大賢者アルフレッドが勝てなかったあの存在に、必ず勝って僕が新たな大賢者になる」


 その志は、多分間違いなんかじゃない。


 大賢者の残した宿題を片付けようという気概は褒められるべきものだ。


「だから魔王エルゼクス……君も手伝ってくれないかな? そうしたら愛しのアルフレッド君は無傷で生き返らせようじゃないか」

「禁呪でか?」

「ご名答。あと少しでアレが向こうから来てくれそうなんだよね」


 ああもう、そんなとこまで来ていたのか。


「悪い話じゃないよね?」


 その言葉にエルはただ黙っている。




 だから。


「……ふざけないでください!」


 声を荒げて、激怒したのはディアナだった。




「新しい大賢者とかあの存在とか、さっきから何の話か知りませんけど! 頼み事があるなら素直に頭を下げればいいじゃないですか! 一人じゃできないなら頼ればいいじゃないですか!」


 彼女の言葉が、たまらなく嬉しかった。


 事情なんて知らなくたって、間違っていると言える勇気が。


「アル君をそんな風にする理由が……一体どこにあるんですか!」

「理由と言ってもね……魔王様にすんなりとご協力いただくにはこれが一番効率が良いんだけどな」


 クロード先生に悲痛なディアナの言葉は届かない。やれやれと言わんばかりに首を振って、エルにもう一度だけ尋ねる。


「で、魔王様。ご返事は?」

「お断りだ。人様の記憶を覗いたならわかるだろう? オレ達はな、その胸糞悪い禁呪をぶっ潰すために協力したんだからな」


 エルは即答する。


 ああ良かったと心から安堵する。


「交渉決裂だね」

「ああそうだな。これで……テメェを思う存分ブッ殺せるなぁ!」


 床を蹴り、そのままクロードに向け一直線と進む魔王。


 けれどその拳が届くはずもない。

 

「マリオン君」

「はいはい」


 巻き戻される時間。彼女の突進は今無かった事にされた。


「あのねぇ魔王様、結局禁呪の破り方って編み出さなかっただろう? 全く中途半端というかお粗末というか。これでよく恥ずかしげもなく大賢者なんて名乗っていたよね」

「……違う」


 歯ぎしり交じりにエルがそう言う。


「アイツがそう名乗る時は、いつだって照れ臭そうだった」


 覚えている、あまりに突拍子のない称号に背中が痒くなった日の事を。


「思い出話かい?」

「違う」

「新たな大賢者なんて真顔で言い張るテメェ如きが……代わりになんかなれねぇんだよ!」


 もう一度突進するエル。それを見てため息をつくクロード。


「感情論は嫌いなんだよなぁ。何の意味があるんだいそれって」


 どうやら彼の眼には、それが勝算のない突撃に見えたらしい。だから禁呪を使って、いとも簡単に時間を戻す。


 彼女は笑う。


 知っていた、伊達に軍を率いて戦っていたわけじゃない。禁呪の弱点、それは禁呪そのものが決定打になり得ない事。


 あくまで時間を戻せるだけ。


 ならやられる前にやるのが鉄則。




 一人じゃ勝てない、当然だ。だけどもう一つ当然なのは。




 戦い続けたのは、俺と彼女だけじゃなかったという事だった。




「それは残念ですね。僕は愛のためにここにいるのだから。あなたから学ぶべき事は……何一つありやしない!」


 シヴァがそう叫べば、呼応するようにグリフィードが風を起こす。


 顔をしかめ時間を戻す。なら。


「たしかに感情論は嫌い。けどあなたはムカつく……絶対に許さない」


 ファリンの声に従い、ヨルムンガンドが床を突き破る。


 その毒牙がクロードの首筋に当たる直前に、時間をまた戻される。


 まだだ。


「クククク、ハーッハッハッ! 貴様のような度量の狭い人間が大賢者だと!? 笑わせるな! その称号は! 我が盟友にこそ相応しい!」


 天井に張り付いていたキャスパリーグが、エミリーを乗せその爪で襲い掛かる。戻される。


 だったら。


「昔の事なんて知らない……でも、だからわかるんです。あなたという人は、私達落ちこぼれ以下のひどい人だって!」


 ディアナが叫んだ。嘶きもせず突進したアインランツェの角が、クロードの胸を貫く。




 ――勝った。


 そう確信したエルが、口元を綻ばせる。けれど敵は一人じゃない、マリオンが無慈悲に禁呪を使う。


「困るんだよなぁ」


 頭を掻くクロードが、苛立ちながら言葉を続ける。


「お遊戯は……学園祭にでも披露してくれないと!」


 同時に放たれる無数の攻勢魔法。


 エルやクラスメイト達めがけて放たれたそれは、無慈悲にも彼らを襲った。


「ああもう、じゃあこうしようか魔王様。ここにいる連中を皆殺しにする。生き返らせて欲しければ、さっさと僕の下につけ。これで良いかい?」


 魔法を発動させるクロードには交渉する気などない。


 ただ自分を苛立たせた彼らを殺したいようにしか見えなかった。




 ――何をしているんだ、俺は。


 いつまで高みの見物をしているつもりだ?




 俺のやるべき事なんて、成すべき事はずっと昔から。




 600年も前に決めていた筈なのに。

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