第四話 はた迷惑なユニコーン④ ~可能性の教師~
廊下をうろつくユニコーンを物陰に隠れながら見張る俺達。
ちなみに人払いは先輩がさくっとやってくれました。権力ってすごいね。
「ところで先輩、錬金魔法ってどんな感じなんですか?」
そういえば錬金魔法について、受験以上の知識が無かった事を思い出す。
その名の通り黄金を生み出すことを目的としており、色んな物質を掛け合わせる魔法っていう程度の知識。実物を見たことは未だに無い。
「そんな事も知らないなんて……流石Fランね」
「ありがとうございます」
「全く褒めてないわよ」
「いや、先輩がかっこいいとこ見せてくれるから先にお礼を言おうかなと」
――褒める。
するとなんということでしょう、先輩が堂々とユニコーンと対峙したではありませんか。
「……ふんっ、後学のために見ておきなさい」
しかも先輩らしい台詞なんて残しながら。流石かっこいいビッチ先輩。
「そこの馬っ!」
「イザベラ先輩、馬じゃなくてユニコーンですっ」
指を突きつける先輩に、正しい情報を教えてくれるディアナ。
「……ユニコーン! このイザベラ・ミハイロビッチが相手になるわ!」
「ひゅーかっこいいです!」
名乗りを上げる先輩に透かさず合いの手を入れる。
なぜか舌打ちが聞こえてきた。作戦バレたかな。
「一応確認しておくけど……馬鹿にしてるわけでは無いわよね?」
「はい」
「そう、なら良いわ」
良かった流石チョロチョロビッチ先輩。
むしろよくここまでチョロいのに経験無いのは逆に奇跡なんじゃないかなって思ってしまった。
ユニコーンはそんな事など思わないのだろう。
先輩の声を聴くなりこっちを向き、嬉しそうに鼻を鳴らす。
「これでも……喰らいなさい!」
腰から下げたベルトから、二本の試験管を抜き取り放り投げる。
一つには緑色の粉末が、もう一つには金色の鳥の羽。ユニコーンの角にぶつかり、砕け散ったその瞬間。
「翡翠の涙よ、金糸雀の羽と交わり……今! その功験を顕現せしめよ!」
呪文の詠唱。無数の光の帯がユニコーンを包み、今激しく輝き始める。
「パラライズ!」
叫ぶ。
なるほど、これが錬金魔法か。呪文に対応した物質を混ぜ合わせ、呪文を詠唱し魔法を発動させる。
もっともあの物質自体も、呪文を唱えながら生成した物なのだろうけど。
「詠唱なんですね、魔法」
「そうね、うちの学校で詠唱発動は詠唱と錬金だけだわ」
「解説ありがとうございます」
って事は紋章発動は攻性と増強と凋落か……いや今はそれはいいか。
「そんな事よりユニコーンはどうなったの!?」
頭を振るユニコーン。まぁ麻痺したら動かないから言い換えると。
「痺れて……ませんね」
駄目っぽいですね先輩の魔法、という感想は言葉に出さない。そんな事を言えば作戦が使えなくなってしまう。
「ああもう、次は眠らせて」
次の魔法の準備なのか、さらに二本の試験管を腰から取り出す先輩。
だが流石のユニコーンも腹を立てたのか、一目散にこちらに向かってきた。流石にあの体当たりをまともに喰らうのは不味い。
しかも角だから、どことは言えないけれど別の場所より先に腹に穴が空いてしまう。
「チョロチョロビッチ先輩危ない!」
というわけで俺はビッチ先輩を押し倒し、無理やりその場に組み伏せた。
せめて俺が盾になれれば、まだ反撃のチャンスはあるはずだ。
「ひゃあっ!?」
が、攻撃は特に来なかった。顔を上げればユニコーンはそこにはおらず、ディアナの胸に顔を埋めていた。
……ただのスケベ動物だこいつ。
「……誰がチョロチョロビッチよ」
「そうでしたね」
二重の意味で違いましたね。
「ていうか、手」
言われてどける。俺の両手は先輩のふくよかな胸に当たっている筈もない。
体を起こし腰のあたりから両手をどければ、手のひらには試験管の破片が刺さっていた。もちろんその内容物も綺麗にぶちまけられており。
「あー……これ今使う奴ですか?」
「当然」
「……ごめんなさい」
立ち上がって手を払う。
――さて、どうしようか。
人払いが済んでいると言ってもいつまでもあのユニコーンを野放しにしておくわけにはいかない。
なにかの拍子で小さくなってくれたら助かるが、そんな上手い話は転がってないだろう。
そんなもの女の人を押し倒して偶然胸に手が当たるぐらいの確率だ。実際は試験管が関の山。
「どうするアル? 一応オレが手加減すればギリギリ死なないかも知れんが」
「いや」
エルの提案を断る。そんな過激な方法は最後の手段にだって使いたくない。
大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐く。最後から二番目の手段に手を出す覚悟をするために。
「先輩、それ借りても良いですか?」
先輩の胸に輝く、生徒会のバッジを指差す。当然のように嫌そうな顔をされるが、今は頭を下げるしか無い。
「良いと思ってるの?」
「お願いします! 何より優しい先輩なら貸してくれるかなって……」
「仕方ないわね……ちゃんと返しなさいよ」
ため息を付きながらバッジを取り外し、俺に手渡してくれた先輩。
チョロすぎてもうこの人の人望凄い事になってるんだろうな。
「ええそれはもう」
受け取ったそれをコイントスのように指で弾く。
格好つけてやってみたかっただけだが、音に気づいたユニコーンがこっちを振り向いてくれた。
それから鼻息を荒くして、今度は俺に一直線。
「もう一人の生徒会の人から……返してもらって下さい!」
振り返らずにそう言って、俺は琥珀を握りしめる。拳の中で弾けたそれは、跡形もなく消え去って。
――また身に覚えがなんてない、いつかの記憶を思い出させる。
迫りくる一角獣に、やるべき事は理解していた。
いや、少し違うか。やるべき事何かじゃない、これは俺が出来ること。
五芒星を描き、つぶやく。
「召喚」
低い音が廊下に響く。
ズドン、と腹の底を殴るような重低音。派手さはない、何も光り輝かない。それでもその白い体躯は、ただその場に倒れている。見えない何かに潰されないよう、必死に体を震わせる。
「ちょっと、アンタ何したのよ……」
先輩の言葉に、疑問に思う自分がいた。
何をした、と言われても理論まではわからない。ただ出来た事については、目の前にある結果については説明できる。
「えーっと……重力を召喚しました?」
「は? 何よそれ……有り得ないわよ」
ですよね、俺も原理はよく知らないです。ただ有り得ないのは本当の事。何せ召喚魔法で出来るのなんて、ペットの呼び出しぐらいだから。
せめて紋章でも使えば納得できたかも知れないが、そんなものを持ち歩く優等生な俺じゃない。
「それはともかく、アレ根本的な解決になってないよな」
ユニコーンを指差して、エルがさらっと事実を指摘する。
そう、あくまで今やったのは足止めであり小さく出来た訳じゃない。で、その方法についてだが。
「あーそれね、うん……そっちも解決策見つかったというか」
都合の良い事にそっちも思い出してしまったのだ。
だがそれは確かに都合は良いが、非常に言い辛いしなかなか最低な方法だった。
「ど、どうするんですか!」
「えーっと、俺達じゃどうしようもないっていうかそもそもそんな人この学校にいるのかどうか」
少し目を潤ませてディアナが俺に詰め寄ってきた。
けれど俺はとても良いたくないのではぐらかすしか方法はない。そりゃ言えないよな、あんな情けない方法だなんてさ。
「誰か必要なんですか……?」
「えーっと言い辛いんだけど」
深呼吸して3まで数えて、頭を掻いて覚悟する。
たとえ俺が思い切りビンタされようとも、せめてこの惨状だけは解決しなければならないのだから。
「あ、ライラ先生」
と、そこでディアナがつぶやく。振り返ればそこには相変わらず煙草をふかしている担任の姿があった。
「あっ」
そこで気が抜けたのか、ユニコーンを押しつぶしていた重力の効果が消え去る。
そして待ってましたと言わんばかりに走り出す一角獣。その向かう先は俺じゃない、ディアナじゃないビッチ先輩でもないなら。
「ちょっと、危ないじゃないの止めなさいよ!」
抗議するビッチ先輩を手で制し、俺は祈った。
「おいお前ら! 誰が教室を出て良いってぇ!?」
こっちに気付いた先生が驚くが、俺はあえて何も――いや違う、祈る事だけはやめられなかった。
「いや……俺は祈るよ、たった一つの可能性に」
1年召喚科担当で御年不明だがおそらく二十代後半から三十代前半で指輪はしてないから多分未婚のライラ・グリーンヒル先生が、あの伝説の。
「先生が……高齢処女だって可能性に!」
「えっ」
ディアナがつぶやく。
そう、これこそがユニコーンの怒りを鎮めるたった一つの存在だ。ディアナの表情を見る。
めっちゃ引いてるけど君の召喚獣だからね覚悟してね。
いや本当ね、何か思い出した記憶だとあのユニコーンことアインランツェがいやだいやだ処女は処女でも最低でもアラサーの処女じゃないと嫌だ乙女はワインと同じなんだと喚いている記憶がね、蘇ってですね。
――本当、思い出したくなかったわこんな記憶。
どこかに記憶消す石とか無いかな。
で、答え合わせ。ユニコーンは導かれるように先生を華麗に足払いし、その枕元で寝息を立てる。
俺達は勝った。
しかし勝利の後はいつも虚しく、今日は特に後味も悪かった。
「おいアル、なんか寝たぞこいつ!」
「えーっと」
頭を掻いて適当な言い訳を考える。あ、でもそうだな使えるかわからないけど、ここはあの作戦を試してみよう。
「寝心地良かったんじゃないんですか?」
――作戦名、褒める。
どこまで通じるか俺にはわからなかったけれど。
少なくとも今日のライラ先生は、ため息一つを返してくれた。
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