第四話 はた迷惑なユニコーン① ~生えてました~

 翌朝目を覚ませば、隣にエルはいなかった。


 それはそれで望ましい事なので俺は朝の雑事を済ませてから、ついでに制服にも袖を通して食堂へと向かった。


 シバの使用人の方々が用意してくれた朝食は、パンにサラダにベーコンエッグなど定番ではあるもののどこか上品にまとまっていた。


「おはようございまーす」


 挨拶をすれば屋敷の皆から挨拶が返って来る。


 食事に同席しないのかとこの間聞いたが、かえって気を使うとの返事だったのでそれ以上口を挟まない事にした。


 先に目を覚ましていたシバは、膝の上に座るグリフィードを撫でながら満面の笑みを浮かべている。


「やぁおはようアルフレッド君! ところでどうだいグリフィードのこの毛並惚れ惚れするほど美しいじゃないかうーむ今年の夏休みは彼に乗ってスジャータとともにあの思い出の海まで飛んでいきたいものだはぁ、スジャータ会いたい……」


 と思ったら落ち込んだ。


 朝から忙しい奴だ。もっともグリフィードは脳天気な鳴き声を上げ続けているのだが。


「グリフィード、ねぇ……」


 その名前に違和感はない。いやむしろ、とっさにつけた名前にしては違和感がなさすぎる。


 正確には、思い出したのだ。


 デジャブにも似た不思議な感覚。知らない物を思い出す矛盾しか無かった感覚。


「君が名付けてくれたんじゃないか、何か不思議なのかい?」

「いやいい名前だなって」


 やめよう、朝から頭を悩ませるにはややこしいだけの話題だ。


 時間がある時にでもゆっくり考えればいいさ。


「だね。ところで魔王様は一緒じゃないのかい?」

「さぁ……起きたらいなかったよ」


 パンを千切りながら答える。


 口に放り込めば芳醇なバターな香りが広がったとか美食家みたいな台詞を言ってみたいが、正直田舎者の貧乏舌なのでよくわからない。


「彼女の部屋は?」

「しばらく女性の部屋は開けなくていいかなって」

「違いないね」


 肩を竦めてシバが答える。


 それから俺達はのんびりとした朝食を遅刻ギリギリまで楽しむ事にした。






「えー早速だが転校生を紹介しようと思う」

「は?」


 朝のホームルームが始まるなり、開口一番ライラ先生は意味不明な事を言いだした。


「は? じゃないだろアルフレッド、転校生だよ転校生」

「あの、まだ入学して二日目なんですけど」


 転校生の意味はもちろん知っている。


 知っているが、転校生が入学二日目にやって来るのは異常事態については知らない。普通こういうものってもっと切りの良い時期に入ってくるんじゃないのかと。


 色々疑問に思ったのだが。


「そうだな、おいエルゼクスさっさと入れ」


 と、その名前で一気に脱力する。いやお前かよ。


「よっすアル、今日からオレもこの学園の生徒だ!」


 教室に嬉しそうに跳ねながらやって来たエル。


 羽と尻尾はなりをひそめ、学園の制服に身を包んでいる。といっても窮屈なのか着崩している上に角はそのまま。


 ま、角ぐらい適当な言い訳があるか。


「まぁエルゼクスは昨日の授業で社会常識を教えなきゃならんって事になってな……けど学生でもない奴が教室にいたらまずいだろ? という訳で便宜上の転校生だ、学園長から許可は貰ってるぞ」


 あのスケベ犬の許可が何になるのかと一瞬思ったが、そういえば学園長は学園長だったな。


「へっへー、席はアルの上だな」


 いきなり俺の膝の上に座るエル。




 ――いや上って何だよそんな座席ないよ黒板とか見えないじゃん。




 まぁ今の所保健の授業以外で黒板使ってるの見たこと無いけど。


「ちょ、ちょっと魔王様? そういうのってちゃんと決めないといけないと思うんですけど?」


 後ろに座るディアナが至極真っ当な意見を述べてくれる。


 どうやらこの教室の秩序は死滅しちゃいないらしい。


「何だよ恋人の膝の上に座るのに許可がいるのか?」

「魔王様も今日から転校生なんだから学校のルールには従わないと駄目です」

「ま、席はどうせこんな人数しかいないからどうでもいいぞ。あーだが、要らん誤解は招きたくないから魔王様はよろしくないな」


 タバコに火をつけながら、ライラ先生がぞんざいに答える。


「なんとっ、我が前世を否定するか!?」


 まぁそうだよなと皆思っていたのにエミリーが無駄に口を叩く。


 だが全員無視、仕方ない。


「じゃあエルちゃん? クラスの仲間になったことだしとりあえずわたしの横に座ってくださいね?」


 切り替えの早いディアナがエルを見つめながら笑顔でそんな事を言う。


 いや笑顔じゃないな、目は笑ってると言うか据わってる。


「座ってくださいね?」


 ディアナの少し語気の強い言葉に思わずたじろぐディアナ。


 まぁ俺としてもそうしてくれたほうがありがたいので。


「良いからそっち座っとけって」


 渋々ディアナの横に座るエル。まぁ授業中ぐらいおとなしくしてくれるだろう。


「じゃ、ホームルームも終わったところで……授業始めるか。今日はそうだな」


 そこで言葉を詰まらせるライラ先生。




 ――基本的な話をしよう。


 この学校における授業というのは、基本的に所属する学科によって決められている。


 早い話が担当の先生がこれをやると言えばやる、やらないと言えばやらない。みたいなことを朝食の時にシバが言ってたっけ。


 とまぁ何が言いたいかと言うと、この先生何にも考えてないなってことである。




「ま、適当に召喚獣と触れ合ってろ。信頼関係とか生まれるだろ多分」


 ほらこれだ、もうタバコ吸い始めてるよ。


「職員室にいるからな、人を呼び出すような事をするなよ」


 クラスメイト達の気のない返事に満足したのか、先生はさっさと教室の扉を開く。


「特にアル、お前は余計なことするなよ」


 そして去り際に嫌味を一つ。


 いや嫌味と言うか先生的には事実に基づいた推論なのだろう。俺は悪くないと今でも思ってるけど。


「はははははグリフィード! 早速僕とこれで遊ぼうじゃないか!」


 と、ここで待ってましたと言わんばかりのシバが立ち上がりカバンから円盤の玩具を取り出した。


 田舎では見なかったなこんな玩具、せいぜいボールや木の棒を投げて取りに行かせたぐらいだったけど都会は凄いな。


「あれっ、シバくん召喚獣の名前決まったんですか?」


 嬉しそうなシバを見て、ディアナが気付いた。


「ああ、アルフレッド君がつけてくれてね」

「へぇー……」


 じっと俺を見つめるディアナ。


 何でしょうかねその物欲しそうな目は。いや勘弁して欲しい、ついさっきライラ先生に余計なことはするなと釘を指されたばかりなんだぞ俺。


「ど、どうしよっかエル……召喚獣と触れ合おうだってさ」

「そうだなぁ」


 苦し紛れにそう尋ねると、エルはそのまま机の上に座り、ブラウスの胸元を上から三つほど外す。


 生唾を飲み込む音が聞こえた、俺のだこれ。


「胸ぐらいまでなら触っても……良いんだぞ?」


 確かに触れ合うって授業だったからな、うん。


 荒いぞ俺の鼻息でもいいかこれは授業の一貫だから。


「アルくん? エルちゃんは召喚獣じゃなくてクラスメイトとしてここにいるんですよね?」


 なんて甘い考えは、目が笑ってないディアナに吹き飛ばされた。


「あの、それよりアルくん……折角なのでこの子にも名前つけて貰ってもいいですか? 自分で考えてみたけれど、どうしてもしっくり来なくって」

「うんうんそうしたまえ! 僕のグリフィードも彼に名付けてもらった途端幻獣グリフォンになったから……ねっ!」


 俺が、何で? 


 と聞き始める前にペラペラと喋り始めるシバ。文句を言おうにも既に玩具でグリフィードと遊んでいるのでどうせ聞こえないだろう。


「グリフォン? あいつが?」


 意外なことに、その言葉に眉を細めたのはエルだった。


「言われてみれば面影あるな……」


 目を細めて、じっとグリフィードを見つめるエル。


 何か思うところでもあるのかもしれないが、面倒なので聞かないでおいた。


「ね、君もアルくんに名前つけてもらいたいよね?」


 胸に抱いているディアナの召喚獣がジタバタと震えだす。


 どうやら馬の分際で彼女の胸の谷間が一番居心地が良いようで。いや誰だってそうか。


「しかし白い馬……馬ねぇ」


 今度はエルの興味がディアナの召喚獣に向く番だった。


「なぁディアナ、こいつ本当に馬か?」

「ロバとかポニーってことですか?」


 子馬にしては小さすぎるそれはせいぜい小型犬ぐらいの大きさ。


 学園長とかグリフィードと対して変わらないぐらいの大きさ。その事を言っているのかなと思ったが、どうやら違ったらしい。


「いやそうじゃなくてだな、角とか生えてないか?」


 首を傾げながら、エルがそんな突拍子もない事を尋ねる。


 馬に角、ねぇ。


「そんな馬に角なんて」


 ディアナがニコニコと笑顔を浮かべながら、馬の額をまさぐった。




「生えてましたね」


 いや生えてるのかよ。




「グリフォンに、角のある馬に……黒い蛇に黒猫ねぇ」


 腕を組みながら頭をひねるエル。


 ちなみに黒い蛇は今日もファリンの枕になっており、黒猫は古今東西の神話と娯楽の本を積んだエミリーを尻目にあくびを一つ。


「何か言いたげだね」

「いや別に? ただそうだな……オレがそいつに名前をつけるとしたら」


 得意げな顔をして、エルが子馬に顔をぐっと近づける。


 一瞬、本当に一瞬で気のせいかもしれないけれど。




 そいつは冷や汗をかきながら、目を逸したように見えた。




「アインランツェってとこかな」

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