最終話 大賢者を名乗った日⑤ ~死~
死。
どんな辞書にも載っているその一文字の体験は、一生に一度しか無いものだろう。
――けれどわかる、俺は死んだ。
音もなく痛みもなく俺の命は終わりを告げた。
不思議な感覚だった。
体の境界は消えて、ただ意識だけが靄のようにその場に漂っていた。
かろうじて残っていた視覚が捉えたのは、頭から上が吹き飛んだ俺の体。
「こんなものか……素質があると言ったって、所詮Fランクだったってことかな」
クロード先生は吐き捨てるようそう呟いた。俺を、人一人を殺害したというのにその様子はあまりにも落ち着き払っていて。
慣れている。
浮かんだ言葉はそれだった。
「あーあ先生、派手にやりましたね」
少し遅れて聞こえてきたのは聞き覚えのある女性の声。
「おいでマリオン」
覚えている、この学校の生徒会長だ。
しかしこの間とは打って変わって、随分とまぁ恋する乙女みたいな顔をしている。
と思ったらクロード先生の頬にキス。
みたいな、じゃなかったようで。
「でも良かったんですかね、叡智の欠片を吸収できる人って珍しいんでしょう? こうなんというか、勿体ないような気がしません?」
爆発されたのは俺の首から上だけじゃなかったようだ。
教室の壁は粉々になり随分と風通しが良くなっている。
「まぁ彼にはまだ利用価値はあるよ。本命は魔王様の方さ」
「へぇ先生、ああいうのが好みだったんですね」
「マリオン、冗談には質の良いものと悪いものがあるけど……それは後者だねどう考えても」
肩を竦めるクロード先生にクスクスと笑うマリオン会長。
――しかしまぁ人の死体の前で談笑デートなんてお洒落なことで。
「前にも言った通り、彼女は必要なんだ。僕らがやろうとしていることには」
拳を握り、じっとそれを彼は見つめる。そんな精悍な横顔をうっとりするような目で見るマリオン会長。
俺の死体の前じゃなければ少しはムードがあるのだろうか。
……ないな、うん。
「アルフレッドを超える。そして僕が……新しい大賢者になるんだ」
ここで明かされるクロード先生の野望。
けどどうでもいいなうん、他所でやってくれれば良いんだけどな。
「ところでこれ、片付けなくても良いんですか」
「ああ、使い道があるからね」
「と言うと?」
クロード先生がにっこり笑えば、廊下を駆ける誰かの足音が近づいてきた。
そして彼女は血相を変えた顔で扉を開け、大声で叫んだのだ。
「あのっ、何か大きな音が!」
一瞬。
彼女が状況を理解するにはそれだけで良かったのだろう。笑う二人に、首の消滅した俺の体。
だから彼女は当然のように腰を抜かし、力なくその場に座り込む。
「やぁディアナ君、ちょうど良かった。君に頼みたい事があるんだ」
平然と、それこそ教師が生徒に頼むように。クロード先生は笑顔で言う。
「魔王様を連れてきてくれないかな?」
わざわざ俺を殺してまで、手にしたかったその名前を。
「魔王様って言ったんだけど……これはちょっと呼びすぎじゃ無いかな?」
わざとらしく。
または芝居掛かった声色でクロード先生はそう答える。
自分で教室の壁をぶち壊して、あとついでに俺を殺しておいてその台詞はないだろう。
教室の前の扉、さっきまでディアナが座り込んでいたその場所で、他の生徒達を押さえるライラ先生が重苦しく口を開く。
「クロード先生……まさかあなたが」
「ライラ先生甘かったですね。せっかくアルフレッド君を退避させたのに、こんな簡単な手で殺させるんだから。いい加減学園長の犬やめたらどうですか?」
「はっ、そう簡単に教鞭を捨てる気にはなりめせんよ。とくに貴方みたいな最悪な形ではね」
「残念、仲良くなれると思っていたのに」
少しだけ事情が漏れる。
あの唐突な林間学校はライラ先生と学園長の作戦だったのだろう。けれど敵が誰か……まぁマリオン会長は置いておいて、そこまでは分からなかったと。
で、答え合わせは最悪の形で行われた。
間抜けな俺の死という答えが。
「魔王様! こっちです、アルくんがアルくんがあっ!」
泣きじゃくって、悲痛な声を上げてなお、エルを連れて来てくれたディアナ。
凄い子だなと思いながらも、原因である俺にそう言える権利は無いような気がしてしまう。
「……テメェ、アルに何しやがった」
意外だったのはエルの対応だった。
言葉も無くクロード先生とマリオンを殺しにかかるような性格だと思っていたが、そうしなかった彼女がいた。
「見てわかるだろう、殺したんだ」
クロード先生は俺の死体の胴を持ち上げ、ふざけた口調で悪趣味な小芝居を始める。
「えーんエルー痛いよー怖いよーここは暗いよー、早く助けておくれよー」
目を背けるディアナに、歯ぎしりをするエル。
冗談が得意な方では無いが、まさか死体になってもつまらないとはね俺。
「……何が望みだ」
「話が早くて助かるね。僕はね魔王様……新たな大賢者になるんだ。だから元大賢者アルフレッドの宿題を片付けなくちゃあならない」
ーー宿題。
その言葉に無い筈の胸が鳴る。
「その顔、魔王様は知らないようだね。いいよ教えてあげるよ、教師としての最後の仕事だ」
ああ、そうだとも。
600年前にやり残したことが、たった一つだけ残っている。
「大賢者アルフレッドの最期を」
けれど、それは。
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