最終話 大賢者を名乗った日② ~魔法の意味~
牢屋に入れられて数日が経ったのだろう、アルフレッドは簡素なベッドに横になりながら呑気にあくびを一つしていた。
ただ些細な変化が少し、彼の周りに起きていた。
「おい人間、飯持って来てやったぞ」
石畳の階段を降り、鉄格子の扉を叩くのは短髪で黒髪の少女だった。
獣と人の特性を持った魔物らしく、耳は頭の上に猫のようなそれがついており、黒い尻尾が伸びている。
「いよっ、待ってました一日の楽しみ……ってアレ、いつもの彼じゃないんですね」
いつもの彼とは、アルフレッドを牢屋に入れた張本人である騎士の事だ。
いつの間にか彼とは雑談程度をする間柄になっており……いやどうして俺はそれを知っている?
「彼……ああアイツ? アイツはね、人間との戦争にお出かけ中。ウチは代理よ癪だけど」
「彼の代理なら君も四天王って奴ですか?」
差し出されたパンとスープを受け取って、アルフレッドがそう答える。
四天王とは魔王の直属の配下である魔王軍の幹部の俗称であり、人間のみならず魔物からも恐れられていた。
しかしその詳細について触れられるのは限られた物だけであり、名前はおろか姿形すら知られていない。
「ふぅん、人間の割には物分かりいいじゃないの。アンタ名前は?」
「アルフレッドです。あなたは?」
「教えなーい」
悪戯っぽく笑う少女。その立ち振る舞いは猫に相応しいものだった。
「なんか軍人ぽくないですね、前の人はいかにもって感じだったけど」
「アンタら人間の価値観で判断しないでくれる? アイツみたいなクソマジメの方がウチらの中じゃ特殊なの」
「ああそっか、君らの偉さは強さ順だから形式張る必要はないのか」
アルフレッドがそう答えれば少女は目を丸くした。目の前の男が一瞬で正解を言い当てて来たからだ。
「正解?」
「……絶対教えてやらない」
そう言って彼女は後にする。
アルフレッドの胸にあるのは、まだ誰とも握手できていないという小さな心残りだけだった。
それをよく、覚えていた。
さらに数日景色は変わらず、牢屋であくびをかますアルフレッド。
ただここ数日と違うのは、ベッドから起き上がっていた事だろう。
「おい人間、起き……てるな。全くいくら非番とはいえ、我輩にこのような事をさせるとは」
「おはようございます……ってまた別の人なんですね。仲良くなれるかなと思ったら変わっちゃうんだもんなぁ」
今日彼を呼びつけに来たのは、今までの二人とは違う尊大な騎士だった。
軽装の鎧を身に纏い、美しい顔立ちと白い長髪が目を引くが、何よりも特徴的なのは額からは長い角だろう。
「フン、思い上がりも甚だしいな……貴様ら人間と手を組む事など絶対に有り得ない」
「でも今日は魔王様が会ってくれるんですよね? ついでに豪華な食事付き」
あっけらかんとしたアルフレッドの態度に、彼もまた目を丸くする一人であった。
彼が言った事は間違いなく事実であり、そのためにこの騎士はこんなところまで来ていた。
そしてそれは四天王である彼が出向かねばならぬ、密命と呼べる物であった。
「あれ、開けてくれないの?」
苦虫を噛み潰した顔で騎士はその扉を開けた。
彼が案内された場所は気の遠くなるほど長い机が置かれた食堂だった。随分遠くの上座の席で、魔王は肘をついている。
「よく来たなアルフレッド……とりあえずそこに座れ」
指さされた先、彼女の近くの席まで物珍しそうに辺りを見回しながら歩くアルフレッド。
当然だこの煌びやかな空間は田舎者を楽しませるには十分すぎる。
あまつさえ牢屋に幽閉されていたのだ、机の上に並べられた豪勢な食事の数々は匂いだけで口元がほころぶ程だ。
「それじゃお言葉に甘えて」
席を座るアルフレッド、その後ろで剣の柄に手をかけ睨みをきかせる角付きの騎士。
しかしエルはそいつを指さし立った一言言い放った。
「……外せ」
「しかし魔王様」
二の句は無い、ただ鋭い眼光が射貫くだけ。
「畏まりました」
角付きの騎士はアルフレッドを一瞥してから食堂を後にする。
エルはと言えば彼が出ていった直後、首を鳴らし楽な姿勢に切り替えた。
「ま、気楽にしろ。オレは心が広いからな」
その一言でアルフレッドの表情が華やいだ。どうやら俺と同じで堅苦しいのは苦手らしい。
「うんじゃあエルって呼んでいい? 名前長くて言いづらいし田舎者だから敬語って慣れて無くて」
ただいかんせん慣れ慣れしすぎたのだろう、エルは露骨な舌打ちをする。
「テメェおちょくってんのか?」
「まさか! それならもっと効率よく嫌がらせするよ!」
両手を広げて抗議ですらない抗議をするアルフレッド。今度エルがしたのは、舌打ちではなくため息だった。
「で、話なんだが」
「その前に」
小さく咳ばらいをしてから、アルフレッドが言葉を発する。
「魔王エルゼクス……けれど魔王ってのは便宜上の称号で本来は竜姫エルゼクスってのが正しい。文字通り竜達の姫であり幼少期は煉獄の谷で過ごす。その歳密猟者の人間……というよりは、禁呪使いに仲間を殺され、そこからは禁呪を恨むようになり……まぁ、色々あって豪勢なお城の主様。好きな食べ物は肉全般で趣味は……ないね、なんかあったほうがいいよ?」
それは過去だった。
魔王と呼ばれたエルの略歴、彼女しか知らない筈の歴史。それをペラペラと喋るこの男に、エルは今になって警戒心を抱いた。
「テメェそれをどこで」
「聞きたいのはどうやってここに来たかだよね? その方法を使って捕らえられた仲間の四天王を助けてやりたいが立場上そうする事も出来ない。弱肉強食の世界で助けられるってことはそのまま弱者になる事を意味するからね。だからその方法について簡単に実演をしてみたんだけど、過去を喋ったのは……ごめん失礼だった」
小さく謝罪するアルフレッドだが、エルにとってそれは些細な事だった。
それよりむしろ、恥を忍んで頼もうとした内容を言い当てられ思わず拳を握りしめる。
「何なんだよ……テメェは」
「最初に言った通り、羊飼いのアルフレッドさ。趣味は星を眺めることで、好物は甘いもの」
最初に聞くべき言葉に、最初に答えた言葉を返す。
けれどそれは彼の全て等ではない。
「けれど言い忘れてたことが一つ。趣味が高じて特技が二つだけあるんだ」
ぴんと指を二本立てて、アルフレッドは人懐っこく笑って見せる。それは彼が大賢者と呼ばれるにふさわしい、特異すぎる力だった。
「星をね、読めるんだ。過去にあった事象を全て読み解くってのが一つ目」
読み解くのは宇宙の記憶。
世界が誕生したその日から刻まれ続けた記憶の書庫へ彼は自由に出入り出来た。
「二つ目は過去にあった事象を全て再現する事が出来る」
再生するのは宇宙の歴史。記憶に刻まれた出来事をいとも簡単に再現する。
「魔王もあっと驚く方法……魔法って名前つけたんだけど変かな?」
その術の名は魔法。
冗談交じりに答えたそれが、この世界の礎となった。
「オレに聞くな」
ただ魔王本人としては少し複雑な心境だったらしい。アルフレッドの話を彼女は理解できなかったし、何より当て馬にされたようで気分が少し悪くなった。
「じゃあもっと驚いてもらいたいから」
それでもアルフレッドは引き下がらない。用意された食事に手を付けず、椅子を下げて立ち上がる。
それからうんと背伸びをして、欠伸を一つかましてから。
「グリフィードさんを助けて来るよ。彼と話すの結構楽しみだったんだ」
羽の生えたあの騎士の名を口にしてから、霞のように消え去った。
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