最終話 大賢者を名乗った日⑥ ~大賢者の最期~

 ――彼の、いや俺の立てた計画は順調に進んでいた。




 魔王軍に協力し、人類を劣勢に陥らせる。そこで俺が魔法という餌を引っさげて人類側に現れ、そいつをさっさと普及させる。


 戦局ごとに行われた自作自演は功を奏し、もはや魔法は人類側にとって無くてはならないものとなった。


 そして代わりに、姿を消した物があった。


「なんだよアル……もう飲まないのかぁ?」

「エル、いくらなんでも飲みすぎじゃないかな」

「ぶぅぁか何言ってんだよお前は! 今日飲まないってんならいつ飲むんだよ!」


 祝勝会、ではなかった。


 魔族と人類の争いに、勝利したのは人類だ。それでも彼女は上機嫌で、魔王軍の皆も和気藹々としていた。


「本当、ありがとなアル。お前がいなけりゃオレ達はさ……」


 魔王軍は劣勢だった。


 数で劣る彼らに勝機など微塵もなかった。そして何より人類には、魔法よりも強大な力があった。




 禁呪。


 時間を操作するという、人智を超えた神の領域。




 魔族にとって、いや全ての生物にとってそれはあまりにも危険すぎる物だった。


 それを知らなかったのは、おそらく人類だけだろう。


 だから彼女達はこんな俺に協力をしてくれた。


「エル少し休んだら?」

「なんでだよ」

「いや、いつもより随分しおらしいなって」

「バカお前、嫁のそういう態度をからかうなよ」


 夜空の下二人で笑う。


 最低の勝利ではなく、最高の敗北を。


 大賢者アルフレッドと魔法により、魔王エルゼクスは倒されたという筋書きだけが、この戦争の結末だった。


 それでいい。それが俺の望みだった。




 けれど本当は、もうソレが迫っていた。


 時間なんて、もう無かった。




「さむっ」


 わざとらしく体を震わせ、仰々しい言葉を吐く。


「だらしねぇなぁ」

「まぁ積もる話は所用を足してからがいいかなと」

「便所か?」

「お花摘んでくる」


 冗談を口にする。辛口のはずなのに今はそれが随分重い。


「すぐ戻るんだろう? まだアレとの決着はついちゃいないんだからな……頼んだぜ」


 その言葉に息がつまる。




 先日の様子見の光景が脳裏を埋め尽くす。駄目だ、勝てない。


 何より彼らを巻き込めない。




 握った拳に血が滲み、表情は凍りつくけど。


 またいつもの自分らしく、ヘラヘラと笑って見せて。


「帰ってくるよ、絶対に」


 できもしない約束を一つだけした。






「ただいま相棒、元気だったか?」


 帰ってきたのはエルが待つ場所じゃない。そこは俺の生まれ故郷で、待っていたのは一匹の犬。


「ここも随分栄えたなぁ……」


 今やこの辺鄙な片田舎は、大賢者アルフレッド生誕の地となっていた。


 彼の魔法を紐解くため、こぞって学者やら文官が大陸中から押し寄せて集まっている。草木の代わりに家が並び、道は石畳で舗装された。


 けれど共に羊を追った相棒と、お気に入りの昼寝の場所だけは変わらずにそこにあった。


「なあ相棒、今日はお前にお別れを言いに来たんだ」


 そう言葉にした瞬間、現実が俺を襲う。


 蓋をしていた恐怖や不安が波のように押し寄せる。


「大丈夫……じゃないんだ。多分俺は負けるけどさ」


 勝ち筋など前やしない。


 これから挑むべきソレは、人一人が叶う相手なんかじゃない。




 だから俺は保険をかけた。




「これをさ、渡しておくから……いつか誰かに渡してくれないかな」


 片膝を折り相棒の前に召喚したのは、俺の記憶を――いや記録というべきか――詰めた赤子の頭ほどの大きな水晶玉だ。


 数は三、念には念を入れてそれぞれ要素を振り分ける。


 それは魔法そのものと呼べるものだが、相棒はそれを見るなり嬉しそうに戯れ始めた。


「玩具じゃないんだけどな……まぁいいか」


 小さな頭を撫でてから、俺はゆっくり立ち上がる。


 居心地の良かった故郷にも、仲間達にも背を向けて。向かう先は一つだけ。


「じゃあ行ってくるよ。最後の戦いにさ」


 俺は、いや彼は行く。禁呪の果てに現われた、世界の終わりを止めるために。




 たった一人で笑いながら。大丈夫だと嘯きながら。

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