最終話 大賢者を名乗った日④ ~敗北の先~
走馬灯のように繰り返す。
見慣れぬ風景と懐かしい光景が混在し、ただぐるぐると回り続ける。
一夜にして何度も何度も繰り返される景色は、いつもそこで終わっていた。
――何も無かった。虚無と呼ぶにふさわしい空間の中、自分はぽつんと立っている。
共に歩んだ仲間たちも、彼女の姿は見当たらない。
ただ自分だけがその不思議な空間でただソレを待っていた。
言葉も表情も無く、ただ一人。
擦り切れたローブに一本の杖を握り締め、じっとそこで待ち続ける。
聞こえるのは心臓の音。
伝わる感触は湿った掌の不快感。
楽しいことなんてない、やりたかったことじゃない。
けれどそれは自分にとって、たった一つのやるべきこと。
――開く。
漆黒をこじ開けて姿を現すのは、不快感を煮詰めたような混沌そのもの。
名前の無い世界の終わりの体現者が、無数の目で俺を見る。
大丈夫だ。そう自分に言い聞かせる。
必ず勝つ。自分を待つ無数の顔を思い浮かべて、ほんの少しだけ口を歪める。
息を吸って、吐いて。
杖の先をソレに向けて、精一杯の強がりを口にする。
「大丈夫、必ず勝つよ。だって俺は」
すぐに消え去る独り言。
この光景の幕が下り、またいつかの景色へ飛んでいく。いつもいつも、その後の言葉は聞き取れなかった。
「俺は……林間学校でカレーをくいそびれたあああっ!?」
ガタンと音を立てるのは机の上で寝ていたせいだ。
「うわすごい寝言」
聞こえてきたのは、耳に覚えのある男の声。けれどシバではなく、もっと年が上の人。
「あ、クロード先生おはようございます」
たしかこんな名前の攻性科の先生だよね、うん。
相変わらずの美青年で目が潰れそうだ。
「君が随分早くから教室の机で伏しているのを見かけてね。気持ち良さそうだからそのまま見守る事にしたよ」
読みかけの本を閉じて、先生が笑顔を浮かべる。
しまったこのままじゃ素行の悪い生徒だ少し弁解しておこう。
「いやこれはですねクロード先生、実は朝早くから学校に来いとライラ先生に呼び出されていてですね、遅刻したらまずい殺されると思ってというかまぁ昨日早く寝たせいで変な時間に起きて登校して座っていたらやっぱり眠っていてですね」
「本当? 間違いない?」
「はい、間違いありません!」
背筋を伸ばしてそう答えれば、クロード先生はクスクスと笑い始める。
何かおかしなこと言ったのかな俺。
「残念、実は今のアルフレッド君の説明には間違いがあります。さてどこでしょう?」
どこでしょう、と言われましても困りましても。
自分の記憶を辿っただけだから間違いなんてないと思うんだけどな。
「ごめんごめん、この言い方は流石に意地が悪すぎたね。実は君を呼び出したのは僕なんだ」
「クロード先生がですか? いやでもシバは確かにライラ先生って」
言って、なかったような気がしてきたぞ。
「単に先生って言ったんじゃないかな? 多分僕の名前を知らなかったんだと思うよ」
「あー……」
少し、いやかなりホッとした。
なにせライラ先生じゃないなら、俺が殺される事は無いだろうから。
「安心した?」
「ええ、命の心配をしなくて良くなったので」
「本当? 間違いない?」
「はい、今度こそ大丈夫です!」
また声を張り上げれば、面白そうにクロード先生が笑い始める。意外と笑い上戸なのかな。
でもずっと笑ってるなこの人、流石に笑い過ぎのような気がしてきたぞ。
「あの、クロード先生?」
「いやぁごめんごめん、ついおかしくって」
ひどい言い草だなと思いながら、ほんの少しだけ襟を正す。
そうすれば笑われないだろうという俺の魂胆が少しは通じたのか、クロード先生も少しだけ神妙な顔になる。
「それでなんで俺なんか呼び出したんですか?」
「ああ、それなんだけどアルフレッド君」
で、本題。けれど切り出されたそれは、随分と短い言葉で。
「死ね」
あり得ないと思えたそれは、ごく単純な魔力の爆発によって達成された。
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