第四話 はた迷惑なユニコーン② ~大きすぎて困る~

 ――ボンっ。




 情けない、不発した花火みたいな爆発音と白い煙。


 思わず咳き込む俺達だったが、気を利かせたシバが窓を開けてくれたおかげで徐々に視界がひらけてきた。


「あ、あのエルちゃん……なんかこの子、すっごく大っきくなりましたけど」




 そこには立派な馬がいた。




 田舎で山程見ていたからわかる、これは上等な馬だなと。


 隆起した筋肉を雪のような白い毛並みが覆っている。軍隊なんかに持っていけば、大喜びで将軍様の馬になれるような立派すぎる馬。


 ――でも角。


 額には子供の腕ほどの長い角が生えている。それも白い。




 彼、でいいのだろうか。アインランツェと名付けられたそれは嬉しそうにディアナに頬擦りをした。


 ……その大きな胸めがけて。


「嬉しそうだなこの馬、スケベなんじゃないか?」


 と、口を滑らせた俺に飛んでくる後ろ足。


「痛えっ!」


 思い切り鳩尾に当たったせいで思わず口からよだれが溢れる。


 何だこの角つき馬、どうなってんだよ。


「おいおいアル、こいつは馬じゃなくてユニコーンだぞ。お前も見覚えあるだろ」

「いや……無いけど?」


 エルがまた俺の知らない記憶について言及してきたので首を思い切り左右に振った。


「ったく薄情なやつだな……まぁ600年前ですら絶滅寸前だったからな、もう殆ど残ってないだろ」


 その馬、じゃなくてユニコーン? のたてがみをくるくると指に絡めながら、エルは知って得しない豆知識を教えてくれる。


「そうなんだ、なんで?」

「こいつらの繁殖方法ってか性癖に問題があったってお前言ってただろ」


 記憶にございません。


 しかし凄いな俺、というか大賢者アルフレッド。まさか生き物の性癖にまで詳しいなんてどんな知識量だったんだ?


「ちょ、うちの子の性癖とか言わないで下さい!」

「まぁ落ち着けって、ディアナがなつかれてるってことは資格があったって事だろ」


 ぎゅっとアインランツェの頭を抱きしめながら、ディアナが必死に講義する。しかしエルは対照的で、冷静に言葉を返すだけ。


「資格って?」

「ああ、確かなんだっけな、アルが言ってた言葉だと……」


 うんうんと頭を捻るエル。そしてポンと手を叩いて、はい碌でもない事を一言。




「そうだ処女厨だ」

「しょっ……!」




 意味がよくわからないのか、あっけらかんと答えたエル。


 対するディアナは思い切り意味がわかっているのだろう、耳まで真っ赤になっている。


「言葉の意味はよくわからんかったが、うちのクラスは大丈夫そうだな」


 あたりを見回すエルにつられて、俺もあたりを見回してみる。


 こっちの騒ぎに気付いたシバ、相変わらず寝ているファリン、黙々と本を読むエミリー。


 あ、でもエミリーの本逆さになってるわ。言わないでおくか。


「エルちゃんも大丈夫そうですね、本当はアルくんとはずっと何にも無かったんじゃないんですか?」

「えっ、ディアナ意味わかんの? スゲーな」

「わかりません!」


 無自覚に煽るエル、そっぽを向くディアナ。ぐへへへお嬢ちゃん意味わかってるよねぐへへへと聞きたくなる気持ちを必死に抑える俺。


「おっ、なんだいディアナさん随分と君の召喚獣が立派にな痛いっ!」


 ユニコーンに触ろうとしたシバが強烈な頭突きを食らってふっ飛ばされた。


 うわ痛そう……いやそうじゃなくて。


「シバ、まさか!」




 つまりシバは非処――。




「男はとりあえず全員嫌いらしいとも言ってたな」

「良かった……」


 ほっと胸をなでおろす俺。良かった、本当に良かった。いや頭突された事自体は良くないけどさ。


「にしてもどうしましょう、えーっと……」

「アインランツェ?」

「うーん、長いからアインちゃんで!」


 そうディアナが言えば、アインランツェ改めアインちゃんはディアナの胸に頬擦りする。やっぱりただのスケベ馬じゃないか。


「良かったな素敵な名前で。オレも嬉しい限りだぜ」


 厭味ったらしくエルが言う。ただしその言葉の棘は、アインに向けられたように感じてしまった。


「よくわかったねエル」

「そりゃまぁ、な」


 意味深に頷くエル。まぁ追求するのはやめよう、どうせ禄でもない事だ。


「じゃなくて、どうしましょうね? 名前決まったのは良いとして、このままだと……大きすぎて困るっていうか」

「大きすぎて困る痛いっ!」


 ディアナの言葉を言い直しただけなのにアインは俺の膝をキックしてきた。


 くそっ、こいつとは仲良くなれる気がしないな。


「それもそうだな、そいつは特定の女を見ると暴れ回る気性の荒い生物だったからなぁ……」


 それはもう処女厨っていうか非処女を憎んでるんですよね、と言いたくなったがやめた。馬に蹴られたくないからだ。


「小さくする方法って無いんですか?」

「角をこす……何でもないです」


 言いたくなったがやめた。馬に蹴られ以下略。


「にしても早めに戻したほうが良さそうだよなぁ」


 文字通り下らない冗談はこの辺にして、腕を組んで考える俺。


 グリフィードは適当に空飛んでたら戻ったかが、まさか非処女見るだけで暴れる奴をその辺に放つわけにはいかないよな。


「良さそうだよなぁ、ってアル……戻すのはお前の役目だろ」

「え、なんで?」


 突然の指名に思わず耳を疑う。と思ったらため息が追加で聞こえてきた。


「いやお前ぐらいしか知らないぞこんな絶滅危惧種の窘め方なんて」

「エル何か知らないの?」

「お前が来るまでは気が済むまで暴れさせてたからな。二週間ぐらい」


 長すぎないですかね。


「図鑑とかに書いてない?」

「下らんこと言ってないでさっさと思い出せ」

「そんな都合よく思い出せる訳……」


 エルに尻を叩かれれば自然と悪態が口につく。


 思い出す、という単語にどうしても慣れないせいかもしれない。忘れたという感覚すらないのだから、それは矛盾した行為でしか無いのだが。


「あ、叡智の欠片」


 つい昨日、そんな矛盾にぶつかった。グリフィードの名前について確かに俺は思い出した。


「何それ?」

「いや生徒会のバッジ触ったら消えて……それでグリフィードの名前思い出したんだよな」

「何だよそんな都合のいいものあんのか……じゃ、根こそぎパクってくるか」


 軽く背伸びをしてエルガそんな事を言う。多分彼女の能力なら、それぐらい訳ないのだろうけれど。


「いやいやちょっと暴力的すぎない?」


 けれどこれ以上騒ぎを起こしたくない身としては、そんな案を呑めやしない。


「んなこと言ったって、アルだっていつまでも記憶喪失じゃ不便だろ」

「いや記憶喪失っていうか別人だと思うんだけどさ……」

「グリフィードの名前思い出したのにか?」

「その話はまぁまた今度で」


 エルとの会話を一旦打ち切る。これ以上この話題について避けたい自分がいた。




 それは置いといて振り出しに戻る。結局このユニコーンの戻し方について手がかりなんて物はないのだ。




「ちょっと、ここにウチら生徒会に喧嘩売った馬鹿がいるって聞いたんだけど!」


 ――とか思ってたら鴨がネギ背負ってやって来た、じゃなくて生徒会と名乗る上級生が教室のドアを思い切り開いた。


「イ、イリア先輩声大きいですよ授業の邪魔に……」


 入ってきたのは女性二人。


 一人は少しカールした黄色寄りの金髪を後ろで縛り、化粧が少し濃い目の女性。


 リボンの色が緑色だから、イリア先輩ってのはこっちの事だろう。


 ナイスバディという言葉がよく似合う。胸元ははだけており、スカートもだいぶ短い。


 もう一人は黒髪に地味なメガネ、リボンの色は青。


 ってことは二年生だな、大人しそうな雰囲気だ。優等生って言葉がよく似合う。


 もちろんブラウスは第一ボタンまでしっかり締めて、スカートは膝も隠れるぐらい。


 ちなみに二人の襟元には琥珀色のバッジを付けていた。うーん葱が二本歩いてきたな。


「ふん、どうせFランなんて大した授業してないわよ」


 金髪の三年生がまさしくその通りの事を言う。不躾不遜なその態度に、不快感を抱く人は多いだろう。


「あ、召喚科の皆さんごめんなさい……私生徒会庶務のフィリアと申します。昨日の事件について事情を」


 対してフィリアと名乗る生徒会役員は何度も頭を下げてくれた。


「ええいまどろっこしいわねフィリア……いい、こういう時はこうするのよ! この生徒会副会長イザベラ・ミハイロビッチが命ずるわ! ウチのマシューを医務室送りにした馬鹿はさっさとこっちに」


 なるほどフィリアさんにビッチ先輩ね、なんて思っていたのがまずかった。


 そうここにいるのは処女厨のユニコーン、二人の顔を見るなり鼻息の荒さは最大、その角はまっすぐと生徒会の二人に向けられる。




 ――まずい。




 どこをどう見てもここには非処女が一人いる。駆け始めるアインランツェ、驚く生徒会の二人。


 助けなければ。


 人としてそれはやらなきゃいけない事に思えた。


 だから俺も駆けた、飛んだ。


 助けるべきは非処女、だったら。




「ビッチ先輩、危ない!」

「ビッ……!」




 ビッチ先輩の肩を掴み、無理やり地面に押し倒す。


 よし、やった。思わず拳を握りしめる。予想通りなら今頃頭上をユニコーンが飛んでいてる筈。




「フィリアーーーーーーーーッ!」




 ビッチ先輩が叫ぶ。


 その悲鳴に振り返れば、馬に蹴られるフィリアさん。めっちゃ吹っ飛んでいる。


 うわー痛そう、俺が喰らった蹴りより痛いぞあれ。


 っていやそうじゃなくて。


「そんな、まさか」


 奴の顔を見る。


 もうニッコニコ、絵に描いたような満面の笑みでビッチ先輩を見下ろしている。つまりこれは推理するまでもなく。


「ビッチ先輩の方が……処女だったなんて!」


 飛んできた平手打ち。助けたのになんだこの仕打は。


「痛いっ!」

「はあああああっ、ち、ちげーし! 処女なんて十五年ぐらいに前に捨ててるし!」


 意地を張っているのはわかるけれど、それはそれで大問題では無いでしょうか。


「あ、アインちゃん逃げちゃった……」


 と、ビッチ先輩には飽きたのか廊下に出たアインランツェはそのまま廊下を走り始める。その体躯にふさわしく、パカパカと蹄を鳴らしながら。


「なぁアル、追わなくて良いのか?」


 気の抜けた台詞を言うエル。


 これはまぁね、追いかけなかったらディアナのせいになるんでしょうね。


 ここで逆に追いかけたら俺がまた生徒指導室に連行されるような気がしないでもないけど。


「えーっと……追いかけますか」


 黙っていれば怒られそうな事は確かだろう。全く気乗りしないけど、こればかりは仕方ない。


「んじゃ、オレの出番だな」

「わたしも当然行きますからね?」

「二人とも……」


 声を上げるエルとディアナに、思わず涙が出そうになる。


 だって生徒指導室は、一人じゃ広すぎるから。


「ほらビッチ先輩も行きますよ」

「えっ、アタシも!?」


 ついでにそのまま倒れていてた学校の権力も道連れにしておこう。




 さあて今日も、楽しい鬼ごっこの始まり始まり。

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