第三話 大空を翔る白き翼③ ~叡智の欠片~
というわけで懐かしき自分の教室の扉を開ける。
勢いよく開ける。
「すいません先生! 『叡智の欠片』ってなんでしょうか」
教室に残っている女子生徒達が、一斉に俺を睨む。
――もうすごい睨んで来る。
ちなみに女子達は真面目にノートを取っており、心配しか無かったはずのエルでさえそうしている。
「そうだなぁ」
ため息をつく先生。ちなみに黒板にはこう男と女の具体的な違いが絵でわかりやすく書いており、あとはなんか仕方的なね。
コウノトリじゃないやつね。
「女子の保健の授業中に」
チョークを掴む先生に、ノートや筆記用具を構える生徒たち。
ちなみにエルなんかは炎の槍なんか構えている。もしかしてその標的って決して俺じゃないですよね?
「ノックもしないで扉をあけるお前には……一生縁の無いものだろうなぁ!」
はい、俺でした。
飛んでくる無数のチョークにノートにペンに炎の槍。一つだけ殺意が段違いだが何とか避ける。まぁ尻もちついてるだけなんだけど。
「ごめんなさいっ!」
謝罪の言葉を叫びながら、足で教室の扉を締める。何とかため息をひとつ漏らせば、シバが俺を見下ろして肩を竦める。
「今のは君のせいだな、うん。淑女の部屋にノックをしなくていいのは夜だけだと言うからね」
「その格言、できればもう少し前に聞きたかったな」
保健の授業だって忘れてた俺も悪いんだろうけどさ。
と、二回目のため息をつこうとすれば、小走りで駆けてくる白い影。それは俺の顔を見るなり、元気よく挨拶をしてくれた。
「ワン! ワンワンッ!」
「あ、学園長」
本日二度目、いや三度目か入学式を入れれば。やる事ないし暇なんだろうな多分。
「これはこれは学園長、先程の挨拶とても素晴らしかったです。ぜひあなたの仰るようなこの学園にふさわしい生徒でありたいものです」
「シバのそういうところ凄いと思うよ」
深々と頭を下げて謝辞を述べるシバに思わず素直な感想が漏れる。よく子犬に畏まれるよね本当。
「ところで学園長、僕たち叡智の欠片なるものを探しているのですが……」
シバが続けてそう言えば、学園長はそっぽを向いた。そして少し歩いてから、こっちを振り返り尻尾を降る。
「付いてこいってことかな」
「俺の経験ではそうだったよ」
俺はゆっくりと立ち上がり、埃をはらってついていく。
「さすが学園長、何でも知っているね」
「まぁ俺の疑問は答えてくれなさそうだけどね」
感心するシバの言葉に、つい口を挟んでしまう。
「ん?」
「いやこっちの話」
聞き返してくるシバに、今度は俺が肩を竦める番だった。
どうせ今俺達が出来るのは、この胡散臭い子犬の後を追いかけるぐらいしか無いのだから。
「なるほどここに叡智の欠片が」
ネクタイを正し、微笑みながらシバが言う。そう、この学園長がやたらと吠える先に叡智の欠片があるかもしれない。
かもしれないのかな、いや無いと思うんだようなぁ。
「落ち着こうシバ、そこは女子更衣室だ」
扉にかけられた表札には、女子更衣室と思い切り書いてある。
これから運動でもするのだろう、女子生徒たちがキャッキャと騒ぐ声が漏れる。
「でもアルフレッド君、学園長が入りたがってるじゃないか」
そして学園長はドアノブに何度もジャンプしながら吠えている。
それはまさしく盛りのついた犬のよう、っていうか犬。スケベ犬。
「どうしてその犬がただのスケベだという可能性を捨てたの?」
というかその可能性がほとんどだと思うんだけど。
「よしっ、それでは」
うんとりあえず俺の言葉を聞いて欲しい。
「待ってくれシバ」
と、そこで一応シバの手が止まってくれた。良かった聞く耳はまだ残っていたみたいだ。よし、ここからが大事だぞ俺。
おそらく開けるな、という言葉は聞き入れられないだろう。だから俺が頼むべきは、もっと基本的なことであり。
「……ノックは? ほら淑女がどうって」
彼が先程口にした、己自身の矜持について。
「おいおい冗談はよしてくれないかアルフレッド君」
そして彼は微笑んだ。
良かった、これでノックして返事してきゃー男子よ開けないでってなる。なってくれる筈。そうなってくれれば良いんだけどさ。
「僕にとっての淑女は……スジャータだけさ」
前歯を光らせながら、シバがその扉を開く。
いやうんその心意気はね?
立派だと思うんだけどね?
それはこう一生彼女しか愛さない的な意味合いだと思うんだけどちょっと状況を考えるとね。
「いや女子更衣室開けながらいう言葉じゃないだろ!」
だがもう遅かった。開かれた扉の先に突撃する学園長とシバ。
そして数秒後、大量の物やら魔法やらが扉から飛んできた。
まぁ当然ですよねいきなり女子更衣室に入ってきたらね。
「どうやら叡智の欠片はここにはなかったようだね」
顔面を腫らしてシバがそんな事を言う。なかったようだね、ってよく言えるな。
「本当お前凄いよ尊敬する」
なんてやり取りをしている間にトコトコと歩き出す学園長。
「おっと学園長が次の場所に……」
目線でその姿を追う。
今度は特に俺達を振り返らず、ちょっと進んだだけで立ち止まった。
「ついたようだね……女子トイレの前に」
なんか更衣室より難易度上がってない?
「ようし早速」
「待てっ!」
立ち上がって進もうとするシバの肩を俺は強く掴んだ。
「今度はその……俺が開けるよ」
流石に二回連続でシバに開けさせる訳にはいかない。
というわけで俺は学園長の横に立ち、トイレの前で深呼吸。と、俺の靴に学園長が前足をポンと乗せる。
満面の笑みで舌を出してくれるのはいいのだが。
「学園長なんか同類見つけたみたいな顔してません? 違いますからね」
まだ女子更衣室の方が単なるスケベっぽいよなとか思いながら、震える手で女子トイレをノックする。
どうせこんな場所に叡智の欠片なんて無いだろうが、ノックをしていいなら話は別だ。
そう、返事はない。
つまりこの女子トイレは無人だ。もう一度深呼吸をして高鳴る心臓を落ち着かせる。いや別に興奮しているわけじゃないです緊張しているだけっていうか。
「お、おじゃましまーす……」
誰に言うでもない言い訳を頭の外に追いやって、ゆっくりと扉を開ける。あ、いた。
「あっ」
聞こえてくるおっさんの声。どうみても禿げたおっさんが学生のローブを着て女子トイレをウロウロとしていた。
「ひっ」
悲鳴を漏らし思わず扉を閉じてしまう。
いや、多分掃除のおじさんだろういやでも掃除のおじさんがどうして学生服を着ていたのだろうかそれに手には清掃用具の類を持っていなかったんじゃないだろうか。
落ち着け落ち着くんだ俺。このままだと女子トイレの前でハァハァ息を切らしているだけの変態だぞ。
「どうだいアルフレッド君、中の様子は」
「先客がいた」
「トイレだからね、そういうこともあるだろうさ」
「いやそういうのじゃなくて」
深く息を吸い込んでから、細くゆっくりと吐き出していく。
脳天気なシバとの会話のおかげで、少しは冷や汗が引いてくれる。
「もう一回開けとくか」
発見してしまった以上、通報するのが一番だろう。
けれどせめてもう一度、その目でおっさんの姿を確かめようとした瞬間。
「待ちたまえそこの二人! 女子トイレの前で……何をしている!」
聞こえてきた随分と偉そうな声に注意されてしまったのだ。
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